【第1部】静けさに濡れる──“見られていた”という快楽の予兆
息子が帰省した初日の夜、彼の荷物の中に、見慣れない歯ブラシと、微かに甘い柔軟剤の匂いが混じっていた。
「友達も泊まっていい?」というLINEは、前触れもなく届き、返事を返す前に玄関の鍵が回る音がした。
リビングへ入ってきたのは、少し焼けた肌と淡い色のTシャツ。
──私は、瞬間的に息を呑んだ。
「うちの母さん。よろしく」
息子に紹介され、私が小さく会釈すると、その青年はほんのわずか──一秒か二秒ほど、視線を逸らさず私を見つめた。
挨拶のあとの沈黙に、なぜか背中を伝うものがあった。うまく笑い返すことができず、私はキッチンの水を出すふりをしてやり過ごした。
三泊目の夜。
家の中は静かで、隣の部屋からはかすかに息子たちの笑い声が洩れていた。
午前二時を過ぎて目覚めた私は、少し喉が渇いていた。台所へ行くつもりで薄手のガウンを羽織る。
ふと、浴室の明かりがついていることに気づいた。
──こんな時間に?
足音を立てないように近づく。
薄く曇ったすりガラス越しに、人の影。
身体を洗っているのではない。手の動きが、妙にゆっくりで、一定のリズムを刻んでいた。
気づいたのは、その手に──私の、ランジェリーが握られていたこと。
昨日、洗って干したはずの、白いレース。
その柔らかさを握ったまま、彼は自身を扱いていた。
呼吸が止まりそうになった。
なのに、足は動かない。
脳が、この現実を否定しようとするのに、身体が、そこにある“欲望”を直感していた。
彼の唇が、うっすらと開く。
音は漏れないが、吐息だけが空間を震わせている。
私は、身体の芯がじんわりと濡れていくのを感じていた。
“見てはいけないのに、見ている私”
“触れられていないのに、濡れていく私”
それは、理性の死角に芽生える濡れだった。
ガウンの裾が、指に吸い寄せられるようにめくれ、私の手は、無意識に自分の太ももを這っていた。
──私の中に、なにかが壊れていく音がした。
ガラス越しに影が動き、気づかれたかと思った瞬間、彼の手が止まる。
「……見てたんですね」
浴室のドアがゆっくり開く。
曇ったガラスの内側から現れた彼の目は、羞恥ではなく、どこか──誘うような、哀しいような、熱を持っていた。
「……ごめん、なさい。返します」
差し出された下着は、少し湿っていた。
私は、震える指でそれを受け取り、そして──声にならない声で、言った。
「……それ、まだ……返さないで」
彼の喉が、ごくんと鳴る。
その音だけで、私の内側が、また濡れた。
──その夜、私は初めて、女として“見られていた”ことに、気づかされた。
【第2部】舌先の呼吸、指先の赦し──許される快楽の中で溺れて
彼の指が、まだ濡れている私のランジェリーをそっと置いたあと、言葉ではなく、目だけで問うてきた。
「ほんとうに……いいんですか?」
私はうなずいた。──けれど、それは赦しではなかった。
私の中で疼いていたのは、女として“見られた悦び”と、“求められた快楽”が重なることで生まれる、罪の蜜だった。
浴室の蒸気が薄く残る空気のなか、彼の手が私の頬に触れる。
その一瞬、熱と冷たさと羞恥が交差し、背骨の奥が震えた。
彼の指先は、まるで“祈るように”私の首筋をなぞる。
まだキスではない──なのに、唇よりも深く、そこに舌が触れたかのように、私の喉が甘くうずいた。
「声、……出していいですか?」
低く問うその声が、まるで喉の奥で濡れていた。
私は返事の代わりに、そっと彼の手首に触れた。
──その瞬間、彼の指が、私の鎖骨のくぼみをなぞる。
まるで、そこが“性感帯”だと知っているかのように。
静かな時間だった。
浴室の床が少し冷たくて、でも彼の手は温かい。
肌と肌が初めて重なっていくはずなのに、ずっとそこにあったみたいに、私の身体は彼の手に馴染んでいった。
彼の唇が、私の耳の後ろを舐めるように触れた瞬間──
腰が、勝手に逃げるように揺れた。
なのに、すぐに追いかけてきた指が、ガウンの隙間をゆっくりと押し広げる。
「……ここ、感じるんですね」
首筋。脇の下。胸の付け根。
普段、夫に触れられても何も感じなかった場所が、
“見つけられてしまった”という羞恥と快楽で、熱を帯びていく。
私の唇が震えるのを、彼はそっと吸いとるように口づけた。
深く、けれど柔らかく──喉の奥をかき回すように、彼の舌が私を拡げていく。
「……キスで、濡れてきてます」
その言葉だけで、内ももが勝手に震えた。
そして彼は、私を浴室の洗い場にゆっくりと座らせた。
白いタイルの冷たさが、逆に体温を際立たせる。
ガウンが脱がされる音はなく、ただ、濡れて滑っていった。
そのまま彼は、私の膝を広げ、静かに問いかけるように目を見た。
声に出さずに「ここ、もう……いいですか?」と。
私は、指先で自分の唇をなぞり、それを頷きに変えた。
──その瞬間、彼の舌が、私の奥に降りてきた。
最初の一撫では、緊張で息が止まった。
けれど二度目には、私の身体がわずかに跳ねていた。
「ふるえてる……」
彼の囁きに、もっと震えてしまう。
“自分の身体が勝手に感じてしまう”ことが、こんなにも恥ずかしく、そして快楽だなんて──
私は、彼の舌が描く円の中で、女であることを思い出していた。
舌が這い、指が重なり、奥が蕩けていく。
その動きに合わせて、浴室のタイルに背中を預けると、腰が自然に浮いてしまう。
何度も、何度も、彼の舌が──私を赦してくれた。
私の声が漏れたとき、彼は顔をあげずに言った。
「もっと奥、……ください」
それは、お願いではなかった。
ずっと欲していた人が、やっと口にした“欲望の所在”。
彼の指がゆっくりと入ってくるたびに、私の奥が、答えるように啜り泣く。
欲しがっていたのは、行為ではなく“この熱”だった。
濡れていたのは、身体だけじゃない。
──私の心が、彼の罪に、濡れていた。
【第3部】快楽の臨界、赦された絶頂──壊れるたびに女になる夜
私の身体の奥が、はっきりと彼の指を“迎え入れている”のがわかった。
はじめは羞恥だったのに、いつしかその濡れは、歓びのように溢れていた。
タイルに敷かれたバスタオルの上、
私は脚を広げたまま、彼の膝の上に抱き上げられていた。
「奥、……ください」
その言葉は私が彼に言ったものだった。
もう抗うものなど、何もなかった。
浴室の蒸気が消えかけた頃、
彼のものが、私の濡れに触れ、静かに入ってきた。
浅く──でも、深く。
差し込まれた瞬間、
私は声にならない声で、
彼の背中に爪を立てた。
「……ん、奥まで……」
呟いた自分の声が、自分のものではない気がした。
彼は、腰をゆっくりと回すように動かす。
ただ打ちつけるのではなく、
私の奥の“どこが反応するか”を、確かめながら撫でるように。
その律動に、快楽は波のように重なってきた。
「……ずっと我慢してたんです、こんなふうに、欲しがってた」
彼の囁きは熱く、
その言葉を、私は奥で受けとめた。
“私も”と、言葉にはできなかったけれど、
身体が彼に向かって、何度も揺れていた。
腰の奥に、甘く震える感覚がひろがっていく。
まるで、快楽の火が骨盤を溶かしていくように。
彼の中に飲み込まれていくたび、私は女になっていく。
──壊れるたびに、綺麗になっていくような快楽だった。
タイルに響く肌の音、
浴室に反響する吐息、
そして、私の喉の奥で潰れていく声。
その全部が、官能の交響だった。
奥が、甘く痛む。
痛みが快感に変わるたび、私は彼に身体を預けていた。
「……イキそう……?」
彼の問いかけに、私は首を振った。
「まだ……このまま、壊れていたい」
──そう言ったあと、私は初めて、自分が泣いていることに気づいた。
涙ではなかった。
奥が、心が、ずっと張りつめていたものが、
彼に溶かされていた。
彼の体温が、熱が、
私の中を“赦し”で満たしてくれていた。
そして、彼が私の奥で小さく震えた瞬間──
私は、全部を、彼に捧げた。
果てたあと、彼が私の髪を撫でながら、耳元で囁いた。
「綺麗でした。全部、見せてくれて……ありがとうございます」
私は目を閉じ、頷くしかなかった。
私の中の湿度は、まだ残っていた。
終わったあとも、身体の奥が、彼を記憶していた。
喉が乾いているのに、声が出ない。
ぬるく湿った身体を、バスタオルで彼が丁寧に包んでくれた。
ドアを開けた先の夜は静かで、
私の足音だけが、帰れなくなったことを告げていた。
──私はもう、“母”では戻れない。
この夜を、濡れたまま、身体に残して生きていく。


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