ホテルウーマン 淫らな接客を要求された私 通野未帆
宿泊中との報告を受けた美紗は宿泊予定の三日間、トラブル回避の為に自ら接客を担当する事
に。一方、ルームサービスに来た美紗を気に入った杉浦は、同行している妻の目の盗みつつ、美
紗に迫るのだった…。
【第1部】磨かれた笑顔の裏で震えていた私──24歳新人の孤独と、信じたくなる背中
私は望月千尋。24歳。
京都から東京へ。
「一流を学びたい」という安い気概だけ胸に、
この外資系ホテルに転職した。
表向きは上品で優雅な世界。
でも裏側は――
視線の棘が、肌に刺さる場所だった。
特に、田村という50代の係長。
掃除指導を口実に、私の腰ばかり見る。
作業着越しでも浮く身体のラインが、
嫌でも自分の女という輪郭を思い出させる。
怖かった。
逃げたかった。
でも弱いと思われたくなかった。
だから夜――
私は、フロントの照明が落ち始めた頃、
篠田主任に声を掛けた。
落ち着いた声。
雑に流さない眼差し。
ちゃんと“見てくれる”一言。
「お前の感覚は正しいよ。
あいつはそういう男だ」
たったそれだけで、
胸の奥がほどけるように温かくなった。
「明日からは下着も工夫しろ。
見てもつまらないように」
その言葉に、
思わず笑ってしまった自分に驚いた。
怖さの中に、
一筋の光が差した気がした。
その光を、私は主任と呼んだ。
【第2部】「頼りたい」と「触れられたい」の境界線──非常階段の夜風が私の理性を奪った
年末の喧騒。
深夜の業務が終わる頃、
私は非常階段で夜風を浴びていた。
寒さは痛いほどなのに、
あそこでだけは呼吸ができた。
ドアが開き、主任の足音。
目が合っただけで、胸が跳ねた。
「主任って、なんで辞めないんですか?」
真面目に返してくれるのが嬉しくて、
少し意地悪なことを言ってみた。
「…かっこよかったですよ」
小さく、でも確かに言えた。
その瞬間、
主任のまとう空気が、静かに変わった。
距離が近い。
息が触れる。
声が低い。
寒さで震えていたはずの肩が、
違う理由で震えていく。
袖口にそっと触れた指先。
偶然を装いながら、
数秒だけ、離れなかった。
主任は振り払わない。
それが、答えだった。
「頼ってもいいですか」
あれは、告白だった。
言ってから気づいた。
「もっと、です」
あれは、誘惑だった。
言ってから、戻れなかった。
境界線が、確かに揺れていた。
【第3部】静まり返った客室で触れた決意──ドアが閉まるまでの永遠の数秒
三月。
深夜、空いた客室の備品チェック。
二人きりの時間が、自然に訪れた。
私はベッドに腰掛け、
主任を見上げた。
疲れた顔なのに、
誰よりも信じてしまう顔。
思わず、
ネクタイに指をかけた。
ゆっくりと結び目を緩め、
第一ボタンに触れる。
喉元の熱が、指先へ伝わる。
「ずるいのは…主任の方です
私に、こんな気持ちを教えたくせに」
主任の腕が、
迷ったように、でも確かに
私の肩を引き寄せた。
髪が触れる。
胸が触れる。
呼吸が触れる。
耳元で名前を呼ばれる。
「千尋」
その一語で、
身体の奥まで痺れた。
「主任」
声が震えるのは寒さじゃない。
抑えていた全部が震えていた。
唇が触れた瞬間、
世界の音が消えた。
ドアが静かに閉まる音だけが、
私の理性の終わりを告げた。
彼の体温を、
生きている証みたいに抱きしめた。
まとめ──あの夜、私は救われたのか、堕ちたのか
あれからも、
私はこのホテルで働いている。
セクハラはなくならない。
汚い裏側も消えない。
でも――
ひとつだけ変わった。
私はもう、
無力な新人じゃない。
あの夜、
触れてはいけない体温に触れ、
守られたいだけじゃなく
“この人を守りたい”と思った。
救われたのかもしれない。
堕ちたのかもしれない。
その答えを決めるのは、
きっとまだ先の夜だ。
ただひとつだけ確かに言える。
あの夜のキスの温度は、いまも私の胸の奥で、
ゆっくりと呼吸を続けている。




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