夫と結婚して二年。
それなりに穏やかで、当たり障りなく、平凡な幸福に包まれていた日々。
朝は一緒に起き、同じ電車に乗り、途中の駅で彼を見送り、私は職場へ向かう――そんな毎日が、私の世界だった。
だけどその朝、あの男の声が、その平穏を破ったのだった。
「おーい、久しぶり!」
振り向いた夫の視線の先には、懐かしげに笑う男。
――高橋さん。夫の大学時代の友人で、結婚式にも出席してくれた人。
端正な顔立ちに、少し鋭い眼差し。ネクタイの緩め方ひとつとっても、自信のある男にしか出せないゆるさがあった。
「まさか東京に戻ってきてたなんて!」
夫と旧友が再会を喜ぶそのすぐ横で、私は少し緊張しながら微笑んだ。
それからの日々、彼は私たち夫婦の通勤に加わるようになり、いつしか自然と、夫が降りた後の時間は私と高橋さんのふたりだけの時間になっていた。
駅に向かう電車の揺れのなかで交わす、ほんの短い会話。季節の話題、仕事の愚痴、サッカーの結果。けれどその会話の中に、ほんのわずかに――熱を含んだ視線の交錯があったことを、私は無意識に感じ取っていたのだと思う。
***
ある朝。
夫が降りたあと、満員電車の波に押されながら、私は彼と自然と車両の奥へと移動した。
そしてそのとき、背後からそっと伸びてきた手が、私の腰に触れた。
「――え?」
小さく息を飲む。けれど彼は、何も言わず、まるで当然のように私の背中を抱き寄せてきた。
誰にも気づかれないように、静かに、深く。
彼の手が私のヒップラインを撫で、形を確かめるように、ゆっくりと愛撫していく。
スカート越しだった。けれど、生地一枚の向こう側にある自分の敏感な輪郭が、まるで透けて感じられるような錯覚。
私の内ももに、かすかに熱が灯るのを感じた。
そのときからだった。私は「受け入れた」――彼を。
***
夫の浮気が発覚したのは、それからまもなくのこと。
眠っている彼のスマホを、指紋で開いた。
画面に並ぶ、女性との淫らなメッセージ。
ホテルで撮られた、あらわな肌の交わり。
怒りよりも先に来たのは、虚しさだった。
ああ、そうなんだ――私だけが、真面目だったんだ。
その翌朝、私は自分の意思で、高橋さんの手をスカートの中へと導いた。
下着の内側。柔らかくて湿った場所。彼の指が触れた瞬間、震えた。心も、身体も。
「もっと、触れて……」
言葉には出さなかったけれど、私の腰はわずかに彼の手に押しつけるように動いていた。
それからは、すべてが早かった。
夜に会うようになった。
帰り道、ホテルへ。
そして、ついには――彼の部屋で目覚める朝。
私は、夫の妻ではなくなっていった。
彼の恋人になっていくのを、確かに感じていた。
***
あの夜。
夫が中国へ長期出張に出た、その最初の週末。
私は高橋さんのベッドで、裸のまま彼の上に跨っていた。
太ももで彼の腰を挟み、両手で彼の胸板に支えられながら、私はゆっくりと自らを沈めていく。
「……はぁっ」
熱く、太く、硬く膨らんだ彼が、私の奥深くへと入ってくるたびに、膣壁がじんわりと開かれていく感覚。
それは痛みではなく、むしろ甘くて、溶けそうなほどの快楽だった。
彼のモノは、私の中では収まりきらないほど大きかった。
奥に届くたび、体内で何かがぶつかるような鈍い音がして、私はこらえきれずに喘ぎ声を漏らす。
「やば……ほんと、すご……っ」
言葉にならない声が喉の奥で溶け、腰は自動的に前後に揺れ始めていた。
自分でも驚くほどの熱に浮かされて、私は彼の上で波を描くように、ゆっくりと、そして次第に強く動いていた。
彼の両手が私の胸を包み、親指で尖った先端を弄るたびに、私の腰の動きはさらに激しくなる。
髪が乱れ、汗が背筋をつたう。
ふたりの呼吸は狂い、室内に響くのは濡れた音と、私の潤んだ声。
「……イきそう」
彼の言葉に、私は頷いた。
身体の奥、ぬかるんだような熱の渦の中心が、彼によって打ち抜かれるたびに、絶頂が近づいてくるのがわかった。
私の中で、彼の形をくっきりと感じる。
その膨らみが、深く、鋭く、奥へとぶつかるたびに、視界が白く霞んでいった。
「……いって……一緒に……!」
彼の声と、私の声が重なった瞬間――
私は、跳ねるように彼の上で震えた。
波打つような快感が腹の底からこみ上げ、全身を突き抜ける。
視界が真っ白になり、腰が抜けるように崩れた。
高橋さんの奥で、彼の熱いものが――噴き出すように、私の内側を満たした。
私たちは、ひとつになっていた。
***
そのあと、私は彼の胸の上に倒れ込み、しばらく動けなかった。
ぬくもり。汗。愛撫の余韻。
そして、まだ私の中に残っている彼の存在。
彼が私の髪を梳きながら、優しく囁いた。
「子ども、つくろうね。俺たちの。」
私は頷いた。
「私以外には、しないでね」
彼は真剣に、静かに頷いた。
この人となら、また生まれなおせる気がした。
たとえ、それが罪から始まったとしても。
いまはただ――彼の中で、私は生きている。
その熱に、愛されながら。
朝の電車。
私はいつも通り夫と並んで立ち、目の前の窓から差し込む柔らかな光を見つめていた。
そして、その少し後ろには高橋さん――夫の親友であり、今や私の内側で何かを静かに揺らす存在。
三人で通勤するようになってから数週間が経っていた。
最初のうちは、彼の視線を感じるだけだった。私と夫が並ぶその後ろで、彼は静かに佇みながら、ときおり話に混ざってくる。
ただ、会話の端々、目が合ったときのその一瞬の温度――
「わかっているんだよ」というような、何かを知っている男の目。
それが、始まりだった。
ある朝、いつものように車内に立っていると、背後からそっと伸びてきた彼の指が、私の手の甲に触れた。
まるで人混みの揺れに紛れ込むように、ほんの一瞬だけ。けれどその短い時間が、信じられないほど長く、熱を帯びて感じられた。
そのとき、夫は隣でスマホに目を落としていて、まったく気づいていなかった。
次の日には、腰に軽く触れるようになる。
会話をしている夫と高橋さんの間に私が挟まれている時、高橋さんの膝が私の太ももに、かすかに触れる。
「偶然」なのか「わざと」なのか――
でも、私にはわかっていた。
あれは確かに、意思を持った触れ方だった。
最初は硬直した。
心臓が高鳴って、唇を噛みしめた。
けれど、私は拒まなかった。
その無言の容認が、彼の欲望に火をつけたのだと、あとになって気づく。
日を重ねるごとに、彼の指は私の身体をすり抜けていった。
夫が隣にいるときに限って、その手はより大胆になっていった。
鞄を持つふりで私の手をそっと撫でる。
つり革を握る腕を沿うように撫で上げる。
そしてある日、背後から押し寄せるように身体を近づけ、スカートの布の上から、私のお尻の丸みを――指先でなぞった。
「――っ」
息が漏れた。
けれどそのとき、私は夫にばれないように、ごく自然を装って髪を耳にかけたふりをしながら、腰をすこし、後ろに預けていた。
触れてくる彼に、わたしの意思で応じてしまっていた。
なぜか。
わからない。ただ、感じていた。
夫が隣にいるその場所だからこそ、異常なほどに火照っていく身体があった。
羞恥とスリルと、禁じられた快楽。
わたしはその全てに、静かに――堕ちていった。
***
夜になっても、彼の手の感触が消えない。
下着の中が熱を帯びたまま、私は眠れずにいた。
翌朝。
夫とともに電車に乗り込むと、高橋さんは私にだけ、意味深な微笑を向けた。
その瞬間、
――彼の指が、今朝もまた私に触れてくるだろうと、
――それを、私は拒めないのだろうと、
わかっていた。
その予感に、身体がわずかに震えた。
けれど同時に、私の中のどこかが期待していた。
夫のすぐそばで、気づかれないように愛されることを――
肉体の奥まで支配されることを――
そしてその朝もまた、
電車の揺れに紛れて、高橋さんの太く硬いものが私の腰の下に押し当てられ、
私は――ほんの一瞬、腰を揺らしてしまったのだった。
まるで自ら欲しがっているように。



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