夫の工場を救うために… 私はクライアントの男たちに体を捧げた禁断の体験談
私は東京外国語大学を卒業後、都内の大手電機メーカー本社に就職しました。入社して間もなく、5歳年上の夫と出会い、25歳のときに結婚しました。夫は私を深く愛してくれ、私も心から彼を慕っていました。穏やかで充実した新婚生活が続いていました。
しかし、結婚から1年後、義父が舌がんを患い、夫は実家の工場を継ぐことになりました。工場は都心から車で2時間以上離れた田舎にありました。私も夫とともに会社を辞め、Uターンして夫を支える道を選びました。
夫の工場は、地方の農機具メーカーの下請けとして鋳造部品を製造していました。夫が社長に就任してしばらくは、順調に受注が続き、私も専務として従業員たちと一緒に社員旅行で海外へ出かけたりする余裕さえありました。皆が笑顔で働き、義父の闘病生活も心の支えになっていました。
ところが、リーマンショックによる大不況が直撃しました。主力取引先からの発注が激減し、経営は一気に悪化。給与の支払いすら自転車操業となり、工場閉鎖も現実味を帯びてきました。従業員の多くは再就職が難しい年配の方々ばかりでした。そして、何より闘病中の義父にとって、この工場は生きがいそのものでした。
義父は、私を本当の娘のように可愛がってくれました。結婚の挨拶のとき、義母が露骨に冷たい態度を取ったにもかかわらず、義父は私を温かく受け入れてくれました。その恩を返したい一心で、私も夫とともに工場を守る決意を固めました。
工場での私の仕事は減っていましたが、少しでも家計を助けようと、近所の学習塾で英語を教えるアルバイトを始めました。そんなある日、農機具メーカーの担当者・木島が、私たちの前に現れました。彼は新製品部品の鋳造業者を選ぶコンペがあると伝え、技術的には当社でも十分対応可能だと示唆してくれました。
木島の茶髪と軽薄な物腰、どうしても信頼しにくい目つきに違和感を覚えましたが、仕事が喉から手が出るほど欲しかった私たちは、その話に乗りました。木島の助言を受けながら資料とサンプルを必死に準備し、コンペに臨むことにしました。
コンペ当日、私たちは予定より2時間早く本社で待機していました。他社の都合で時間が前倒しになる可能性があったからです。夫がトイレに立った隙に、木島がそっと近づいて耳打ちしてきました。
「実は、常務が奥様にぜひお会いしたいそうです。コンペの前に、ご挨拶しませんか?」
以前、取引先の運動会に下請けも参加したことがあり、私の顔を知っているとのことでした。常務の重田は40代後半、次期社長と目される人物です。私は当然、夫と一緒に挨拶したいと答えましたが、木島は首を横に振りました。
「常務はコンペには直接関わりません。でも、発注先を決めるのは常務です。この意味、お分かりになりますか?」
彼の視線が私の全身を舐めるように這いました。私は言葉を失いました。
「全ては、奥様次第ですよ」
その言葉の意味は、はっきりしていました。私は激しく拒否し、夫を待って一人で帰宅しました。結果、コンペは失敗。わずかな仕事すら来なくなり、工場内の空気は冷たくなりました。
金策に奔走しても、取引先を失った私たちに融資はつきませんでした。病室で義父の手を握り、涙を流す夫の姿を見た瞬間、私の胸は引き裂かれるような痛みに襲われました。あの優しい義父のため、従業員たちの生活のため…。私は木島の名刺を握りしめ、電話をかけていました。
指定されたのは、工場からほど近い静かな旅館の一室でした。部屋に入ると、木島の隣にがっしりとした体格の重田が座っていました。彼は私を見るなり、低い声で漏らしました。
「ほう…確かに、これは上物だ」
私は丁寧に挨拶しましたが、二人は無言で私を見つめるばかりでした。そして、重田がいきなり命じました。
「脱ぎなさい」
私は一瞬、凍りつきました。しかし、重田の次の言葉が、私の足を止めました。
「コンペの結果は、まだ正式には決まっていない。不備があった…ということで済ませることもできる」
彼の目は、私の目を射抜くように見つめていました。私は震える指でスーツのジャケットを脱ぎ、ブラウスをはだけ、スカートに手をかけました。布地が滑り落ち、ストッキングと下着だけになった姿を晒すと、木島が小さく息を飲むのが聞こえました。重田がさらに命じました。
「全部だ。下着も残さず」
私は背中に回した手でブラのホックを外し、ゆっくりと肩から滑らせました。胸の膨らみが露わになり、空気に触れた先端が硬く尖るのを感じました。次に下着に指をかけ、太ももを滑らせて脱ぎ捨てると、完全に裸の身体が二人の視線にさらされました。煌々と明るい照明の下、テーブルの上に仰向けに横たわるよう言われ、私は硬い木の表面に背中を預けました。夫にさえ見せたことのない最も秘められた部分まで、完全に開かれていました。
二人は私の身体をじっくりと眺め回しました。重田の太い指がまず胸の膨らみに触れ、柔らかな肉を鷲掴みにしながら、親指で敏感な頂をゆっくりと転がしました。木島は反対側から舌を這わせ、湿った熱で先端を舐め上げ、軽く歯を立てて甘噛みしました。私の身体は意思に反して震え、息が乱れ始めました。
「自分で広げてみせろ。さっき教えただろう」
重田の声が低く響きました。私は屈辱に唇を噛みながら、両手を太ももの間に滑らせ、自分の秘めた花弁を指で割り開きました。濡れた内壁が露わになり、視線がそこに集中する感覚に、頭の中が真っ白になりました。重田の指がすぐにその中心に沈み、ゆっくりと中を掻き回しながら、親指で上部の敏感な突起を円を描くように刺激しました。木島は私の口元に自分の硬くなったものを近づけ、唇を軽く押し開かせて浅く出し入れを始めました。
やがて重田が私の腰を引き寄せ、熱く脈打つ彼の男性器を私の秘部に押し当てました。先端がゆっくりと沈み込み、奥まで一気に貫かれる瞬間、私は声を抑えきれずに喉を震わせました。硬く太い感触が内壁を押し広げ、奥の柔らかな部分を突き上げるたび、身体の奥から熱い波が広がりました。彼は腰を激しく前後に動かし、テーブルが軋む音とともに、私の胸を揺らしながら深く深く突き続けました。
木島は交代で私の上体を抱き起こし、四つん這いの体位に変えさせました。後ろから重田が再び貫き、木島は前から私の胸の谷間に自分のものを挟み込んで動かしました。汗で滑る肌、互いの体液が混じり合う湿った音、息が絡み合う吐息が部屋に満ちました。私は何度も頂点に追い上げられ、身体が痙攣するたび、涙が頰を伝いました。
体位は何度も変えられました。仰向けのまま足を大きく広げられ、横向きにされ、膝を折って抱え込まれるようにされ…二人の欲望のままに翻弄されました。重田の力強い律動が奥を抉るように突き、木島の指と舌が全身の敏感な箇所を執拗に責め立てました。私の身体は熱く溶け、意思とは裏腹に彼らの動きに合わせて腰を浮かせ、締め付けるように反応してしまいました。
4時間後、私はようやく解放されました。身体のあちこちに残る赤い痕と、熱い余韻を抱えて家路につきました。足がふらつき、内側から溢れる熱いものが太ももを伝う感覚を、必死に抑えながら。
その後、重田は約束を守り、工場には再び大量の発注が舞い込みました。従業員たちの笑顔が戻り、義父も喜んでくれました。私はこの選択で皆を救ったのだと、胸に熱いものを感じました。
しかし、その平穏は長く続きませんでした。
ある日、英語の講座を終えて一息ついていると、教え子の生徒がポータブルプレーヤーを持って近づいてきました。
「先生、これちょっと見て…」
画面に映し出されたのは、あの旅館の部屋での私の姿でした。テーブルの上で二人の男に翻弄される、紛れもない私の姿。羞恥と恐怖が一気に押し寄せ、目の前が真っ暗になりました。
私は今も、あの日の記憶を胸に抱きながら、夫と工場を守り続けています。 この体験が、誰かの心に何かを残すことを願って、ここに記します。
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