命令されて感じたい――“私”が女として壊れた夜。SM体験のすべて

【第一章:静寂の中で、命令だけが響いた】

あの夜、私は“いつも通り”の自分に飽き飽きしていた。
仕事帰りの銀座。
派手すぎないスーツ、控えめなヒール、目立たないメイク。
誰にも見つからず、誰にも触れられず、ただ「良い女」として通り過ぎる日々。

そのギャラリーには、モノクロ写真が無言で吊るされていた。
縄に縛られた手首、唇を噛んで仰ぐ横顔。
そこに写っていたのは、痛みの中で美しく震える“誰かの女”だった。

私はその一枚の前で立ち止まり、無意識に喉が鳴るほどに見入っていた。

「触れてもらいたいと思ってるでしょう」

背中に落ちてきたその声は、まるで暗闇から伸びた手のようだった。
振り返ると、深い黒のシャツに、柔らかな革靴。
浅く笑むその目は、私を裸にするような冷たい熱を帯びていた。

「…どうしてわかるんですか?」

その問いに、男――橘さんはわずかに微笑み、こう言った。

「感じている女は、肌ではなく、空気ごと震えている。今のあなたが、そう」

ぞくりとした。
羞恥でも恐怖でもない、もっと深い――欲望の根っこが刺激される感覚。
会ったばかりのこの人に、私はすでに“視られて”いる。
それだけで、膝の奥が熱くなる。

橘さんは名刺すら出さず、ただ一枚の黒いカードを差し出した。

「自分が何を求めているのか、確かめに来なさい」

裏には、白いインクで書かれた日時と場所だけ。
その瞬間、私は自分の指が自然にそれを受け取っているのに気づいた。

“女として壊されたい”

そう思ったのは、きっとそのときだった。


【第二章:縛られた瞬間、私の名が消えた】

洋館のドアを開けたとき、心臓の音が耳の奥で暴れていた。
古びた床、重く沈んだ空気、そこにいるだけで思考が剥がれていくようだった。

「着ているものを、全部脱ぎなさい。下着も、名前も、羞恥も、ここでは不要です」

橘さんの声は低く、まるで静かな命令書。
私の中の理性が一度だけ抗ったが、身体はすでに言うことをきかなかった。

ボタンにかけた指が震え、ブラウスがひらりと床に落ちる。
ブラも、ショーツも、ヒールも――
一枚ずつ脱ぎ捨てるたびに、私は「女」になっていった。

「両手をこちらに。逃げようとしないで」

差し出された革縄の香りが、脳の奥を痺れさせた。
彼の手が、静かに私の手首を巻いていく。
皮膚に食い込む締め付け。痛みではない、でも明らかに“支配”の感触。

「……苦しいです」

「それは、まだ心が抗ってる証拠。すぐ、身体が追いつく」

橘さんの言葉に続いて、目隠しがかけられる。
その瞬間、世界が消えた。
見えないことで、触れられる感覚が増幅する――そんなこと、初めて知った。

「感じる準備ができたら、うなずきなさい」

私は、こくりと、頷いた。

一撃目は、背中だった。
熱を帯びた帯状のなにかが、肌をなぞり、打ちつけられる。
「痛い」よりも、「開かれる」感覚。
声が、漏れた。

「ちゃんと声を出す。ここでは、それが美しさの証明になる」

二撃、三撃。
尻に、太ももに、優しく打ちつけられるたび、私は音を、熱を、皮膚で受け止めた。
やがて打ち方が変わり、微細な刺激がひざ裏をくすぐるように這い、震えが走った。

「…お願い、奥が疼いて…もう…」

気づけば私は、脚を開き、懇願していた。
縄に縛られ、目隠しをされ、全裸のまま、欲望をねだっていた。

「まだ早い。焦らすのも、支配の一部だと学びなさい」

その言葉のあと、温かい指が濡れた場所へと滑り込んできた。
とろけるような濡れに、彼の指先が滑り、奥を優しく――けれど意図的に苛んでくる。
少しずつ指を広げられ、じっくりと奥をかき回される。

「よく開く。あなたの本当の顔が、ようやく見えてきた」

喘ぎ声の中、何かの道具がゆっくりとあてがわれた。
細い振動、節のある感触。
それが私の中で微かに震えるたび、膣壁が収縮し、喉の奥から甘い声が漏れる。

「いってごらん。“命令されて”絶頂する悦びを」

その一言で、私は身体ごと弾けた。
縄の中で、目隠しのまま、果てた。
理性が砕け、羞恥が蜜に変わった瞬間だった。


【第三章:支配の奥に、愛に似た何かがあった】

終わったあと、橘さんは目隠しを外した。

「まだ、女に戻りたくない?」

私はただ、首を横に振った。
縄に縛られたまま、彼の膝に額を預ける。
身体の奥が、ぽかりと空いていた。
でもそれは、虚しさではなかった。

満たされて、空になった。
だから、やっと呼吸ができた。

「誰かの手に自分を預ける快感を知ってしまうと、戻れないですよ」

「……戻りたくないんです」

彼の指が、額から頬、そして唇をそっと撫でた。
それが、なぜだろう――
今夜の中で、いちばん“優しい痛み”だった。

服を着ると、かつての私が再び形を成し始めた。
でも、奥底にはもう“彼に命令される私”が棲みついている。

社会の中で、優等生として、誰にも迷惑をかけずに生きてきた。
でも、そうやって守ってきた殻を、彼は一夜で砕いた。

痛みによって解放され、命令によって女になる。
その背徳の中に、私は初めて“赦された”気がしたのだ。

そして私はまた、カードの裏に記された次の日時を、静かに手帳に書き込む。

これは堕落ではない。
これは、私の“目覚め”なのだと信じながら。

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