夫婦ふたりきりの時間が、再び始まった。
静かな家。
食卓には並ぶ二人分の湯呑み。
子どもが巣立ち、ようやく取り戻した夫婦の時間は、懐かしいようで、どこかぎこちなかった。
「今度の週末、また行ってみる?」
夫は、湯めぐり好きだった。
若い頃はひとりでも、車を走らせては山奥の湯へと向かっていた。
私も結婚してから何度かついて行ったことはあるが、混浴の湯船には抵抗があって、脱衣所で引き返したこともあった。
けれど、子育てを終えた今――
夫婦で静かに湯に浸かる時間に、私は新しい悦びを感じ始めていた。
それでも、混浴の脱衣所で服を脱ぐ瞬間、私は今も少しだけ躊躇う。
四十を過ぎた身体。
若い頃のように張りのある肌でもなければ、胸の形にも自信はない。
でも、不思議と…そんな不完全な自分を、まるごと受け入れて湯に沈めるとき、私はどこか“赦された”ような気持ちになる。
ある日、山形県の山あいにある、ひっそりとした混浴の湯へ向かった。
車を停め、小道をしばらく歩くと、湯気が白く立ち昇っていた。
数人の男たちが、すでに湯に身体を沈めているのが見える。
私はタオルを手に、脱衣所で身体を隠そうとした。
「ここは、タオル禁止だってさ」
そう言って、夫は私の手からやんわりとタオルを取りあげた。
抵抗する間もなく、私は月明かりのもとで全裸になった。
湯に入ろうとしたその瞬間、無数の視線が、私の肌を撫でていくのを感じた。
そのざわめきに似た感覚は、羞恥というより、むしろ――覚醒。
ゆっくりと、私は湯に身体を沈めた。
肌を包むぬるめのお湯が、まるで見知らぬ男たちの手のように、私を優しく迎え入れてくれた。
その日からしばらくして、私たちはまた旅に出た。
向かったのは、栃木県・塩原の外れにある共同浴場だった。
夜、九時過ぎ。
人里離れた川沿いの道を、懐中電灯の灯だけを頼りに進む。
木々の間を縫うように歩いていくと、月光に照らされた湯船が、しん…と佇んでいた。
湯音がごうごうと響き、近くの人の声さえ聞き取れない。
足元をゆっくりとたどりながら、私は裸のまま湯へと身を滑らせた。
闇の中、目が慣れてくると、いくつかの人影が見える。
その夜は十人ほどの客がいた。
夫はどこか気になったのか、私のそばを離れ、若いカップルの方へと向かっていった。
私は一人で、月の光だけが微かに反射する湯の中に身を沈める。
すると――
ふいに、足にぬるりとした感触があった。
最初は偶然だと思った。
けれどその感触は次第に、確かな意思を持った“手”のように、私の太ももを這い上がってくる。
息が止まる。
叫ぼうとしても、声は湯音に掻き消される。
それなのに、私の中の“女”が、ざわめき始めていた。
恐怖ではない。
誰かわからない。見えもしない。
でもその「見えないこと」が、私の理性をほどき、身体の奥を濡らしてゆく。
乳房に触れる手が、私の乳首を転がす。
唇を噛む私の脚の間に、指先が滑り込むと、私はついに、抗うことをやめていた。
私が彼のものを握っていたのは、本能だった。
自分でも覚えていないほど自然に、私はその熱を求めていた。
湯の中で、私の身体はゆっくりと回され、ふちへと手をつかされた。
そして後ろから――
熱く硬いものが、私の奥へとゆっくり押し広げてくる。
私の心の奥、ずっと忘れていた“疼き”が、再び目を覚ます。
湿った熱が重なり合う中、彼の律動は、私の奥をゆっくりと叩いていた。
ああ、声が…出そう…。
でも、この快楽は、誰にも知られたくない私だけのもの。
だから、堪える。
揺れる。
深く、深く。
果てた瞬間、私は、どこかで“壊れた”。
そして、彼は私の前に座り、口元に自分を近づける。
私は、何のためらいもなく、それを唇に迎えた。
熱いものが、舌に触れるたびに、私は女であることを強く意識していた。
いつの間にか彼に手を取られ、湯から引き上げられた私は、裸のまま彼の腰にまたがっていた。
肩に腕をまわすと、彼の唇が私の唇に重なった。
「奥さん…最高に気持ちいい。中に…いい?」
リングを挿れていた私は、もう何も恐れなかった。
「うん…いいよ…」
その瞬間、彼の奥で熱が弾けた。
しばらくして、夫が私のそばに戻ってきた。
「カップルの女の子、かわいかったな」
無邪気なその声に、私は静かに笑った。
家に帰ってから、夫はすぐに寝息を立てた。
私は自室に戻り、下着に手を差し入れた。
指にまとわりつく液体に、思わず息を止める。
それは…私だけのものじゃなかった。
ソファに座り、バイブを取り出し、ひとり、映像を再生する。
でも目の前に蘇るのは、あの夜の林、湯けむり、男の囁き、そして――
自分自身が解き放たれたあの瞬間。
身体が震え、私はもう一度、女として深く沈んでいった。
それは、背徳と悦びの狭間で目覚めた私の物語。
湯けむりの奥で、私はもう一度、生まれ変わったのかもしれない。



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