雨音に溺れて、背徳の温度にほどけてゆく
「また、雨ね」
窓の外に目をやりながら、私はぽつりと呟いた。
六月の終わり、梅雨がしつこく名残を残している。細くて冷たい雨がベランダの手すりを濡らしていて、なぜかそれが妙に心地よかった。
私は42歳。
夫とはもう何年も前から実質的に別居状態で、娘と二人で暮らす生活が、すっかり板についていた。
佐伯篤人くんが我が家に通うようになったのは、今年の春先。
「お母さん、この人、ちゃんとしてるから見てほしくて」
そう言って娘が連れてきたのが、彼だった。
玄関で深く頭を下げた彼は、清潔感のある白いシャツを着ていて、背筋を伸ばし、真っ直ぐに私の目を見た。
「初めまして。佐伯篤人です。よろしくお願いします」
その姿に、私は好感を抱いた。
でも同時に、心の奥で、なにかがふっと揺れた。
——娘の彼にときめくなんて、そんな馬鹿な。
そう思いながらも、彼の真面目な目線に、胸の奥がわずかに疼いたのを私は否定できなかった。
それからというもの、篤人くんは頻繁に家に来るようになり、いつしか「お母さんも一緒にどうですか」と三人で食卓を囲むことが自然になっていった。
その日、娘は美容院に出かけていた。
「終わったら駅で待ち合わせしよって言ったから、お母さん、先に家で篤人くんと待ってて」
そう言って軽やかに出ていった娘の背中を見送りながら、胸の奥にざらりとした違和感が広がっていた。
雨が降っているのに、窓を開けたくなるような衝動に似た、落ち着かなさ。
リビングには、私と篤人くん。
ふたりきり。
「よかったら、コーヒーでも淹れるわね」
いつものように、さりげなく台所に立った私。
湯を沸かしながらカップを準備し、ふと振り返ると——彼が、黙ってこちらを見ていた。
その目に、思わず息を止めた。
言葉ではなく、視線がすべてを語っていた。
あの、最初の出会いの日と同じまっすぐな目。けれどそこには、明確な熱が宿っていた。
「どうしたの?」
「…やっぱり、綺麗ですね」
静かに告げられたその言葉は、冗談に聞こえなかった。
笑い飛ばせばよかったのに、私の喉はわずかに震えていた。
「そんなこと…言わないで」
「本気です」
カップを持つ手がかすかに揺れた。
彼の言葉が、私の輪郭を崩していくのが分かった。
「お母さんの手、…ずっと見てました。ご飯をよそうとき、カップを持つとき。…ずっと、綺麗だなって思ってました」
彼は立ち上がり、テーブル越しに私の手に触れた。
少し冷たい指先。けれど、その温度が私の皮膚に触れた瞬間、背筋を電気のようなものが走った。
「篤人くん…だめよ」
そう言った声は震えていた。
それなのに、私は彼の手を振り払うどころか、そっと握り返していた。
頬に触れる彼の指が、耳元へ、髪の裏側へと滑る。
吐息が触れた。思わず目を閉じると、背中がぞくりと震えた。
「お願いだから、今だけ…見ないふりをして」
その言葉は、自分自身への許しだったのかもしれない。
唇が重なった。
やさしく、確かに、でも一線を越えることをためらわない重さで。
首筋を辿る舌、肩に落ちるキス。
ワンピースの背中のファスナーが下ろされ、空気が背中に触れたとき、私は小さく息を飲んだ。
肩からワンピースが滑り落ちる。
ストラップのかかったブラの上から、彼の手がそっと這う。
布越しでも伝わる熱に、胸がきゅっと締め付けられる。
「ずっと、抱きたかったんです」
その囁きに、太腿がじわりと熱を帯びる。
彼の手が、ゆっくりと私の脚を撫でながら、膝の裏から腰へと回り込む。
ブラのホックが外され、胸が重力に従ってわずかに揺れた。
そのふくらみに唇が触れた瞬間、私は指先をぎゅっと握りしめた。
乳首に舌が触れ、吸われたとき、ひときわ強く息が漏れた。
腰が反応する。
彼の膝の上に乗るように導かれた私は、もはや拒む意志をどこにも持てなかった。
ショーツの上から撫でられるたびに、奥がじわりと濡れてくるのがわかる。
身体が、彼を迎える準備をしてしまっていた。
「…お母さん、入れていい?」
その言葉は優しく、けれど残酷だった。
私は、ただ、頷いた。
彼がゆっくりと私の中に沈んでいく。
最初は浅く、そして徐々に深く。
異物感と快楽が交錯し、私は声を押し殺して彼の肩に爪を立てた。
ぬるりとした感触が、奥で絡む。
何度も、彼が動くたびに、快感の波が押し寄せて、理性が剥がれていく。
唇が胸に、腹に、太腿に降り注ぎ、私は頭を後ろに仰け反らせた。
「好きです…誰よりも、今」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
私の中で彼が動き、音もなく、深く、何度も突き上げるたび、目の奥が霞む。
甘くて、切なくて、でも、抗えない。
私は全身を委ね、快楽に呑まれていった。
「…ごめんね」
行為のあと、彼が囁いた。
私は首を振った。
「謝るくらいなら、…もう抱かないで」と言ってしまいそうだったから。
ソファの隣で、彼の温もりがまだ皮膚に残っていた。
そのとき——
玄関のドアが開く音がして、娘の明るい声が響いた。
「ただいまー!」
私は咄嗟に立ち上がり、落ちたワンピースを拾い、素早く着直した。
髪を手ぐしで整え、何事もなかったように台所へ戻る。
手は震えていたけれど、コーヒーの香りに紛れて、それを隠すことはできた。
けれど私の内側では、まだ確かに、彼の体温が残っていた。
そして私は、その温度を、消そうとは思わなかった。



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