【第1部】視線のないまま、疼いてしまう──裏垢に映った、彼の指
それは、最初から「見せるため」だったのかもしれません。
夫に隠れて作った、匿名の裏アカウント。投稿はたった数枚。誰の顔も写っていないのに、そこに写る「わたしの一部」が、彼の指と舌と一緒に小さく震えていた。
その夜──私は寝室に夫の寝息を残して、リビングの片隅にスマホを置き、カメラを背にするように座った。
薄いネグリジェの裾が、わざとめくれたまま。
「その小さなほくろ、ずっと気になってました」
そうメッセージを送ってきたのが、大学生の彼だった。
アイコンは風景写真、プロフィールには年齢も顔もない。でも、わかる。
この子は、私の身体を、私よりずっと正確に知っている。
「顔、見たいですか?」
「いえ。お腹の、そのほくろだけで、十分です」
手の震えが、そのまま息になり、息が揺れて喉の奥で甘く溶けていく。
画面越しの彼は、私の“部分”にだけ欲情し、私の顔を知らずに、私の喘ぎだけで何度も果てる。
濡れていた。
触れられていないのに、深く、どろりと濡れていた。
画面の向こうの彼は、指を舐める音をマイク越しに立てて見せる。
「今、舐めてるの、奥さんの下腹部です」
その一言で、私は自分の指を、なぞるだけで震えていた。
もしかしたら私は、
触れられたいんじゃなかった。
「見られたい」と、最初から思っていた。
【第2部】小さなほくろに吸い寄せられて──顔のない彼と、仮眠室のなかで
最初に会ったのは、偶然を装った必然だった。
工場設備の一時倉庫、夫の会社の仮眠室。
彼は、たまたまという顔でそこにいた。
実は、何度もDMでやり取りしていた彼が、大学生のバイトとして夫の会社に入ってきていた。
「奥さんの投稿、あれ…ずっと見てました」
そう言って、彼は自分のスマホを見せる。
そこには、私が裏垢に投稿した、顔のない濡れた下腹部の画像。
その中央──ちょうどへそから指一本分下にある、あの小さなほくろ。
彼は、見た目こそ幼いが、目だけは猛獣のようだった。
「見せたんですよね?僕に。誘ってましたよね?」
言い返せなかった。
誘ったのは、私。
言葉も、画像も、欲望も──すべて彼に、渡していた。
仮眠室の薄暗がり。誰もいない午後の時間帯。
彼の指が、服の上から私のへそ下をなぞると、ぬるりと下着が染みていく。
「これが、あの場所か…」
彼の舌先が、ほくろのすぐ横に落ちる。
その温度に、腹筋が反射してひきつる。
思わず漏れた声が、想像よりもずっと艶っぽくて──彼の股間がぴくりと、脈打った。
「奥さん、もう顔なんか要らない。身体が、全部、答えてますよ」
そこからは、理性が剥がれるのに、時間はかからなかった。
膝を開かされ、身体を舐めるように見られながら、私は顔を隠して喘ぐ。
「ねぇ…見ないで…顔は…」
「顔なんか、見ないって言ったでしょ。俺が欲しいのは、ここの奥」
そのまま、彼は私の腰を掴んで、押し込んできた。
濡れていた。じゅうぶんに。
いや、濡れすぎて、音を立てるくらいだった。
顔のないまま、私たちは何度も繋がった。
私はうつ伏せになり、仮眠室の毛布を濡らしながら、声を殺して彼の突き上げに耐えた。
それでも、奥の奥で何かがほぐれ、涙がにじむほどの快楽が、喉の奥までせりあがってきた。
「声、出してくださいよ…奥さんの声が、好きなんです」
彼の手が口を覆いながら、奥まで突かれるたび、腰が勝手に跳ねた。
私は、「顔を見せない」ことで、女として、最も淫らになっていた。
【第3部】声で濡れたあと、残されたのは──夫の指先と、削除された裏垢
夫に、ばれたのは──私の声だった。
いつものように、夫のスマホで連絡を取ろうとしたそのとき。
LINEではなく、なぜか開いたアプリは「録音アプリ」だった。
そこに保存されていたのは、どこかで聞き覚えのある喘ぎ声──
低く湿った、喉の奥で掠れる、私の声。
「これ、……お前、だよな?」
夫は静かに、そう訊いた。
私は、何も言えなかった。
顔は映っていない。
でも、お腹のほくろが見えていた。
声が、息が、腰の震えが、私だった。
夫は、怒りではなく、ため息をついた。
そして、スマホを私に返したあと、こう言った。
「俺も…浮気してる。互い様だな」
それでも──私の心は、潰れたように震えた。
罪悪感ではない。
あの瞬間、「ばれた」ことよりも、「終わってしまう」ことのほうが、怖かった。
裏垢は、消した。
投稿も、DMも、記録も。
だけど、彼の声と、指の温度と、
私の中で濡れたあの震えだけは、消せなかった。
夫が見ていない夜。
私は、スマホの録音アプリを開いて──
あのときの喘ぎを、もう一度、耳に落とす。
喉が鳴り、脚が震え、息が漏れる。
あの小さなほくろが、疼いて、疼いて、疼いて。



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