第一章:夏の陽炎、インターホンの誘惑
梅雨明けの空はどこまでも澄みきっていて、蝉の声が網戸越しに響いていた。
夫は単身赴任で東京、息子は大学のサークル合宿で留守。
この家には、私一人だった。いや、正確には——欲望だけが、もうひとりの住人のように息をしていた。
その日、午前十一時過ぎ。
チャイムの音が、唐突に静寂を裂いた。
「こんにちは、失礼します。冷房のエコプラン、無料点検でお伺いしてまして」
声だけで、すでに好感があった。くぐもった男の低音。
ドアを開けると、いたのは思っていたよりも若い青年。
まだあどけなさの残る頬のラインに、真夏の光がきらめいていた。
黒髪は汗に濡れて額に貼りつき、白いシャツの襟もとが少しだけ開いている。喉仏が、汗で光っていた。
「暑い中、ご苦労さまね」
思わず言った私の声に、自分でも艶が混じったのを感じた。
彼の笑顔が、少しだけ照れたように歪む。
「よろしければ…中でお冷でも?」
気づいたら、玄関の鍵を外していた。
彼のスニーカーが、私のサンダルの隣に並んだとき、胸の奥で何かが静かに震えた。
第二章:ガラス越しの指先と、微熱の距離
「すごく、涼しいですね」
リビングに通すと、彼は汗をぬぐいながら言った。
白いTシャツが肌に貼りつき、薄い生地の向こうに若い身体の稜線が浮かんでいた。
私はキッチンに立ちながら、横顔を盗み見ていた。
腕の筋、太ももの張り。青年というより、少年の最後の名残。
でも、その視線だけは、大人の男のものだった。
「これ、もしよかったら着替えて。息子のだけど」
私は息子のTシャツを差し出した。嘘だった。息子のものではない。
以前、ネットでふとした拍子に買って、使われずに引き出しに眠っていた白シャツ。
彼は戸惑いながらも、静かに頷いて、それを手に取り、廊下の鏡の前に立った。
私は、そこに立つ彼の背後から近づいた。
シャツを脱ぎかけたその肩に、そっと指を添える。
その一瞬、彼の身体がわずかに硬直した。
「…焼けてるのね、腕…」
自分でも驚くくらい低く、湿った声だった。
振り返った彼の瞳が、何かを探るように揺れていた。
でも、逃げなかった。むしろ、身体を少しだけ近づけてきた。
私はもう、抗えなかった。
心が濡れているとき、人は最も大胆になれる。
第三章:シャツの裾からこぼれたもの
彼の唇が触れたとき、世界の輪郭がぼやけた。
リビングの時計の音すら、遠くの波音のように霞んで聞こえた。
触れ合った肌の温度は、理性よりも正直だった。
私は彼のシャツの裾をゆっくりとめくった。
指先に触れる腹筋の起伏が、呼吸に合わせて微かに震える。
「…大丈夫ですか…?」
その一言が、最後の防波堤を崩した。
「…お願い、やめないで」
彼の身体が私の上に重なり、ふたりの呼吸が溶け合う。
指先が背中を這い、舌先が耳の裏に触れるたび、心と身体の境界が曖昧になっていった。
ソファの上で、私たちは静かに、でも確実にすべてを脱ぎ捨てていった。
衣服も、年齢も、罪悪感さえも。
私は声をあげた。
そしてその余韻のなかで、なぜか涙が滲んだ。
—
午後の日差しが傾き、彼は静かに立ち上がった。
「ありがとうございました…」
そう言った彼の声に、私への感謝が混じっていたかどうかは、分からない。
でもいい。
あの午後、私は生きていた。
皮膚の奥から、女として。
網戸越しの蝉の声が、また響いてきた。
私は深く息を吸い、ワイングラスに残った赤をゆっくり傾けた。



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