第一幕|裏垢の午後:誰にも言えない“わたし”
34歳、札幌郊外。
この街に越してきて9年。小3になる息子と、課長職の夫と暮らす私は、ごく平凡な“お母さん”だ。誰が見ても、そう思うだろう。
けれど私は、ずっとひとつの名前でアカウントを運営している──それは誰にも見せない裏の私。
Instagramの“裏垢”という逃げ道だった。
顔は出さない。けれど、たとえば白いシャツのボタンを三つ外した胸元。たとえば、洗面所の鏡越しに撮ったブラとパンティだけの後ろ姿。たとえば、陽の光で透けるレース越しのヒップライン。
誰かに見られたいけれど、見つかってはいけない。
この矛盾が、私の中で静かに熱を帯びていた。
投稿を重ねるたび、“いいね”が増えていく。自分の肌に、輪郭に、誰かの興奮が触れるようで、眠っていた“女”の部分が目覚めていく。
そしてある投稿で、私はほんの小さなミスをした。
洗面台の端に置かれていた、息子の黄色い水筒。
レンズ越しの光に反射し、そのロゴがくっきりと写っていた。
それが、彼に“気づかせてしまった”きっかけだった。
第二幕|視線が交わった日:秘密を見透かす瞳
その日もいつものように、朝から洗濯をしていた。風は気持ちよく、夏の始まりの匂いがしていた。
干したシーツの向こうに、彼の姿があった。
優真くん──高校3年生、隣の2軒先に住む男の子。
礼儀正しく、無口な印象。よく息子と挨拶を交わしていたけれど、特別な会話をしたことはなかった。
「奥さん…あの、インスタ、やってますよね?」
彼の声が、あまりに唐突で、私は凍りついた。
振り返ると、スマホの画面を私のほうへ傾けてくる。そこには──私の裏垢。例の“水筒”の写った投稿。
「すみません。偶然、写ってた背景で気づいちゃって…。奥さんだって、すぐ分かったんです。前から、気になってて」
彼の目は笑っていなかった。
静かに、でも明確に“女”として私を見ていた。
「…なんで見てるの?」
ようやく絞り出せた声が、震えていた。
「見たかったから、です。奥さんの身体も、顔の見えない奥さんの心も。全部──」
その瞬間、風が通り過ぎて、洗濯物が揺れた。
私はもう、目を逸らすことができなかった。
第三幕|ほどけてゆく体温:午後3時の裏庭で
その日の午後3時。
息子は学童へ、夫は出張で不在。私は、裏庭で摘んだミントを片手に、台所の窓を開けた。
「来ていい?」という短いLINE。
そしてほんの10分後、裏口から彼が現れた。
制服のシャツは少し開き、手にはコンビニの袋。
「アイス…と思ったけど、溶けちゃいそうですね」
そう言って笑った優真くんに、私はどうしても「帰って」と言えなかった。
ふたりで冷たい麦茶を飲みながら、沈黙が流れる。
私のTシャツの胸元に、視線を感じる。
肌に張り付いた布のライン。彼の瞳に熱がこもる。
「…触れていいですか」
その一言で、私は首を縦に振ってしまった。
彼の指先が、私の腕に触れた。若く、熱く、震えていた。
指はゆっくりと肩へ、鎖骨へ、そして胸のふくらみへ。
Tシャツ越しに感じるその手の平に、息が浅くなっていく。
「奥さん…綺麗すぎる」
囁かれた声に、身体の芯が反応する。
そのままキッチン横の小さなソファに座らされ、
Tシャツの裾をまくり上げられ、ブラのホックが外された。
肌の上に落ちた舌の熱、やさしいのに、容赦がない。
私の中心は、もう濡れていた。
彼の舌が胸の先を転がすと、びくん、と背筋が浮く。
ショーツの中に手が入り、指先が秘めた場所を撫でる。
「もう…だめ、そんなに…ッ」
喘ぎは抑えられず、腰が勝手に揺れる。
そして彼が、私の中へゆっくりと入ってきた瞬間。
私は、女として“溶けた”。
脚を絡め、汗の匂いと吐息をまといながら、私は奥まで突かれ、何度も何度も波を越えた。
髪を掴まれ、後ろから突き上げられたとき、
私は台所の窓に映る“女の顔”の自分を、初めて見た。
「あぁ…やだ、こんなの……でも、気持ちいい…」
それはもう、“母”でも“妻”でもない私。
裏垢でも、リアルでもない、今だけの私だった。
余韻|女は、いまも削除ボタンに触れない
終わったあと、彼は乱れた私の髪をやさしく撫でて言った。
「奥さんの投稿、ずっとスクショしてます。だから…また、見せてください。もっと本当の顔を」
私のスマホには、未送信の下書きが一枚ある。
レースの下着に透ける肌と、添えられたミントの葉。
写っているのは、午後3時のキッチンの光。
「投稿しますか?」
スマホが問う。
私は指先で“削除”のアイコンを選び、
……けれど、指はそこにとどまったまま。
胸の奥でまだ熱が脈打っている。
あの午後の私が、消されることを拒んでいる。
晒してしまったのは、肌か、それとも欲望か。
答えは、たぶんまだ、投稿の下書きの中にある。


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