【第1部】沈黙の香り、紙ショーツの中のざわめき
彼の出張が偶然、私の街に重なった──それだけで、日常が少し軋む音を立てていた。
SNSで何度かやり取りしただけ。けれど、会ってみたいと思ったのは、メッセージの端々に、言葉を脱がせるような繊細さがあったからかもしれない。
待ち合わせた駅の改札で、彼は大きなキャリーバッグと、涼しい眼差しを持っていた。
「じゃあ、行こっか」
ホテルの部屋に入るとすぐ、彼はベッドの隅にいくつもの瓶を並べはじめた。ラベルに手書きの文字。イランイラン、フランキンセンス、ネロリ──その響きだけで、粘膜が少し濡れる気がした。
私は、彼の前で少しだけ恥じらいながら香りを選んだ。けれど、選ぶたびに、どこか胸の奥に指を差し込まれているような感覚になっていた。香りというのは、嗅覚よりももっと深い、記憶や欲望をほどくスイッチなのかもしれない。
「じゃあ、ブレンドしておくね。お風呂、どうぞ」
バスタブに身を沈めながら、私は自分の身体に意識を戻していた。脚の付け根、首の後ろ、肌が湿るたびに、女としての輪郭が浮かび上がる。
紙ショーツを履いて、バスタオルを巻いた私を、彼は照明を落とした部屋で静かに待っていた。アロマの香りが濃く漂い、吐く息すら熱を帯びる。
ベッドにうつ伏せになると、大きな手が私の背に触れた。
──あ、と思った。
まだ滑らせただけなのに、身体の芯がじわりと濡れていく。言葉ではうまく言えない、でも確実に“女の奥”が目を覚ましていた。
【第2部】指の奥、オイルの熱、沈んでいく理性
オイルが肌の上を滑る音は、まるで愛撫の予告のようだった。
肩甲骨、腰、太もも、足の指先。彼の指は、一度も急がず、でも確実に“私”を探していた。
「ここ、気持ちいい?」
声の温度に、喉が鳴る。頷くと、その場所に指が沈んだ。筋肉をほぐす圧と、皮膚の下にある神経を撫でるやさしさ。
私は、少しずつ溶けていった。
途中、眠ってしまいそうな瞬間がいくつもあった。けれど、そのたびにふいに臀部をなぞる指の温度に、意識が深く戻ってきた。
うつ伏せから仰向けへ。
彼は紙ショーツの上から、鼠蹊部のリンパを丁寧に指で流しはじめた。
「ここも凝ってるね」
言い訳のようにそう言われ、私は目を逸らしながら頷いた。
ショーツの上からオイルを染み込ませ、指が滑る。肌と布の境目が、次第に麻痺していく。
──それは“マッサージ”のはずだった。
でも、指の圧が変わった瞬間、腰が勝手に浮いた。恥ずかしいほど濡れていた。
「無理しないで。大丈夫だから」
囁く声に、私は理性の鍵を外した。
ショーツをずらし、彼の指が内腿をなぞる。まだ挿れていないのに、奥がきゅう、と鳴った。
そして──
指が、そっと、私の中に沈んだ。
とろ、とろ、と音のしそうなほど、私の奥は彼を迎え入れていた。
【第3部】絶頂と喪失、香りの中でほどけた夜
最初の一突きは、溜息のようだった。
身体が自ら開いていく。奥へ、奥へ。彼の指が、舌が、そして体温が、私を何度も連れていった。
「気持ちいい?」
「……うん、すごく……もう……」
私は何度も達していた。自分の身体がこんなに濡れるなんて、知らなかった。快楽の波に包まれるたび、過去の男たちの記憶がすべて洗い流されていくようだった。
舌が、胸の先に触れ、音もなく吸われたとき、脚が震えた。
彼は決して荒くない。むしろ、壊れ物のように私を扱った。
だけど、そのやさしさが、どこまでも淫靡だった。
脚を開かされ、もう何度目かもわからない絶頂を迎えたあと、私はふと、涙がにじんでいることに気づいた。
快楽ではない。何かが、ほどけたのだ。
香り、肌、奥の疼き。すべてが余韻となって、まだ身体の中に残っている。
「……ちゃんと、感じてもらえて嬉しい」
彼のその言葉に、私はただ頷くしかなかった。
それからしばらく、私は立ち上がれなかった。マッサージ台の上で、タオルに包まれて、余韻の中で震えていた。
──あの夜、私は女に戻ったのだと思う。
香りの記憶とともに、まだ身体のどこかが濡れ続けている。



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