高層階の窓から見下ろす東京の夜景は、まるで星空を裏返したように煌めいている。
シャンパングラスの中で泡が弾ける音が、部屋の静寂に溶けていく。
私は美咲、38歳。
夫は医療系ベンチャーの創業者で、今は海外出張続き。
娘は寮制の中学校に入り、家は空虚なガラスケースのように静まり返っている。
ブランドの香水に、ラグジュアリーなランジェリー。
磨き抜かれた肌、ジム通いで維持したウエストライン。
けれど、鏡の中の私には、触れてくる男はいない。
ただ、飢えた視線に晒されることを望むような、そんな夜だった。
そんな夜に、彼は現れた。
春斗。
上京して間もない大学一年生。
マンションのコンシェルジュ経由で頼んだ「出張のパーソナル・デリバリーバイト」という名の荷物運びのアルバイト。
何気ない生活雑務の手伝いを、秘かに“目の保養”として楽しむセレブたちの間では、ちょっとした裏ルールがある。
春斗が初めて玄関をくぐった瞬間、私は静かに息を飲んだ。
紺のジャケットに黒いリュック。汗ばむ額を気にする仕草が、妙に初々しくて。
「ごめんなさい、お待たせして。上まで運ぶの、大変だったでしょう?」
ヒールの音を響かせながらリビングに招き入れると、彼は小さく頭を下げた。
「いえ…すごい、綺麗なお部屋ですね。ホテルみたいで」
「嬉しいこと言ってくれるのね」
シャンパングラスをひとつだけ用意しながら、私はわざとソファに深く腰を下ろした。
脚を組み替えるたび、スリットの入ったシルクのドレスが滑り落ち、白い太ももが照明に浮かぶ。
そのたびに、彼の視線が迷子になるのを、私は見逃さなかった。
「…あの、美咲さんって、ほんとに…モデルとかされてたんですか?」
「ふふ、よく言われるけど、専業主婦よ。あなたと、そんなに歳は近くないけれど」
「え、でも…」
「でも?」
「…めちゃくちゃ綺麗で、大人の女って感じで…」
彼の頬が赤く染まる。
唇を噛みしめて俯いた春斗の横顔を、私はまるで獲物を見つけた猫のように見つめていた。
彼が童貞であることは、会話の端々から分かっていた。
その不器用な視線、礼儀正しい間の取り方、でも明らかに体は反応してしまっている様子——
ああ、可愛い。
「春斗くん、私のこと、抱きたいと思った?」
静寂を切り裂くように囁いた言葉に、彼はぎくりと目を見開いた。
「え…えっ…」
「いいのよ。正直に言って。女を知らない男の子ほど…私、そそられるの」
私はゆっくりと彼の手を取り、自分の膝の上に導いた。
その瞬間、彼の手が震えた。
「ねえ、女って、どこが一番感じるか、知ってる?」
その問いに、彼は首を横に振るだけだった。
その姿が愛しくて、たまらなかった。
私は彼の手を自分の首筋に添えた。
「ここ、触れて。ゆっくり、優しく」
彼の指先が、恐る恐る私の肌に触れた瞬間、私は甘い吐息を漏らした。
その音に、彼の喉が小さく鳴った。
私はドレスの肩紐を片方だけずらし、白い素肌をあらわにする。
そして彼の手を、胸元へと誘った。
「ねえ、春斗くん…あなたが最初なの。こんなふうに、女の悦びを教えてあげたくなったのは」
その夜、私は彼にすべてを教えた。
舌の使い方、息の合わせ方、指先で女を感じさせるリズム、
そして、体を繋げる意味。
春斗の中で何かがひとつずつ、覚醒していくのがわかった。
身体がぶつかり、濡れて、溶けあい、
彼の内にあった「子供」の部分が、
私の中で「男」に変わっていく。
彼は何度も果てた。
けれど、立ち上がるたびに、
その動きに情熱と欲望が宿っていく。
「美咲さん…まだ、足りないです…もっと…知りたい…」
その言葉に、私は何も答えなかった。
ただ、腰を浮かせ、彼を深く抱き締めた。
愛しさと、背徳と、母性と、
すべてが混ざり合った夜。
それは、狂おしいほど美しく、
そして決して誰にも見せられない、
私だけの快楽のレッスンだった。
春斗との関係は、数回の逢瀬を経て、彼の内に“男”の輪郭が芽生え始めた頃、私はふと、それ以上の熱を感じられなくなっていた。
彼が「覚えた」ことで、私の中にあった育てる悦びが、すとんと失われたのだった。
そして私は、また“最初の眼差し”を探し始めた。
港区の会員制図書サロン。
高級マンションの住人だけが使える静謐な空間。
そこで私は彼に出会った。
髪を柔らかく伸ばし、丸縁のメガネをかけた青年。
白いシャツにベージュのニット。
本の山に囲まれた彼は、まるで時間の止まった風景の中でだけ呼吸をしているようだった。
その日、彼が読んでいたのは『異邦人』だった。
「カミュが好きなの?」
私は声をかけた。
彼は驚いたように顔を上げたあと、静かに頷いた。
「…美咲って言います。このサロン、よく来るの?」
「…陽向(ひなた)です。ここの近くで下宿してて…初めて来ました」
彼の声は、あまりにも優しくて、壊れそうだった。
目を見ればすぐに分かる。
彼は触れたことがない。
誰かの肌に、誰かの吐息に、誰かの温度に。
私は確信した。
この子はまだ、誰にも壊されていない。
陽向との逢瀬は、春斗とは違って、まるで言葉を持たない音楽のようだった。
「恋人とか、いるの?」
ある日、私の部屋で紅茶を飲みながら訊ねると、彼はそっと首を横に振った。
「…ぼく、誰かと付き合ったことも、そういうことも、なくて…」
その瞬間、私は心の奥が疼くのを感じた。
「女の人、怖い?」
「……美咲さんは、怖くないです」
「ふふ、嬉しい。でも、女は怖いわよ」
私は陽向の手を取り、ソファへと引き寄せた。
「ねえ、初めて…教えてあげようか。“女”って、どういうものか」
彼の瞳が揺れた。
でも逃げなかった。
私はそのまま彼の頬に触れ、唇を重ねた。
静かに、深く、愛しさと背徳と悦びを混ぜて。
彼の身体は、驚くほど繊細だった。
抱き寄せるとすぐに息が詰まり、私の手がシャツの裾にかかっただけで、喉が震えていた。
「陽向くん、力を抜いて。女の人に触れるときはね、指先から伝えるの。優しさも、欲望も」
私は彼の手を、自分の胸元に導いた。
その瞬間、彼は目を見開き、指先が震える。
でも、逃げない。
「…これが、女の体…」
「そうよ。ねえ、感じさせてみて」
彼の指が、不器用に、でも必死に私の肌を這う。
そのぎこちなさが、私の中に甘い熱を灯す。
やがて私のランジェリーが外され、彼の頬がその柔らかさに触れた瞬間、彼の呼吸が熱を帯びる。
「美咲さん…すごい…綺麗で、柔らかくて…」
「男の子って、こういうふうに女を知っていくの。覚えてね」
私は彼をベッドに導き、彼のシャツのボタンをひとつずつ外していった。
「ねえ、全部、見せて。あなたのこと、全部知りたい」
陽向が私の中に初めて踏み込んだとき、彼の目は涙に濡れていた。
痛みでも、恐怖でもない。
おそらく、それは何かが“壊れて生まれ変わる”瞬間に流れる涙。
私は彼の頬を撫で、腰を受け止めながら囁いた。
「これが、女を抱くってこと。気持ちよくなって、いいのよ…」
彼は必死に、私を感じさせようとした。
リズムも角度もぎこちない。
でもそのたびに、私の中の“悦びたい女”が目を覚ましていく。
「陽向くん…そのまま…いいわ、上手になってる…」
彼が私の奥で果てた瞬間、私は彼を抱きしめながら、まるで自分の中の「母性」までも剥がれ落ちるような感覚に包まれた。
そして、静寂。
陽向はベッドの中で、私の腕の中で眠った。
私は彼の髪を撫でながら思った。
この子は、たぶんすぐには変わらない。
でも確実に、今夜、彼の世界は少しだけ拡がった。
それが私にとっての悦び。
男の子を“男”に変えていくこと。
それはもう——趣味以上の、本能の悦楽になっていた。



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