許されない感情──禁じられた恋が燃え上がるとき

揺れる想いの狭間で

第一章：揺れる視線、疼く心

私は大学二年生。川口春奈に似ていると言われることが多い。切れ長の瞳と、白く透き通るような肌。どこか儚げで、それでいて芯のある顔立ちだと、人は言う。

夏の日差しを受けて透けるような白いキャミソールは、私の輪郭をなぞるように柔らかく揺れる。シルエットを際立たせる柔らかな布地が、風を孕むたびに肌に寄り添う。その視線を感じること——それは私にとって、舞台のスポットライトを浴びるような感覚。見られることは、私を研ぎ澄ませ、心の奥に眠る何かを目覚めさせる。

翔の家の玄関をくぐると、リビングにいたのは悠斗だった。

悠斗は高校二年生。翔の弟でありながら、その面差しにはどこか大人びた影が差している。バスケットボール部のエースで、雑誌に特集されたこともあるほどの実力者。スラリとした体躯に、夏の日差しを吸い込むような健康的な肌。普段は無邪気な笑顔を浮かべているが、ときおり見せる真剣な眼差しに、不意を突かれることがある。

「お兄ちゃん、コンビニ行ったよ。」

私は微笑みながら靴を脱ぐ。室内の冷気が、火照った肌を優しく撫でた。

「そっか。」

悠斗は私の姿を一瞬見て、そして視線を落とす。その微細な動きに、私は気づいた。

（見てる——）

彼の瞳がほんの一瞬、私の胸元にとどまった。けれど、すぐに何事もなかったように目を逸らす。その仕草が、私の心に小さな波紋を広げた。

私はソファに腰を下ろし、扇風機の風を浴びながら冷えた麦茶を口に含む。琥珀色の液体が喉を滑り落ちる間も、悠斗の視線を意識せずにはいられなかった。

——見られている。

「悠斗？」

彼は一瞬はっとしたように顔を上げた。

「ごめん…なんか、暑そうだなって。」

その言葉に、私は笑みを深めた。

「うん、暑いね。」

悠斗はバスケ部のエースで、雑誌に特集されたこともあるほどの実力者。普段はどこか飄々としている彼が、こうして戸惑う姿を見るのは新鮮だった。

私は自分のスタイルにはそれなりに自信がある。でも、まさか彼氏の弟に見られているとは思わなかった。

「ねぇ、悠斗。」

私は軽く微笑みながら、問いかけた。

「さっきから、私の胸のあたりばっかり見てない？」

悠斗の顔が一瞬にして真っ赤になり、慌てて麦茶を飲んだ。

「べ、別に！そんなこと…！」

彼の動揺する様子が可愛らしくて、私はクスッと笑ってしまう。

「冗談だよ。でも、そんなに気になる？」

悠斗はますます視線を逸らしながら、小さく息をついた。

「…だって、瑞希さん、なんか…綺麗だから。」

その言葉に、私の胸の奥がチクリと疼いた。無邪気なようでいて、どこか真剣なその表情に、私は思わず視線を外す。

——悠斗は、ただの「彼氏の弟」じゃない。

その事実を、私は静かに自覚し始めていた。

第二章：揺れ動く想い

ある日、翔が用事で席を外し、リビングには私と悠斗だけが残った。

「瑞希さんって、やっぱり大人っぽいよね。」 悠斗が何気なく呟く。沈黙が訪れるかと思いきや、悠斗は静かに「俺さ、お兄ちゃんの彼女って、なんか不思議な感じがする」と言った。

「え？」

「いや、なんとなくね。お兄ちゃんには似合ってるけど、なんか…距離感があるっていうか。」

私は言葉を返せなかった。悠斗の言葉は、不思議と私の心の奥深くを突いた。

翔との関係に疑問を持っていたわけではない。でも、悠斗の言葉が、まるで私の心を見透かしているように思えた。

第三章：予期せぬ感情

ある雨の日、私は大学の帰りに傘を忘れ、途方に暮れていた。翔に連絡しようとしたその時、ふと後ろから声がした。

「迎えに来たよ。」

振り向くと、悠斗が傘を差し出していた。

「え、どうして？」

「お兄ちゃんが迎えに行けないから、代わりに俺が行くって。」

悠斗は軽く笑いながら、私の肩に傘を寄せた。その仕草が、妙に優しく感じた。心臓が、ほんの少しだけ跳ねた。

雨の音に包まれながら、私は悠斗と肩を並べて歩いた。そのわずかな距離が、思った以上に近く感じてしまった。

ふと、私は彼の視線を意識する。ちらりと見上げると、悠斗は何かを言いたげにこちらを見ていた。

「ねえ、悠斗。そんなに見つめられると照れちゃうな。」

わざと小さく微笑みながら言うと、彼は一瞬戸惑ったように視線を逸らした。

「べ、別に…。」

その反応が可愛らしくて、私はさらに言葉を重ねる。

「どうしたの？私、そんなに魅力的？」

わざと髪を指で梳きながら、彼の反応を楽しむように問いかける。

悠斗は軽く喉を鳴らし、ぎこちなく笑った。

「瑞希さんって、時々すごく意地悪だよね。」

「そう？」

「……余裕があるっていうか。」

「だって、私はお姉さんだから。」

私は悠斗の腕にそっと触れる。彼の体温が指先に伝わると、内心の高揚が増していくのが分かる。

「悠斗はまだまだ、子どもね。」

挑発するように囁くと、彼の喉が小さく動く。

「……そんなことない。」

悠斗の声はかすかに震えていた。

そのまま、私は彼をアパートへと誘った。「雨で濡れたし、少し休んでいきなよ。」

濡れたアスファルトの上を並んで歩く足音が、やけに静かに響いた。玄関の鍵を開ける音が、まるで境界線を超える合図のように思えた。

リビングの灯りが、ふたりの影を長く伸ばす。

「瑞希さん…」

悠斗が、私の名前を呼んだ。

私は彼を見上げる。戸惑いと熱が入り混じったその瞳が、雨に濡れたままの私を映している。

私は何も言わずに、そっと彼の頬に手を添えた。

悠斗の肌はまだ少し冷えていて、雨の匂いが微かに漂う。その体温の低さが、私の指先に触れた瞬間、妙に愛おしく思えた。

そして、ほんの一瞬だけ——私たちの距離が、触れそうで触れない曖昧な境界線を彷徨う。私は彼の目の奥にある何かを探るように、そっと息を呑んだ。

けれど、そのまま沈み込むことは許されなかった。私は静かに息を吐き、指先をそっと彼の額へと移した。

「ダメよ、悠斗。」

私の声は、思った以上に優しく響いた。

彼の瞳が揺れる。何かを言いかけたが、そのまま唇を閉ざした。

第四章：決断

翔との関係は変わらないまま、でも私の心の中には、小さな迷いが芽生え続けていた。

それは波のように、寄せては引き、けれど確実に私の足元をさらっていく。揺れる想いが、理性という防波堤を崩そうとしているのを、私は感じていた。悠斗と過ごす時間が増えるたびに、心のバランスが崩れていく。

私のアパートに着くと、悠斗は震える手で濡れたシャツをぎゅっと握りしめた。

「寒いでしょ。シャワー浴びていけば？」

私は軽く微笑みながら、タオルを手渡した。

悠斗は一瞬戸惑ったようだったが、頷くと静かにバスルームへ向かった。シャワーの音が静かな部屋に響く。その音を聞きながら、私は窓の外の雨を眺めた。

やがて、バスルームの扉が静かに開く。湯気の中から現れた悠斗の髪はまだしっとりと濡れ、肌は湯の温もりを帯びていた。

「…ありがとう。」

彼がそう呟く。私は何も言わずに、そっとタオルを差し出した。

ふとした瞬間、視線が絡まる。雨音だけが響く静寂の中で、言葉にならない何かが互いの間を行き交う。

「瑞希さん…」

彼の声はかすかに震えていた。

私はそっと手を伸ばし、悠斗の頬に触れた。指先が彼の火照った肌に触れると、心臓が小さく跳ねる。

「悠斗…」

彼が私の名を呼ぶ。その響きが、胸の奥深くに染み渡る。

ふたりの間の距離は、触れそうで触れない曖昧な境界を彷徨う。まるで、強く求め合えば崩れてしまう儚い硝子細工のように。

私は彼の肩にそっと手を添え、わずかに体を寄せた。静かな鼓動が、互いの胸の奥で共鳴する。

——高鳴る鼓動が、波紋のように広がる。

まるで風にあおられる炎のように、私たちは吸い寄せられる。彼の吐息が肌に触れるたび、背筋を駆け上がる熱が、身体の内側に広がっていく。

悠斗の指が、迷うように私の手をとる。

「瑞希さんって…すごくスタイルがいいですよね。」

不意に囁かれた言葉に、胸の奥がざわめく。彼の視線が、私の輪郭をなぞるように動くのを感じる。喉の奥がかすかに震え、指先に熱が灯る。その掌の温もりに、胸の奥がじわりと痺れる。

私は彼の肩にそっと手を滑らせながら、視線を重ねる。

「そんなこと、急に言うの？」

心の奥が、じわりと熱を帯びる。彼に褒められて嬉しくないわけじゃない。むしろ、その視線が、声が、私の中の何かを刺激する。

小さく笑いながら問いかけると、悠斗は少し戸惑ったように目を伏せ、それでも素直に答えた。

「だって、そう思ったから…ずっと。」その瞳の奥に揺れる迷いと欲望——それが、私の内側にも静かに灯り始める。

まるで波に揺られる舟のように、私たちは言葉を失い、ただ静かに呼吸を重ねる。

——張り詰めた空気が、弦を強く弾いたときのように、震えながらも静かに音を生む。

——この静寂の中、時間はゆっくりと融けていく。

彼の視線が、私の輪郭をなぞるように彷徨う。その眼差しに、私は捕らえられたまま動けなくなった。

——夜の風が静かに潮を満たすように、私たちの距離がゆっくりと縮まっていく。

——月が満ちる夜の潮のように、引き寄せられ、抗いきれずに溶け合う瞬間。

——波が高まり、満ちては引くように。

私の指先がかすかに震え、悠斗の吐息が交じる。まるで嵐の前の静けさのような、張り詰めた空気。押し寄せる波が、静かに重なり、やがてひとつのうねりとなる。

——抗えない波の中、私たちはただ漂う。

身を委ねれば、どこまでも深く沈み込んでしまいそうだった。それでも、私は目を逸らさなかった。

私はそっと目を閉じた。まるで、月の引力に導かれる潮の満ち引きのように、心が引き寄せられる。

——抗えない、けれど抗おうとする、その狭間。

心は激しく波打ち、私を突き動かそうとしていた。

触れたら壊れそうな硝子のように、でも触れなければ崩れてしまいそうな儚さ。

私は彼の肩に指を滑らせ、重ねるようにそっと手を置いた。悠斗の胸の鼓動が、私の指先にまで伝わってくる。その震えが、彼の迷いと同時に、私自身の揺れ動く感情をも映し出しているようだった。

悠斗の手が、そっと私の肩に添えられる。

その指先は迷いと衝動の狭間で揺れているようだった。触れるか触れないかの距離が、かえって私の鼓動を速める。

その指先は迷うように、けれど確かに私を引き寄せようとしていた。触れるだけで、波紋のように広がる熱が私の肌を包み込む。高鳴る鼓動が、静寂を打ち破るように響く。

けれど、そのまま沈み込むことは許されなかった。

私は静かに息を吐き、指先をそっと彼の額へと移した。

「ダメよ、悠斗。」

でも、本当にそう？

「こんなこと、しちゃいけないのに…」

それでも、私の指は彼の肌を辿るように触れていた。意識とは裏腹に、熱を帯びたその感覚に引き寄せられてしまう。

けれど、私の指先は彼の肌の上に留まり、意志とは裏腹にその温もりを確かめようとしていた。

私の指先は、まだ彼の肩に触れたまま。手を離せばいいのに、その温もりが愛しくて、指先がかすかに震える。

「悠斗、私たち…こんなふうになっちゃいけないって、わかってるのに。」

言葉とは裏腹に、私の声は甘く、かすれていた。

でも、本当にそうだろうか。私の中のどこかが、彼の手を振りほどくのを惜しんでいる。

私の声は、思った以上に優しく響いた。

悠斗の瞳が揺れる。何かを言いかけたが、そのまま唇を閉ざした。

「瑞希さん…俺…」

彼の言葉が震える。私の心臓が、それに共鳴するように高鳴る。

「言わないで。」

私はそっと彼の唇に指を当てた。もし、この言葉を聞いてしまえば、私はもう戻れなくなる気がした。

夜の闇が、静かにふたりを包み込んでいく。

——すべての音が消え、世界に残されたのは、重なり合う吐息と、静かに響く鼓動だけだった。

——そして、私は知った。

抑えようとしていた感情ほど、解き放たれたときに美しく燃え上がるものだということを。

月光が、そっと揺れる波紋のように床に落ちる。静寂の中、重なった鼓動だけが、その余韻を静かに刻んでいた。