「私はただ、数字が出せなかっただけだったのに」
――契約の取れない私に、選択肢はなかった。
「いいか、女なんてのはな、数字が取れないなら身体を使えばいいんだよ」
そう言って笑った早川課長の顔を、私は忘れない。
都心の保険会社に勤めて三年。
真面目に、誰よりも誠実にやってきたはずだった。
玄関で深く頭を下げ、資料を作り直し、深夜に顧客にメールを送り、丁寧にアポを取る。
でも、その誠実さは、数字にならなかった。
「お前みたいな女、見た目だけでも得してるんだからもっと使えよ」
会議室で、同期たちの前でそう言われたとき、私はただ俯くことしかできなかった。
笑われることにも慣れていたけれど、その日ばかりは、涙をこらえるのが精一杯だった。
翌日、私は呼び出された。
午後一時、早川さんのデスクの前。
「車、出すから。契約の取り方、実地で教えてやる」
短く、それだけ言われて、私は何も言えずにうなずいた。
背筋に、冷たい汗が流れるのを感じた。
乗せられたのは、黒の社用車。
後部座席で私は、膝の上にカバンを乗せ、ただ窓の外を眺めていた。
まるで自分がどこかに売られていくような気がして、唇の内側を何度も噛んだ。
向かった先は、湾岸エリアにある高層オフィスビル。
地上30階、ガラス張りのフロア。
通された部屋は、社長室と呼ばれていた。
ドアを閉めた瞬間、空気が変わった。
無音。重厚な木目のテーブル。革張りのソファ。
まるで音すら吸い込まれるような静けさ。
「ここの社長、俺の友人でさ。情けで会ってくれるって」
早川さんが言った。
やがて入ってきたのは、五十代半ばくらいの男。
顎を指で擦りながら、最初に口を開いたのは、その男だった。
「君が……売れない子か」
私は軽く会釈し、「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
「なるほどね。悪くない顔してる」
社長は、私を上から下までじっくりと舐めるように見た。
その視線の中に、“評価”ではなく、“値踏み”を感じた。
「で、売れない理由ってなんだと思う?」
「……営業力が、足りないのだと……」
「違うね」
社長は笑った。
「色気が足りないんだよ。保険なんて、契約なんて、結局は女がどれだけ男をその気にさせられるかで決まる」
彼は私の脚に視線を落とし、言った。
「そのスカート、少しだけ短くしてみて」
言われた瞬間、時間が止まったようだった。
私は、動けなかった。
でも、横から早川さんの声が飛んできた。
「おい。社長がおっしゃってんだ。言われたとおりにしろよ」
空気が、密度を増したように重くなる。
私はおそるおそる、スカートの裾に指をかけ、ほんの数センチだけ、膝が完全に見える程度まで持ち上げた。
「もっと」
社長が言った。
私は無言のまま、さらに少しだけ持ち上げようとしたとき、いきなり社長が立ち上がって手を伸ばした。
「こうだよ」
そう言って、私のスカートをぐいと力強く捲り上げた。
太腿の付け根が露わになり、下着が完全に見える。
私は慌てて両手で隠そうとしたが、早川さんに腕を掴まれて制された。
「これくらいのサービスができなきゃ、保険なんて売れねぇよ」
ふたりは笑った。
その笑いは、どこまでも冷たく、私の羞恥を愉しんでいた。
そのとき私は、すでに一線を越えていた。
“仕事”の名の下で、何かが始まろうとしていた。
「明日の夜、○○料亭に来なさい」
社長が名刺を差し出した。
「契約書、そこに持ってきて。あと……君に着てもらいたい服も、用意しておくよ」
私は唇を噛んでうなずいた。
「はい」と言うしかなかった。
そのときの私は、まだ信じていた。
“これさえ済めば、契約が取れる”
その浅はかな希望が、私の最後のブレーキを奪っていた――。
翌日の夕暮れ、私は迷いながら暖簾をくぐった。
都心の裏通りにひっそり佇む料亭は、灯りがぼんやりと滲んでいて、まるで現実の外側にあるように見えた。
格式ある木の引き戸、畳の香り。
中居に案内されて通されたのは、離れの一室。障子の向こう、重い沈黙が漂っていた。
「来たな」
早川さんがすでに座っていた。
隣には、昨日と同じように、落ち着き払った社長。
その横の座布団に、私の名前の札が置かれていた。
「ほら、これに着替えて。そこ、屏風の裏でいいから」
渡された紙袋は、薄くて軽かった。
中身を確認した瞬間、息が詰まった。
透ける素材の、セーラー服。
ドンキの奥で見たことのあるような、パロディのような服。
しかも、下着がほとんど隠れないくらいの布の面積しかない。
「……本気ですか」
思わず口からこぼれた言葉に、早川さんはため息混じりに言った。
「社長に契約取ってもらいたいんだろ? こういうのも、営業のうちだよ」
社長は何も言わず、ただ黙って私を見ていた。
その無言の圧力が、何よりも強かった。
私は、袋を持って屏風の裏に回った。
指先が震えていた。
着替えるたびに、会社員としての自分が剥がされていくような感覚だった。
シャツを脱ぐとき、背中を誰かに見られているような錯覚に襲われた。
ブラウスのボタンを外し、スカートのホックを外す。
下着姿になった自分が、鏡にも映らない空間の中で、異様に生々しく感じられた。
セーラー服をかぶると、肌に冷たい風が触れる。
スカートは、座ったらすぐに下着が見えてしまう長さだった。
そして、生地は、薄かった。
下着の色も、形も、すべて透けていた。
私は深呼吸をして、屏風の裏から出た。
静寂が、空間を締めつけた。
ふたりの男の視線が、一斉に私の身体に吸い寄せられたのが分かった。
自分が“裸に近い”ことを、五感のすべてが理解していた。
「ほら、社長にお酌」
早川さんの声が、遠くで響く。
私は座敷を歩く。
自分の歩幅が異常に大きく感じる。
膝を折ると、スカートの端が跳ね、太腿の奥が露わになる。
社長の隣に座り、おちょこを持つ。
震えた。
注ぎ終える前に、社長の指が私の手に重なった。
「頑張ってるな」
その言葉が、皮肉ではなく本音だと気づいた瞬間、私は小さく息を吐いた。
しかし、次の瞬間――
その指が、私の太腿をなぞった。
熱い。
布越しに伝わる熱が、私の皮膚に直接焼きついてくる。
「やっぱり、こういう姿が一番男の心を動かすんだよ」
社長が、そう呟いた。
その声は、まるで自分の中の“恥”を賞賛するようだった。
浴衣の袖口から肩がずり落ち、ブラの紐が見えかけたとき、彼の手がそっと滑り込んできた。
「脱がせていいか?」
そう問われて、私はうなずくことも拒むこともできず、ただ目を逸らした。
そして、音もなく、ブラのホックが外された。
肩からすべり落ちる布。
息を飲んだのは、私自身だった。
こんなにも簡単に、晒されるのだと――。
「キレイだ」
誰かが言った。
でもそれは私のための言葉ではなかった。
私の“商品価値”を測るような、冷たい鑑定だった。
社長の膝の上に、私は座らされた。
私は今、自分が「営業」だと信じ込むことで、すべてを正当化しようとしていた。
羞恥も、怒りも、すべてを無理やり封じていた。
それでも、耳元で囁かれる低い声に、身体は確実に反応していた。
「昨日より、ずいぶん素直になったね」
社長の指が、私の背中を這う。
爪の背で撫でるような動き。
鳥肌が走る。
呼吸が浅くなる。
「恥ずかしい?」
「……はい」
唇の裏側を噛みながら、私は小さく頷いた。
「でも……嫌じゃないんだろ?」
返事をする代わりに、私は肩をすくめて目を伏せた。
その曖昧さが、彼らにとっては都合がよかったのだろう。
社長の手が、今度は私の太腿を撫で、布越しに触れてくる。
「こっちの方は、どう?」
下着越しに触れられた場所は、羞恥と快楽の境界線だった。
熱が、じわじわと染み出しているのが、自分でも分かった。
「……濡れてるよ」
そう言われた瞬間、私は心がズンと沈むのを感じた。
濡れてしまっている。
それはつまり、“感じている”という証拠で。
感じているということは、受け入れているということ。
私は、拒否する資格すら、失っていたのかもしれない。
「じゃあ……ここまで来たら、もうちょっとサービスしてもらおうか」
そう言われ、私は膝を折って社長の前に座らされた。
目の前には、スーツの布地。
その中に膨らんだ“存在”が、はっきりと形を主張している。
「脱がして」
指示は簡潔だった。
でもその一言で、私は社会人としての仮面を剥がされた気がした。
私は手を伸ばし、震える指でベルトを外した。
ボタンを外し、チャックを下ろすと、熱がふわりと顔に届く。
パンツの中から手を入れて、その膨らみを掴むと、社長がわずかに息を漏らした。
私は、その音にさえ、なぜか“評価”を求めてしまう自分に気づいた。
「舐めて」
静かな命令だった。
私は、首を傾け、唇を当てる。
まるでそれが“仕事”の一部であるかのように、無感情を装って。
けれど、そんな装いは長くはもたなかった。
彼の熱を舌先に感じるたび、自分の中のどこかが痺れていく。
頬が熱くなる。
息が上ずる。
音を立てたくないのに、どうしても抑えられない。
私は自分の“舌”が、営業ツールとして使われていることに気づいた。
それでも、続けた。
止めなかった。
止められなかった。
後ろから視線を感じた。
早川さんだった。
その視線は、監視ではなく、期待だった。
まるで、“指導者”のように冷静に私を見ていた。
「そのまま、動くな」
言われた瞬間、私は背中に硬い感触を感じた。
後ろに回った早川さんの手が、スカートを捲り、下着のゴムに指をかけた。
「ちょっと見せてもらおうか」
ぱさり、と音を立てて下着が膝に落ちる。
羞恥の極致だった。
でも、私は社長の膝の上で、舌を動かしながら、何も言えなかった。
「……濡れてるな。本気で感じてんだ」
その言葉は、呪いのように私の脳に残った。
「立って」
社長の声に促され、私はゆっくりと立ち上がった。
裸の胸、露わな腰、湿り気を帯びた内腿。
「こっちに、お尻を向けて」
言われたとおりに動く。
もう、拒否も抵抗も、意味を失っていた。
背中に熱が触れた瞬間、自分が“受け入れる準備”を整えられていたことを悟る。
そのまま、背後からゆっくりと沈まれる。
力強く、そして躊躇なく。
「あっ……」
声が漏れる。
必死で抑えようとしても、膝が震えて、声が震える。
奥へ、さらに奥へ。
身体の内側が引き裂かれるような衝撃と、満たされる快感が交錯する。
彼の熱が、私を突き上げるたびに、快楽の波が押し寄せる。
脳が白く霞む。
自分が誰だったのかも、もう分からない。
それでも私は、声をあげ、息を吐き、身体を揺らし続けた。
後ろで早川さんのスーツの擦れる音がして、次の瞬間、彼の指が私の顎を掴んだ。
「こっちも、使ってやれよ」
口元に押し付けられた熱に、私は目を閉じた。
拒むことを忘れた身体が、またひとつ、境界を越えていく。
契約は、取れた。
ただ、それは紙と印鑑の問題ではなかった。
「これからも、よろしくな」
早川さんのその言葉に、私はうなずいた。
うなずくしか、なかった。
私は“そういう女”になったのだ。
この夜のことは、誰にも話せない。
でも、忘れることもできない。
契約の代償として差し出したのは、数字ではなかった。
私という“商品”そのものだった。
私は、今でも営業先で笑顔を作っている。
けれど、その笑顔の奥には、あの夜の静かな痛みと快楽が、ずっと残っている。
――私はただ、仕事ができなかっただけだったのに。


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