第一章|雨粒よりも細い視線が、私の素肌を濡らした夜
東京・新宿三丁目、金曜の夜。
人々の喧騒がビルの隙間に吸い込まれていくこの街で、私は航の腕にそっと寄り添いながら、地下へと続く小さな階段を降りていた。
「Baccara(バカラ)」──名前だけは艶やかで、外見は古ぼけた雑居ビルの一角。
でも、重たい扉を開けた瞬間、すべてが変わる。
赤いビロードのソファ、琥珀色の照明、空気の中に漂う甘いラムとコニャックの気配。
ここでは、時間も、常識も、少しだけ緩む。
私と航は、そんな“少しだけ壊れた場所”に、週末になると通っていた。
三歳下の彼は、穏やかで、優しくて、何よりも誠実だった。
だけど最近、その「正しさ」が、私の中の女を鈍くさせていたのも、事実だった。
私たちの席は、店の一番奥。
照明の届かない半影の中で、航が私の太腿の上に手を置いたとき、私はその温もりにうっすらと震えた。
何気ない仕草のはずなのに、私は、自分の下腹がぬるく疼いていることに気づいてしまった。
──そして、その視線に気づいたのは、航が席を立ってバーテンダーに挨拶をした数分間のことだった。
カウンターの隅に、黒いシャツを着た男がいた。
足を組み、グラスを回しながら、私を見ていた。
“ただ見る”のではない。私の喉元を、鎖骨を、胸元のレースの透けを、一枚ずつ剥ぐような視線。
その瞳は、まるで“視線の指”だった。
喉仏の奥を這われているような錯覚。
肌に触れてもいないのに、私は脚を組み替え、スカートの内側の空気を意識していた。
彼が微かに口角を上げた。
見知った顔──どこかで、確かに、知っている。
その瞬間、グラスの氷が「コトン」と音を立てた。
私の心も、何かが崩れたように微かに震えた。
「……ミナ、だよな」
低く、喉をくぐるような声。
私は凍りついた。
名前を呼ばれるというのは、どれほど無防備なことだろう。
大学のゼミで一度だけ組んだ、あの先輩──影のような存在だった。
誰よりも無口で、誰よりも眼差しが濃い人。
ずっと私のことを、何かを我慢するような目で見ていた。
あの頃、私はその視線に気づかないふりをして、逃げていた。
けれど今、その目にまた射抜かれてしまった私は、足の裏がじっとりと湿るのを感じた。
航が戻ってきて、「知り合い?」と穏やかに尋ねる。
私は笑顔を作ろうとしたが、頬が引きつる。
「……ちょっと、トイレ、行ってくるね」
逃げるように席を立った私の背中に、先輩の声がふたたび、ねっとりと絡みついてきた。
「久しぶりに──俺のものになってもらうよ」
その言葉が、足元を崩した。
ヒールがコツンと床を打ち、私はまるで脚から力を抜かれたように、一段目の階段に蹌踉(よろ)めいた。
次の瞬間、背中に強い腕。
香水の匂いとは異なる、男の汗と皮膚の香り。
そのまま私は、重たい扉の向こうの、知らない夜へと引きずり込まれていった。
「やめて……っ」
声を上げる間もなく、喉を湿らせる手が、唇を塞ぐ。
目の奥が熱くなり、でも同時に、心の奥では何かが静かに震えていた。
これは、恐怖? それとも──快楽の予感?
私の身体は、誰よりも正しい男の隣で満たされきれず、
誰よりも間違った男の手に、いま沈んでいこうとしていた。
第二章|彼の前で、壊れていく私
鉄の扉が閉まる音が、私の胸の内でひとつの“日常”を閉じた。
もう、あの赤いソファにも、航の優しい笑顔にも戻れない。
代わりにそこにあったのは、剥き出しのコンクリートの壁と、裸電球が照らす薄暗い部屋、
そして、私の目の前に縛りつけられた“彼”だった。
航は、何も言わなかった。
ただ、驚愕と怒り、そして……もうひとつ、言葉にできない“揺らぎ”を目に宿していた。
「ずっと見てたんだよ。お前が“ああいう目”でこいつを見てるの、ずっとな」
そう言った彼──“先輩”の声は、静かで、それなのに皮膚の下まで届いてくるような冷たさがあった。
私は押し倒されるように、冷たい床に背をつけた。
服の布が、粗雑に、けれど執拗に指先でまさぐられ、ほどかれていく。
抵抗しようとした腕を、後ろ手に縛られる感覚。
パンプスが脱げ、脚が開かれる。
まるで、私という存在が“ひとつの見世物”として、彼の視界にさらされていくようだった。
「見ててやれよ、お前の女がどう“仕上がる”のか──」
言葉に、震えた。
でもそれ以上に震えたのは、航の眼差しだった。
怒りとも、哀しみとも違う。
彼は、目を逸らさなかった。
私のすべて──その羞恥も、声も、震える太腿も、さらには快楽の色を帯び始めた身体さえも、しっかりと見ていた。
そのことが、私の奥底を震わせた。
見られている──
感じてはいけないのに、
“彼が見ているから”こそ、私の身体はどこか悦びを見出してしまった。
──一人目の男の指が、太腿を這う。
舌が、私の下腹に熱を残す。
息が、胸元にかかるたび、乳首がかすかに震え、寒気とも熱ともつかない波が押し寄せてきた。
「っあ……ぁ……」
声を堪えようと唇を噛む。
けれど、その内側から溢れてくる感覚は、もう私の意志では止められなかった。
ふたり目の男の、濡れた舌。
三人目の、強く押し当てられる腰。
私の中の「女」が、重なり、ずれ、溶けていく。
目隠しをされても、私は分かった。
“航が見ている”。
その確信が、私の羞恥を煽り、快楽を濃く、熱くさせていった。
そして──
四人目の男が、私の腰を持ち上げたときだった。
脚が開かれ、ぐちゅりと音を立てて迎え入れた瞬間、
私の喉の奥から、止めようのない喘ぎが漏れた。
「……っぁ、ぅぁ……や、ぁ……見ないで……でも、見て……っ」
私は航に向かって、泣くように、啼くように、声を漏らした。
自分でも何を望んでいるのか分からなかった。
けれど確かに、私は“彼に見られながら乱れていく”ことで、
自分の最も深く、最も本能的な場所が開かれていくのを感じていた。
誰かの指が喉元にかかり、誰かの舌が耳の裏をなぞる。
声と声が重なり、私の声もその中に混ざっていく。
もはや、何人目なのかも分からない。
ただ、航の瞳だけが、
この堕ちていく私の“いま”を、まっすぐに焼き付けていた。
その事実に、私はもう一度、甘く壊れた。
最終章|静けさのなかで、私を抱いたのは
すべてが終わったあと、私は裸のまま、冷たい床にうずくまっていた。
照明の色が変わったわけでもないのに、世界が違って見えた。
男たちは去り、部屋には、私と航、そして空気を震わせる微かな残り香だけが残されていた。
縄を解かれた航が、何も言わずに近づいてくる。
私の顔を見つめ、膝を折り、
静かに、私の身体に毛布をかけた。
毛布が触れた瞬間、私の皮膚はぞくりと震えた。
快楽の果てに晒された身体が、
今度は「愛される準備」を始めてしまった。
私は、壊れたはずだった。
でも、航の指が私の頬をなぞると、その壊れた場所に、
じんわりと、熱が満ちていった。
「……ミナ」
たったひと言で、私は涙をこぼした。
謝りたかった。
すべてを話したかった。
でも、声は出なかった。
航は、何も聞かなかった。
そのかわり、私の肩を抱き寄せ、
汗と涙と、男たちの体温がまだ残る私の身体に、
そっと唇を触れさせた。
それは、愛撫ではなかった。
赦しでもなかった。
けれど、私の奥の奥まで染み入るほどの、
熱く、優しい、圧倒的な“存在”だった。
「ミナ、もう一度……俺に抱かれて」
その声が、喉の奥で甘く溶けた。
その夜の最後、
私は“彼に犯される”のではなく、“彼に抱かれる”ことで、
本当の意味で“自分を取り戻す”感覚を得ていた。
航の舌が、私の首筋に触れる。
あの男たちとは違う、優しすぎる動きに、
私は息を吸い込むたび、喘ぎにも似た吐息を漏らしていた。
「やめて……」
そう言いながら、
私は自分の腰を、彼の手の中に沈ませていた。
濡れていた。
誰のせいでもなく、彼のせいでもない、
けれども確かに、私は“彼に抱かれたい”と、
もう一度“この身体で愛されたい”と、
本能の奥で疼いていた。
航が私の脚をゆっくりと開いた。
指先が、私の奥の湿り気に触れたとき、
「……ミナ、まだ、熱い……」
私は、首を振った。
何も言わずに、ただ、彼の身体にしがみついた。
そして──
航の中で私が再び満たされていくとき、
それは“赦し”でも“罰”でもなく、
ただの“愛”だった。
奥深くを突かれるたび、
私はひとつ、またひとつ、失ったはずの何かを拾い集めていくようだった。
汗が混じる。
舌が絡む。
腰と腰が打ち合うたび、
声にならない声が、空気を震わせた。
「ミナ……もう、大丈夫だよ」
その言葉とともに、
彼は、私の奥で静かに果てた。
私は、彼の腕のなかで、
震えながら、
それでも、確かに女として
いま、ここに存在していた。
余韻|壊れて、赦されて、それでもまだ…
朝が来た。
空気が静まり返るなか、
私は、裸のまま、航のシャツを肩に羽織り、コンクリートの壁にもたれていた。
目を閉じると、昨夜の気配がまだ、肌の奥に残っていた。
罪と悦び。
背徳と赦し。
壊された快楽と、再び愛された幸福。
それらがすべて混じり合い、
私は“女”という存在の複雑さを、
ただ、静かに受け入れていた。
航は、私を一度も責めなかった。
ただ、すべてを見たうえで、それでも抱いてくれた。
私はその腕のなかで、初めて、
本当の意味で「許された」と思えた。
そして──
その夜のことを、私はきっと、忘れない。
何年経っても、何度愛されても、
あの夜、視線のなかで壊れた私は、
今も、彼の中に棲みついている。
それを知っていて、
私もまた、
彼に抱かれながら、
もう二度と戻れない夜の続きを、夢のなかでなぞっている──。
この体験談で興奮したら必見!!
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