第一章:湯けむりに浮かぶ、知っているはずの知らない男
三月の終わり、残雪がまだ軒先に残る信州の小さな温泉宿。
私は、地元のママ友ふたりと女三人、ひとときの“現実逃避”を目的に一泊二日の温泉旅行へと出かけていた。
「ひと晩くらい、女に戻ろうよ」
そう言って笑ったのは、明美ちゃん。高校時代からの付き合いで、今も同じ町内に住んでいる気の置けない友だち。
私──裕美、47歳。息子も大学生になり、夫との会話も日々の連絡事項ばかり。
誰かに「女」として見られることも減ってきたことを、どこかで少しだけ寂しく感じていた。
宿の名物は、夜だけ混浴になる露天風呂。
女三人で浴衣をはためかせながら廊下を歩き、「誰かと混浴なんて、もう一生ないかもね」なんて笑い合っていた。
だけど私は、夕食後のひととき、一人でこっそりと湯殿へ向かうことにした。
みんながまだ部屋で飲んでいるうちに、静かな湯の時間をひとり占めしたくなったのだ。
浴衣の下は、旅館から貸し出されたバスタオル一枚。
脱衣所で髪をまとめ、ゆっくりと湯舟に足を浸すと、ひやりとした外気と熱い湯との対比が、肌をじんわりと開いていく。
湯けむりが、白く立ちのぼる。
木の香り、わずかに鉄を含んだような鉱泉の匂い、そして…月。
露天風呂に身を沈め、湯の中で膝を抱えながら目を閉じた。
湯音だけが静かに響くこの場所で、私は少しだけ、女に戻っていた。
そのときだった。
「……裕美さん?」
はっと目を開けると、湯けむりの向こうに誰かの影が立っていた。
月明かりに照らされた顔、濡れた髪から滴る湯の雫。
その青年の声に、記憶の奥にしまい込んでいた名前が浮かび上がった。
「タカシくん……?」
細川タカシ。
息子・隼人の中学時代の親友。いつもゲーム機を抱えて、我が家に入り浸っていたあの少年。
あれから数年ぶりの再会に、私は一瞬、心臓を打たれたような衝撃を受けた。
「わかりますか? なんだか…すごい偶然ですよね」
彼は恥ずかしそうに笑いながら、こちらへと歩を進めた。
月と湯けむりとで、彼の身体はぼやけていたけれど、それでも分かった。
あの頃のあどけなさはもうどこにもなく、代わりに——
広い肩、引き締まった腰、濡れた肌が放つ男の熱。
すべてが、私の知っている“少年”ではなく、“男”そのものだった。
「俺、今こっちの大学通ってて。この旅館、バイト先なんです。たまたま今日、空いてて。ひとりで入ってたら……」
彼の視線が、私の肩口に落ちるのを感じた。
私は湯の中に深く沈んだまま、思わず胸元に手を当てたけれど——それ以上、隠そうとはしなかった。
「裕美さん、あの頃と…全然変わってないですね」
その一言に、鼓膜がきゅうっと締め付けられるような感覚が走る。
変わってない?
冗談でしょう? シミも、たるみも、若いころとは比べものにならない。
でも、そんな言葉を真正面から言ってのけるタカシの瞳に、私は久しく忘れていた“熱”を見た気がした。
「そんなこと…言っちゃって、口説いてるつもり?」
「もし、そうだったらどうしますか?」
白い湯けむりの中で、彼の声が低く響いた瞬間。
私の中で、なにかが静かに、でも確実にほどけていった。
第二章:視線の温度に、ほどけていく身体
「裕美さん、ひとりですか?」
タカシくんの声が、湯気の奥から柔らかく届いた。
返事をしようとした私の喉は、わずかに乾いていた。湯のせいではない——あの頃、息子の隣で無邪気に笑っていた少年の視線が、いま、私の首筋のあたりを這うように流れている。
「うん……。ちょっと一人で、ゆっくり入りたくて」
「俺もです。ここの露天、夜は誰もいないって聞いてて」
言葉とともに、彼は私の隣に腰を下ろした。
湯がわずかに揺れ、波紋が私の太ももに触れたとき、熱とは違う“感覚”が肌を撫でた。
タカシくんの体からは、湯の香りと若い男の匂いが混じりあって漂ってくる。
年齢の差を考えれば、母親のような存在に過ぎないはずの私に——彼はまっすぐな視線を向けていた。
「ほんとに……変わってないですね、裕美さん。あの頃より、なんていうか……綺麗になった気がします」
「また、そんなこと言って……」
苦笑いを浮かべながら、私は肩まで湯に沈めた。
けれど内心では、その言葉に身体の奥が静かに震えていた。
冗談だと、適当に流せばよかった。
でも、タカシくんの声は冗談の軽さではなかった。
その眼差しは、間違いなく“女としての私”を見つめていた。
「ねえ……覚えてる? タカシくんが隼人と毎日うちに来てた頃、私はよく“母親モード”で怒ってた気がする」
「うん、でも……俺、当時からちょっとだけ、裕美さんのこと、特別に見てましたよ」
彼の右手が、湯の中で私の手の甲にそっと触れた。
濡れた肌同士が出会った瞬間、びくりと肩が震えた。
「……ダメよ」
そう言いながら、私は手を引かなかった。
彼の指が、少しずつ、私の手の甲をなぞりながら、腕へと這い上がる。
濡れた指先が、鎖骨の下に触れたとき、身体が小さく吸い込まれるように揺れた。
そこは、日常のなかで誰にも触れられることのない場所。
なのに今——若い男の指が、ためらいなく、そこを這っている。
「ここ……冷えてますね」
タカシくんが囁く。
まるで医者のように冷静な声。でもその体温は、すでに理性の境界を越えていた。
私は、湯の中で胸元を隠すように腕を組んでいた。
けれど、その腕をそっと外すように、彼の手が私の肘へと触れた。
バスタオルの下の肌。
布と肌の間を、わずかに湯が滑り込む。
その感覚の先を、彼の指が静かに辿ってくる。
「……本当に綺麗です。触れてもいいですか?」
聞かれた瞬間、身体のどこかがピクリと反応した。
こんな風に“許可”を求められたのは、いつ以来だろう。
私は目を閉じたまま、ゆっくりと頷いた。
バスタオルが、片側から静かにほどかれていく。
湯の中で、左の肩が露わになる。
そして、次第に胸元も、肌の感触も、湯の温度に溶けていく。
「……裕美さん」
タカシくんの唇が、私の肩にふれた。
それは濡れた羽のように、軽く、柔らかく、それでいて熱を秘めていた。
「タカシくん……ダメよ……こんな……」
「じゃあ、やめますか?」
その問いかけに、私は何も答えられなかった。
なぜなら、彼のくちびるが、もう私の胸の上に触れていたから。
指が、唇が、肌の上をなぞっていく。
湯気のなかで、身体はすでに自分のものでなくなっていく。
胸の先端に唇がふれたとき、私は小さく喘いだ。
ふと、両腕で口元を隠す。
でも、彼は私の手をやさしく下ろしながら、言った。
「そんな顔、隼人には絶対に見せないですよ。……でも、俺には見せてください」
理性の糸が、静かに、音もなく切れていく。
私は唇を噛みながら、彼の首にそっと手をまわしていた。
第三章:女として、奥まで熱く染まる夜
タカシくんのくちびるが、私の胸のふくらみにそっと触れた瞬間——
自分の中で何かが音を立てて崩れた。
それは理性でも羞恥でもなく、“自分はもう誰にも触れられない存在だ”という思い込みだった。
私は、彼の頭を抱き寄せた。
ためらいも、もうどこにもなかった。
湯の中、私たちは寄り添うようにして座った。
肌と肌がふれるたび、濡れた感触が粘膜のようにまとわりつき、心臓の鼓動が、湯音に混じって耳を満たす。
「……触れても、奥まで?」
その言葉に、私は目を閉じて、小さく頷いた。
答えた瞬間、タカシくんの手がそっと、私の太ももをなぞる。
濡れた肌の間に、指が滑り込んでくる。
誰にも触れられていなかった場所。
誰にも許してこなかった場所。
そこへ、若い彼の指が、慎重に、けれど確かに、入り込んでいく。
「……あ……っ」
思わず、声が漏れる。
あまりにも久しぶりの感覚。
刺激というより、確かめられているような、奥を探られているような、そんな丁寧な侵入だった。
私は湯の縁に背中を預け、タカシくんの動きに身を委ねた。
指が、熱を帯びた内部をすくいながら、私の反応をひとつずつ探してくる。
そして、その探り当てた場所に——彼の唇が重なる。
胸に、鎖骨に、喉元に。
まるで“私”という存在そのものを慈しむように、彼は何度も何度も、そこにキスをした。
「……もう、入れて……」
そう囁いたとき、自分がそんなことを言ったことに驚いた。
でも、それは事実だった。
今、このまま、彼のすべてを私の奥で受け入れたかった。
彼は私の脚をそっと抱えて広げると、自身の熱をそっとあてがった。
それは、驚くほど熱く、そして硬かった。
「……いくよ」
私の目を見つめたまま、タカシくんはゆっくりと身体を沈めた。
その瞬間、身体の奥が押し広げられ、甘い痛みと快感が同時に押し寄せる。
「んっ……ふ、う……ぁ……っ」
声がこぼれる。
肌が密着し、彼のすべてが私の中に満ちていく。
奥まで、奥まで——若い熱が、じゅわりと染みこんでくる。
彼の動きは、最初は慎重だった。
私の反応を伺いながら、ゆっくりと深く突いてくる。
けれど、次第に彼の呼吸が荒くなり、私の腰が自ら動きを合わせ始めると、ふたりの身体は完全にひとつのリズムで結びついていった。
肌が打ち合い、水音が静かに鳴る。
唇と唇が重なり、舌が絡まり、吐息が湯気に混じって夜の空へと昇っていく。
快感は波のように押し寄せ、身体の奥で花開くように広がる。
私の胸の先端に彼の指が触れた瞬間、その波は一気に高まり、私の全身を震わせた。
「——っ、タカシ……っ……もう、だめ……っ」
絶頂の瞬間、私は彼の背中に爪を立てていた。
身体の芯から、きゅうっと何かが締まり、ほどけ、そしてすべてが空っぽになる。
それは、快感を超えた“解放”だった。
彼もまた、私の奥で小さく声を漏らしながら、深く沈み、熱いものをすべて流し込んでくる。
その熱が、私の中でひとつの命のように鼓動していた。
終章:女としての“私”が、まだここにいる
湯から上がるとき、タカシくんがそっと私の背中にタオルをかけてくれた。
「湯冷めしないように」
その一言が、なぜか胸に染みた。
誰かに大切にされること。
女として扱われること。
若さでも、技巧でもない、そこにあったのは“まなざし”だった。
翌朝、ママ友たちと朝食の席で私は、いつものように笑っていた。
でも、肌の奥ではまだ、昨夜のぬくもりが微かに残っていた。
私はもう若くはない。
でも、だからこそ、あの夜のすべてを、全身で味わえたのだと思う。
「タカシくん……ありがとう」
心の中でそう呟きながら、私は久しぶりに、自分自身の身体を好きになれた気がしていた。
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