父が鹿児島に転勤になったのは、春の終わりだった。
「半年だけ」と言いながら、もう夏が来ていた。
この家には母と私だけ。静かで、規則的で、少しだけ淋しい空気が、廊下や台所に積もっていく。
母は、そんな空気の中でも変わらず明るく振る舞っていた。
でも、私は知っていた。
夜、洗い物の後に静かに飲んでいるワインが、母に必要な“慰め”なのだと。
その家庭教師は、春の終わりにやってきた。
三宅さん。
大学生。口調は穏やかで、優しくて、ノートに並ぶ文字が綺麗だった。
私より8つ年上。
母がどこかの知人から紹介されたらしい。
「よろしくね」
初めて会ったときにそう言われた瞬間、
私の胸に何かが刺さった。
声も、目も、笑顔も、私をすっと包み込んできて、
私はあの瞬間から、彼のことが、好きだった。
でもそれは、“始まり”ではなく、“終わり”の序章だったのかもしれない。
その夜、私は水が飲みたくて、寝室を出た。
家は静かだった。時計は午前2時を指していた。
階段を降りようとしたとき、
下から、小さな音が聞こえた。
湿った吐息。
くぐもった、かすれた声。
テレビじゃない。
人の声。……女の声。
私は、廊下の奥へと進んだ。
リビングのドアから、ぼんやりと灯りが漏れていた。
私はそっと近づき、戸の隙間から覗き込んだ。
ソファに、母がいた。
脚を大きく開いて、背もたれに身体を預けていた。
髪をほどき、肩が露わなネグリジェを胸元までずらし、
その白い胸を――三宅さんが口に含んでいた。
私は、息を止めた。
母の脚の間に、三宅さんの手が潜っている。
「やだ……あっ……だめ……っ、奥まで……」
甘い喘ぎが空気を湿らせていた。
私は、動けなかった。
目をそらせなかった。
三宅さんが、母の奥に顔を埋めている。
舌を這わせ、唇で吸い上げ、指を滑り込ませて、
まるで何年も前から知っていたように、母の身体を愛していた。
「あなたの中……すごく熱い…もう…我慢できない」
彼が腰を母の脚の間に重ねた。
ひとつになった瞬間、母の喉が震えるように声を漏らした。
「来て…もっと…三宅さん…奥まで……」
打ちつける音。
濡れた音。
息が詰まるような、深い熱。
私は、自分の足が震えているのに気づいた。
そして、股間が湿っていた。
触れていないのに、濡れていた。
私はただ、見ていた。
好きだった人が、母の中で果てていくのを。
母が、女として抱かれているその姿を。
私は、何もされていない。
まだ何も知らない。
それなのに、私の中では何かがすでに壊れていた。


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