ほどけるエプロン、ふたたび結べないままで
夫が単身赴任に出て三年。北陸の工場町での生活は、月に一度、あるいは二ヶ月に一度の乾いたLINEのやり取りだけで報告される。
私は「了解😊」と絵文字で返し、冷蔵庫の在庫を見ながら夕飯の献立を考える日々。いつからだろう――自分が誰にも触れられないことに、気づかないふりをするようになったのは。
名前は陽菜。三十五歳。七歳の息子・蓮を育てる母親。週三のパートと洗濯とごはんの支度。野球に夢中な息子の背中をグラウンドで見守るのが、私の毎週末の“喜び”になっていた。
──だけど、本当は「諦め」でもあった。
恋も性も、遠くに霞んだ贅沢のようなもの。それがある日、不意に、私の手元に触れてきた。
彼の名前は海斗。二十歳の大学生。息子の所属する少年野球チームのコーチのひとり。焼けた肌、広い肩幅、真っ直ぐすぎるまなざし――その存在は、日常の中にひときわ異質な“熱”を孕んでいた。
そしてあの午後、私たちはスーパーの野菜売り場で偶然出会った。
「陽菜さん?」
振り返ると、冷凍唐揚げとカレールーを手にした彼が立っていた。
「一人暮らし、大変でしょう?」
「まともな食事、全然で。……陽菜さんの手料理、食べてみたいですね」
彼の冗談に、私は「今度作ってあげるわよ」と笑って応えた。息子のために頑張る若者への、母性的な親切。――そのつもりだった。あのときは、まだ。
翌日、彼のアパートのドアをくぐった。カチリという音とともに、空気がぴたりと変わる。
「適当に座ってください」
スニーカーを脱ぎ、部屋に入る。洗濯物の匂いと柔軟剤、少し汗の残る空気。私はそっとカーディガンを脱ぎ、薄いブラトップ姿になった。
色白で美肌、とよく言われる私の肌は、真夏の光を受けて静かに輝いていた。小ぶりな胸を包むブラトップの下で、浅い呼吸が波打っていた。
キッチンからふとこちらを見た海斗の目が止まり、そして――喉が、明らかに鳴った。
「……すごく、綺麗です」
その言葉は、無防備すぎて。けれど、私はそのまま料理に取りかかった。気づいていないふりをしたまま、でも背中に刺さるような視線を感じながら。
食事を終え、私は黙々と皿を洗っていた。静かな水音と、湿ったスポンジの擦れる音だけがキッチンに響いていた。
そのとき、背後から微かな気配――
振り向く間もなく、背中に熱が重なった。
「陽菜さん……」
耳元に落ちる彼の声が、息よりも静かに、しかし確かに私の鼓膜をくすぐった。
腰に回された腕。掌の厚みが、エプロン越しに私の身体のラインをなぞる。
呼吸が止まりそうだった。
「本当は、誰かに触れてほしかったんじゃないですか?」
言葉を返す間もなく、彼の指先がゆっくりと腹を這い、ブラトップの下へと忍び込む。
布越しに撫でられた小さな胸の先が、まるで意思を持ったように硬くなるのを感じてしまった。
「……やめて…」
そう言ったはずなのに、声はひどく小さく、弱かった。
彼は、私の背中のエプロンの紐を解き、するりと布を滑らせて落とした。
肩口に唇が触れたとき、ぞわりとした熱が背骨を走り抜ける。
「陽菜さんの肌、透き通ってる。…ずっと、触れたかった」
その囁きが耳たぶに落ち、息が混ざる。
そして彼の指がスカートの奥へと、ためらいなく進んだ。
脚の付け根に触れたその瞬間、
自分でも驚くほど濡れていた。
彼は驚くように微笑み、静かに膝をつく。
まるで礼を捧げるような動作で、私の脚に唇を落とし、内ももを舐めるように上がってくる。
指先が、そして舌が、私の最も繊細な場所へと触れたとき、
私の膝から力が抜け、ソファへと引き寄せられていった。
「ん…っ……だめ…そんな…」
必死に声を抑えようとするけれど、喉の奥から熱い吐息が溢れてくる。
舌が、唇が、私の奥を撫で、吸い、飲むように愛してくる。
自分の身体が、そんなにも敏感だったことに愕然としながら、私は両手で彼の髪を掴んでいた。
舌が触れるたび、全身の神経がそこに集まり、溺れていく。
「陽菜さん、全部、味わいたい……」
やがて彼は身体を持ち上げ、私の目を見つめながら、自らの熱を私の下腹部に押し当てる。
「…入れてもいいですか?」
ただ、頷いた。
それがすべてだった。
ゆっくりと、でも確かな動きで彼が私の中へと沈み込んでくる。
押し広げられていく感覚。ずっと塞がれていた扉が、今ひらかれていく。
全身が満たされていく。
「……あ……っ…陽菜さん…すごい……」
彼の声も、私の耳の奥で震えていた。
何度も奥を擦られ、擦られるたびに私の中は敏感になっていく。
息が絡まり、肌が触れ合い、音と熱とが混ざり合っていく。
名前を呼ばれ、腰を引かれ、私は何度も絶頂に連れていかれた。
苦しいほど抱き締められ、脚を絡め、身体の奥の奥でつながるたび、心が揺れる。
愛しさなんて言葉では足りない。
快楽というにはあまりにも、魂に届いてくる。
彼が深く突き上げるたび、私は声を抑えきれず、ただ何度も彼の名を呼んでいた。
身体を重ねた後の静けさ。
彼の指が、私の汗ばんだ髪をそっと梳かしていた。
「……俺でよければ、これからも」
その言葉に、私は何も答えず、ただ彼の胸に顔を埋めた。
答えは、肌が覚えている。
いま私は、またグラウンドに立っている。
陽に焼けた息子の背中と、その横に立つ彼の姿。
誰も知らない、密やかな関係。
でも、私は確かに生きている。
あのエプロンの奥に隠していた渇きと欲望は、
もう二度と――結び直せない。



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