【第1部】視線が触れた、まだ濡れていないうちに
父の会社は、小さな設備関係の工事会社。
現場に出る男の人たちのなかに混ざって、私は事務方として週に数回、電話応対や備品の手配をしている。父に頼まれて始めた仕事だったけれど、社員の皆さんは親切で、ほどよい距離感のなかに、静かな安心があった。
──その中で、ただ一人だけ異質だったのが、悠馬(ゆうま)くん。
23歳。大学を出てすぐ父の会社に入社したらしく、いつも無口で、真面目で、笑わない。
けれどその目は、ときどき、何かを喉元で止めたままこちらを見つめていた。
まるで、声にしてしまえば壊れてしまう何かを抱えているみたいに。
去年の夏、会社の創立記念も兼ねて、社員旅行で千葉の海辺へ一泊二日の旅行があった。
父と社員の人たち、そして家族連れも何人か。
私は久しぶりの休みだったし、父から「顔を出すだけでいいから」と言われ、ついていくことにした。
その日は、雲ひとつない夏の終わりの海だった。
女性は私ひとり。水着になるのは少し迷ったけれど、地味な紺色のワンピースタイプを選んだ。肌を出すつもりはなかったのに、背中に視線が吸いつくような感覚が何度かあった。振り返ると、いつも彼がいた。
遠くから、何かを測るような目で──
まるで“まだ濡れていないうち”の私を、どう扱おうかと迷っているような。
夜、社員たちは近くの居酒屋に出かけてしまい、私は早めに布団に入った。
女将さんの気遣いで、女性たちの部屋は別棟になっていた。ひとけのない静かな夜、私はTシャツとスウェットの短パンに着替え、扇風機の風を浴びながら、ごろんと布団に転がった。
そのときはまだ──
自分が“濡れていく瞬間”を、誰かに見られていることに、気づいていなかった。
【第2部】抗えない体温と、舌が触れた罪
ごそ……と、襖が鳴った音で目が覚めた。
深夜、扇風機の首振り音だけが、部屋にゆっくり残っていた。誰かが入ってきたのだと気づいたのは、私の左側に、静かに人の気配が沈んだから。
布団の上から、腰のあたりにかかる重さ──そして、その手が、私のTシャツの裾をそっとめくり、肌に触れてきた。
息を殺したまま、私は寝たふりをした。
怖いというより、**心がまだ“決めかねていた”**のだ。
触れてきたのは、掌じゃなくて、指先だった。
指はまるで迷っているように、でも確実に胸のふくらみへと這い上がり、ゆっくりと、服の上から私の乳首の位置を探るように円を描いた。
Tシャツ越しに、指の熱が、そこに“私がいる”と教えてきた。
私は、ノーブラだった。昼間の水着のあと、すぐに浴びたシャワー。締め付けたくなくて、そのままTシャツだけ着た。
彼が誰か、もう分かっていた。
声も出せずに目を閉じたまま、私は、唇を少し噛んだ。
──悠馬くん。
胸に触れていた指が、Tシャツの下に潜った。直接、乳房の柔らかさをゆっくりと確かめるように撫でまわし、親指の腹が、ぷっくりと膨らんだ乳首にゆっくりと重なったとき──
ちがうと叫ぶよりも先に、私は、呼吸が詰まっていた。
押し当てられた唇が、肌に生まれた汗の塩味をすくうように、舌で撫でた。
唇が、舌が、まるで“初めて触れる感触”のように、私の乳首に触れてくる。
もうだめ。
そう思った瞬間には、ショートパンツのウエストに指がかかっていた。
「……なにしてるのよ……っ」
やっと声が出た。
でもそれは、怒りでも拒絶でもなく、自分の身体に向けた問いかけのようだった。
「いいから。……じっとしてて」
その声は、私の知ってる悠馬くんのものだった。でも違った。
低く、迷いがなく、むしろ落ち着いたトーンで、私の心の奥を震わせた。
ショートパンツが、そして下着が、するりと足元へ抜かれていく。
月明かりがうっすら差す室内で、私はもう下半身を剥かれていた。
指が、ゆっくりと私の内腿を撫で、割れ目に沿ってなぞっていく。
「あ……っ」
声が漏れた。
言葉より先に、指の熱と私の湿度が、出会ってしまった。
身体が先に応えてしまっていた。
わたしの中はもう、濡れていた。
「や……だめ、ほんとに……」
そう言いながら、両手で彼の腕を押し返そうとした。
でも、悠馬くんの手のひらが、私の手を上から静かに押さえつけてきた。
「俺……止まれないから」
指が中に入ったとき、
私は一瞬、声を喉の奥で飲み込んだ。
熱くて、硬くて、でも繊細な動きで──
まるで「ずっと知りたかった奥行き」を確かめるように、私のなかを探ってくる。
彼女がいる男の指に、
父の部下の指に、
自分より10歳も年下の男の指に、
中を擦られて、濡れが深くなる私がいた。
誰にも見せたことのない顔を、
彼だけが知ってしまった。
あの静かな目で、いま私の一番深い場所を見ている。
快楽なんて言葉じゃ足りない。
これは──もう、許されてしまったという感覚だった。
【第3部】赦された絶頂と、黙って拭われた熱
気づけば、私の両手はもう押さえられていなかった。
けれど動けなかった。いや、動こうとは思えなかった。
彼の指が抜かれた瞬間、
膣の内壁に残る名残りの熱が、まだ“誰かのもの”である私を信じられないほど疼かせた。
「中で出さないで……お願い……」
それだけは、どうしても口にしなきゃいけなかった。
その声に、彼は「うん」とだけ短く応えた。
そして、重なる身体──。
彼の腰が私の間に沈んできたとき、
本当の意味で私は「終わった」と思った。
わたしの中に、彼が入ってくる。
ゆっくりと、だけど遠慮のない硬さで。
押し開かれていく膣の奥に、彼の熱が、形が、全て流れ込んでくる。
「……ん……っ」
痛みじゃない。
知られてはいけない場所を、“知ってるみたいに”扱われたときの絶望的な悦び。
彼女には見せていない顔を、
妻としての顔でもなく、
誰にも見せたことのない“女”としての私が、いま、彼の中で濡れていた。
「お願い……もう……」
早く終わってほしい。
でも、もう少し、抱いていてほしい。
そのどちらともつかない懇願が、喉の奥から滲んでくる。
そして──私の方が、先にいった。
指のときよりも深く、
押しつけられた乳房から伝わる振動と、
濡れたまま突かれ続けた奥の疼きに、
「……や……っ、あ……、い……っちゃ……っ」
堪えていた涙が溢れた。
彼はその瞬間、
私がもう何も拒めないのを悟ったのか、
数度強く深く突いたあと、抜いて──その熱を、私の下腹に吐き出した。
ぬるり、とした液体が、お腹の上を流れた。
もう動けなかった。
彼は、私の額にかかった髪をそっとどかし、
何も言わず、タオルで腹の上のものを優しく拭いた。
「ごめんね……」
その言葉に、私はただ首を横に振った。
でも本当は──謝らないで、と思っていた。
涙がこぼれていたのは、
怖かったからでも、後悔していたからでもない。
気持ちよすぎて、壊れてしまいそうだったから。
それを誰にも言えないのが、あまりにも罪だった。
彼は静かに、部屋を出ていった。
私は、ひとり残された布団の上で、
まだ濡れた太腿の内側に、彼の熱のかけらを残したまま、
しばらく天井を見つめていた。
声の残響だけが、体の奥に、静かに沈んでいた。
──これは、不倫ではない。
私の中で、彼だけが知ってしまった“濡れ方”がある。
それだけは、誰にも奪われない。


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