雨上がりの午後、まだ濡れた歩道の匂いが鼻先にかすかに残っていた。
ベランダの手すりにかけていた洗濯物を取り込もうとして、ふと空を見上げる。
雲の切れ間から陽が差してきて、まるで心の影を追い払ってくれるような気がした。
この町に引っ越してきてから、もうすぐ一年が経つ。
夫の転勤に伴い、慣れ親しんだ土地を離れて、知らない町で始まった新しい暮らし。
静かで、穏やかで、そして、どこか満たされない。
結婚生活は波風もなく、夫とは仲が悪いわけでもない。
ただ、私は女であることを忘れかけていた。
最後に肌を重ねたのはいつだったか──
思い出そうとしても、すぐには浮かばない。
私は今年で四十三歳。
ふと鏡に映る自分を見て、「まだ綺麗」と思いたくなる日と、「もう終わってる」と目を逸らしたくなる日が交互に訪れる。
そんなある日、玄関のインターホンが鳴った。
「こんにちは、〇〇工務店です。ガレージの件で……」
インターフォン越しの声に応えながらドアを開けた私は、その相手を見て、思わず息を呑んだ。
「……えっ」
キャップの下から覗いた目元に、かすかな記憶が蘇る。
背が高く、引き締まった体。けれどその瞳は、どこか懐かしいままだった。
「……先生? 加奈子先生、ですよね」
直哉──
高校生の頃、私が家庭教師として数ヶ月通っていたあの少年だった。
「驚きました。まさか、こんな形で再会するなんて」
作業が終わった後、彼は照れたように笑って言った。
私も、心のざわめきを隠すように微笑んだ。
「まったく気づかなかったわ。こんなに……大人になって」
「もう三十ですから、先生から見たら、十分おじさんですよ」
「……そんなこと、ないわ」
私の言葉に、彼は目を伏せて笑った。
その仕草に、昔の面影が重なり、私の胸はかすかに軋んだ。
「よかったら、今度、お茶でもどうですか?」
何気ないその誘いに、私は頷いていた。
理由なんていらなかった。ただ、あの眼差しの続きを、見ていたかった。
二人きりの午後。
駅前のカフェで向かい合ったとき、時間はゆっくりと、しかし確実に私たちを近づけていった。
「先生って、あの頃からほんとに綺麗で……」
不意に、彼が言った。
私は笑ってごまかそうとしたが、その視線は真剣だった。
「家庭教師の時間、ノートなんて見てませんでした。先生の手元ばかり見てました」
「……からかわないで」
「本気です。ずっと、こうして会いたかった」
その言葉に、私は言葉を失った。
同時に、心の奥に閉じ込めていた“女”の部分が、音を立てて目を覚ました。
その夜、夫は出張で不在だった。
窓を打つ雨音を聞きながら、私はソファにひとり座っていた。
スマホに表示されたメッセージ。
「少しだけでいいから、会えませんか?」
ほんの少しのはずだった。
けれど、扉を開けた瞬間、私はもう“戻れない”と知っていた。
「先生……会いたかった」
玄関を閉める間もなく、彼は私を抱き寄せた。
濡れた髪の匂い、震えるような唇、そして、私を貪るような熱。
「……そんなに、見ないで……」
「見たいんです、全部。先生のこと、全部」
ソファに押し倒され、ブラウスのボタンがひとつずつ外されていく。
胸元が晒され、ブラジャー越しに乳房が優しく撫でられる。
その瞬間、私は小さく喘いだ。
「……あっ、そんな……」
「こんなに……柔らかくて……」
彼の手が、舌が、私の全身を愛撫する。
指が、唇が、私の奥をなぞるたびに、女の身体が目覚めていく。
スカートの中へ伸びる指。
すでに濡れていた私の下着に触れた瞬間、彼の動きが止まる。
「……すごい。もう……こんなに」
「言わないで……恥ずかしい……」
「恥ずかしくなんかない。綺麗です。すごく……綺麗」
そして、私は脚を開いていた。
彼の舌が、私の奥深くを這うたびに、身体が跳ねた。
「やだ……そこ……あっ……っ、だめ、そんなに……っ」
快楽の波が何度も押し寄せ、私は腰を揺らしながら彼の髪を掴んでいた。
「……もう、入れて。お願い……欲しいの」
私の声は、涙が混じったように震えていた。
彼はゆっくりと、自身の熱を私の中へ挿れてきた。
その太さ、硬さ、熱さ──すべてが、私の奥を満たしていく。
「……あぁっ……すごい……っ、入ってくる……」
「奥まで、全部……感じてください」
彼は私の脚を高く持ち上げ、何度も何度も突き上げる。
そのたびに、私は果てて、また彼にしがみついた。
「……もっと、もっと……お願い、壊して……っ」
彼は私の願いに応えるように、さらに激しく打ちつけた。
汗が滴り、喘ぎが交じり、心が溶けていく。
絶頂の波に飲まれた瞬間、私は自分の名を呼ぶ声とともに、彼のすべてを受け入れた。
「……先生……好きです」
耳元で囁かれたその一言に、私は涙を流しながら、彼の背中を強く抱きしめた。
この愛が、許されないものであることは知っている。
けれど、私は生きていると、心から感じた。
忘れかけていた快楽、忘れていた自分。
あの夜、私は確かに“女”に戻っていた。


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