【第1章】カーテンの隙間に揺れる視線と、春のざわめき
春の終わり、夕暮れはやさしい桃色ににじんでいた。
西日が静かに降りそそぐ寝室には、カーテンの隙間から風が流れ込み、薄く香水の残る空気を揺らしていた。
私は、バスローブの紐をほどく。
しなやかに開かれていく胸元。
白い肩から滑り落ちる布の感触が、肌に甘やかな緊張をもたらす。
鏡越しに映るのは、黒の総レースのランジェリー。
スレンダーな肋骨の下に、はっきりと主張する丸み。
夫に「誇りだ」とからかわれるほどの、豊かな胸。
私は下着姿のまま、髪をほどいて、櫛を通した。
その瞬間だった。
背後のカーテンの隙間。
風に揺れて、ふと覗いた窓の向こうに、人影が見えたのだ。
はっと息をのんだ。
そこには――向かいの家の、真っ暗な窓の中に、ひとつの“視線”があった。
光に溶け込むように、輪郭を曖昧にしながら、しかし確かに、私を見つめている。
吸い込まれるような、静かで、執拗な眼差し。
瞬時に胸の奥がざわついた。
羞恥? それとも――別の何か?
ざわめく神経が、肌の上に浮かび上がってくる。
ああ、私、いま見られてる。
その相手は、隣の一軒家に越してきたばかりの大学生。
十八歳の春。入学したばかりの細身の男の子。
くっきりとした睫毛、白い指先、まだ少年の輪郭を残した横顔。
最初に挨拶に来たとき、どこか無垢で、けれど目だけが大人びていたのを覚えている。
私はカーテンに手を伸ばしたが、その動きがどこか鈍い。
意識のどこかが、まだ“視られている感覚”を味わいたがっていた。
鼓動は早く、吐く息は浅い。
手が微かに震える。
黒のブラジャーのレースの中、乳首がいつの間にか硬くなっていることに、自分自身が驚いた。
そのまま、私はローブを肩にかけ直し、そっと寝室を出た。
キッチンでグラスに水を注ぎ、リビングにいた夫に静かに言った。
「……いま、向かいの子に……着替え、見られてたかもしれない」
夫は、ソファに寝転びながら雑誌を読んでいた。
けれど私の言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
そして一瞬、私の胸元に目をやり、少し笑った。
「……マジで? それ……なんか、興奮するな」
まるで、意外なほど軽い調子だった。
でも、私はすぐに気づいた。
夫の目が、静かに熱を帯びていたことに。
「だってさ。おまえの身体、あんなに綺麗なんだから……見せたくなる気持ち、わかるよ」
その言葉は、冗談のようでいて、どこか本音を含んでいた。
私は黙ってグラスに口をつける。
冷たい水が喉を滑り落ちるその瞬間、
寝室の窓にいた“視線”の残像が、まだ私の背中に張りついていた。
私は、誰かに見られるということに――確かに、感じていた。
それを夫に知られて、少し安心し、そして、なぜだか……もっと深い場所が疼いた。
【第2章】夫婦という檻の中で、私は共犯者になった
風がぬるくなる季節。
カーテンを閉めるタイミングは、夜の深まりとともに曖昧になっていった。
夫は、その晩もソファにいた。
薄暗い間接照明の下で、ウイスキーのグラスを揺らしながら、私の方を見ていた。
「さっきの……向かいの子、またいたみたいだね」
何気ない口調だったけれど、その声は深く沈み込むようで、私の奥にざらりと残った。
「……見てた?」
私は自分でも驚くくらい、声を落としていた。
胸がふるえ、足元がじわりと熱を持っていく。
夫は答えず、グラスを置いた。そして、私の手を取った。
「今夜……そのまま、着替えてみて」
私は黙って頷いた。
背徳感とスリルの間で、心臓が静かに暴れ出す。
寝室に入ると、私はいつものようにカーテンを半分だけ閉じた。
開いた隙間から、向かいの窓がうっすら見える。
明かりが消えているのに、あの部屋の“視線”だけは、はっきりと感じられた。
私は鏡の前に立ち、ゆっくりと服を脱いだ。
一枚、また一枚と剥がすたびに、肌が空気にさらされる。
夫は、寝室の扉を少しだけ開けて、その外の廊下で見ていた。
自分の手で、自分を愛撫しながら。
レースの下着を脱ぐのは、ほんの少し躊躇った。
でも私は、静かに片脚を上げると、ショーツを抜いた。
鏡の中、私は全裸のまま、そこに立っていた。
彼――向かいの大学生――が見ているかもしれない。
夫が、廊下で自分のものを握りしめながら私を見つめている。
その二重の視線に晒されながら、私は、自分の指先を下腹部へすべらせた。
柔らかく、湿っている。
それを確かめた瞬間、私の奥で、何かがカチリと解錠された。
私は、鏡に映る自分に問いかけるように、指をゆっくりと動かす。
敏感な場所に触れると、脚の内側が勝手に震えた。
首筋に汗が滲み、乳首は自分の息づかいだけで立ち上がっていく。
指先が濡れていく音が、部屋の静寂を汚していく。
そのとき、廊下の夫が、かすかに吐息を漏らした。
「……綺麗だよ……見られてるよ、たぶん……」
その囁きに、私は脚を開いたまま、さらに奥をなぞった。
羞恥と快感が混ざり合い、背骨がじわじわと溶けていくような感覚に包まれる。
誰かに見られながら、自分の身体に溺れていく。
夫の吐息が早くなっているのが分かる。
私の“ひとりで悦ぶ姿”が、夫の欲望を煽っている。
私は指を深く差し入れながら、鏡の中の自分と、視線の向こうにいる“彼”を重ねた。
「……もっと……見て……」
声にならない呟きが唇からこぼれた瞬間、快楽の波が押し寄せる。
腹の奥が震え、膝ががくりと崩れる。
私は壁に手をついて、濡れた指をそのまま太ももに這わせた。
その瞬間、廊下の奥から、夫が唸るような声を漏らしながら達した音がした。
私たちは――誰にも触れられずに、でも誰かに見られながら、
一緒に、果てた。
裸のままベッドに倒れ込むと、夫が静かに寝室に入ってきた。
グラスに残ったウイスキーの香りが、ふたりの間に漂う。
「おまえって……ほんと、たまらないよ」
その言葉に、私は小さく笑った。
見られて悦ぶ私を、見て悦ぶ夫。
私たちは、何かの境界を、そっと越えてしまったのかもしれない。
【第3章】見られた夜、私はすべてをほどいた
それは、夜の気配がいちばん濃く、音を吸い込むような静けさに満ちた金曜だった。
寝室のカーテンを半分だけ開けるのが、私たちの日課になっていた。
そしてその向こうに、“彼”の視線を感じるのも、すでに日常の一部になっていた。
けれどその日は、夫が違った。
「……さとみ、今日、呼んでみない?」
私は一瞬、意味が分からなかった。
けれど夫の目は、すでに覚悟と興奮で濡れていた。
「彼を……この部屋に?」
「……ああ。おまえが欲しがってるの、分かるから」
「それに、俺も……見たい。おまえが他の男に抱かれるところ」
その一言に、身体が粟立った。
同時に、心の奥で何かが、ゆっくりと開いていった。
数日後、私は意を決して彼に話しかけた。
ベランダ越しに、風を装って言葉を交わす。
「このあいだ、うち……見てたよね」
彼は一瞬固まり、そして頬を染めた。
「……ごめんなさい」
「怒ってない。ただ……来てみる?」
一度、言葉にしてしまえば、後戻りはできなかった。
その夜、彼は本当に、来た。
夫はリビングの奥の壁にある、開け放たれたスリットから、寝室を見守っていた。
照明は落とし、蝋燭のような暖かい光だけが部屋を照らしていた。
私は、ワンピースの裾をゆっくりまくり上げた。
向かいに立つ“彼”の目は、ずっと泳いでいた。
少年のような戸惑いと、大人の欲望が交差する眼差し。
「……見て」
私はブラのストラップを肩から落とした。
レースの下から、乳房の輪郭がこぼれる。
彼の喉が鳴った。
「触れていいよ」
それだけで、彼は近づいてきて、恐る恐る私の胸に手を伸ばした。
その瞬間、乳首が反応し、身体がびくりと震えた。
彼の指はまだ幼く、でも一生懸命だった。
私は瞼を閉じ、触れられる感覚に身を委ねた。
スカートの中に手が入り、ショーツの布越しに優しくなぞられる。
敏感な場所に指が触れた瞬間、思わず声が漏れた。
「はぁっ……ん……」
夫に見られている。
少年に触れられている。
その二重の背徳のなかで、私は確かに、女としてほどけていった。
やがて、彼のジーンズの奥から、熱をもったものが現れた。
それを見た瞬間、私の身体は、理性の最後のひとひらを手放した。
「……入れて」
私は、自分の身体で彼を導いた。
異物感と熱さ。
若い身体が、私の中に深く入ってくる。
その一刺しごとに、全身が歓喜に痺れた。
背後のスリット。
そこから夫の視線が刺さる。
彼もまた、自分を慰めながら、その光景に溺れていた。
「奥……きて……んんっ……」
私は彼に抱かれながら、夫の方を見た。
夫も目をそらさなかった。
私が他の男に乱される様を、真っ赤に染まった瞳で見ていた。
息が、重なる。
音が、混ざる。
三人分の欲望が、ひとつの空間で震えていた。
彼が達する刹那、私は腰を押し付けるようにして彼を迎え入れ、
全身をのけぞらせて、果てた。
あとで、夫が言った。
「……おまえのあの顔、俺、忘れられないよ」
私は、ベッドにうつ伏せのまま笑った。
見せたくて、見せられて、見られて、そして堕ちた。
でも、そこには確かに、私たち夫婦の新しい“絆”のかたちがあった。
【追章】
「午後二時の罪は、レースの下に」
―夫のいない昼下がり、私は彼を迎え入れる―
夫が不在の日は、空気の密度が違う。
玄関を開けたときから、部屋中が私だけの香りに染まっていく。
日差しはやわらかく、寝室の床に編み目模様の影を落とし、
そこに、私の足先が静かに沈んでいく。
インターホンが鳴るのは、いつも午後二時。
カーテンは半分だけ開けておく――それが、私たちの合図。
ドアを開けると、彼はまっすぐに私を見る。
目の奥が火照っているように見えるのは、私のせいだとわかっている。
「こんにちは」
「来てくれて、ありがとう」
言葉はいつも通りだけれど、指先は正直だ。
私のワンピースの裾をすぐに持ち上げ、脚の裏側をなぞっていく。
夫にしか見せたことのなかった、レースの奥。
そこへ、彼の指が静かに触れる。
「今日も……ここ、濡れてる」
私は、頷きもせず、ただ目を閉じた。
もう、罪悪感はなかった。
それは夫が最初に導いた扉で、いま私はその奥で自由になっているだけ。
見せる悦びから、与えられる悦びへ、そして今は――
自分から求める悦びの中にいる。
ベッドに倒れ込んだ私の脚を、彼はためらいなく開く。
舌が触れた瞬間、私は声を上げた。
「……ん、んあっ……やぁ……」
それは夫がいないことへの背徳ではなく、
“夫に知られずに感じていること”への、スリルだった。
彼の身体は、もう少年ではなかった。
私の中を知り尽くした指と舌と腰が、
“女”としての私を、完璧に暴いていく。
「好きにして」
その一言で、彼はすぐに私を貫いた。
熱が、奥を満たしていく。
締めつけるほど欲しがる私の身体に、彼はむせぶように喘ぐ。
二人だけの午後。
誰にも咎められない、けれど決して赦されもしない、快楽の迷路。
「ねぇ……見て」
私は枕元のスマートフォンを手に取る。
画面の中には、夫が使っていた監視アプリ。
寝室のカメラに、うつる私と彼。
夫がいなくても、私は“見られている”という安心を欲していた。
私の奥で震えている“彼”を感じながら、
私は、カメラの向こうの“夫”にも、見せつけていた。


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