雨は午後から降り続いていた。
窓をつたう雫が、まるで過去の記憶をなぞるように、静かに音を立てている。
部屋の中には、ほのかにヴァニラと柑橘が混ざったディフューザーの香り。
それは、誰の記憶にも結びつかないようでいて、どこか女の本能をくすぐる、甘やかな匂いだった。
四十になってから、身体の奥がときどき冷えるようになった。
それは外の気温や季節のせいではなく、もっと内側──
誰にも触れられていない部分が、じんわりと乾いていくような、そういう冷え。
夫は、昔よりずっと穏やかになった。
口数も減り、私の変化にもあまり気づかない。
悪い人じゃない。優しい。誠実で、ちゃんと働いてくれる。
でも私はときどき、誰にも言えないほど、誰かに触れられたくてたまらなくなるのだ。
そんな夜だった。
夫が「久しぶりに家で飲もう」と言い出し、部下をひとり連れてきた。
直人くん──二十代後半、色白で少し童顔、けれど男としての骨格がしっかりと浮き出るような、妙に“触れたくなる”体つきをしていた。
初めて挨拶を交わしたとき、彼の手が私の手のひらに触れたのを、私は忘れられずにいる。
その手は、温かくて、厚みがあって、そして何より──
とても、記憶に残る手だった。
「元マッサージ師なんだってよ」と夫が笑いながら言う。
「資格も持ってるらしい。腰とか肩とか、社内でもたまに揉んでるらしいぞ」
私が「すごいわね」と微笑むと、直人くんは照れたように笑った。
「今はほとんど触ってないですけど……一時期、本気でやってました」
その横顔を見たとき、ふと、私の中の“乾いた部分”が、音もなく揺れた気がした。
ワインを注ぎ足すとき、グラスの縁に触れた指が一瞬、彼の手の甲に触れた。
それはほんの一瞬、言葉にもならないほど短い接触だったのに、なぜだろう。
熱が走ったのだ。
夫は、2杯目のビールを飲み終えると、早々にソファに沈み込み、テレビの音が眠気を誘うBGMとなった。
部屋の空気が、夫の寝息を境にして、ふたつに割れたようだった。
「寝ちゃいましたね」と彼がつぶやいたとき、私は少しだけ息を飲んでいた。
この静けさを、身体のどこかが待っていたようにさえ思えるほどに。
ふいに私は言っていた。
「……最近、肩こりがひどくて」
それは、助けを乞うような声でもあり、扉を開ける鍵のような響きだった。
直人くんは、ほんの一拍だけ間を置いて、穏やかに微笑んだ。
「……揉みますか?」
私は、ゆっくりと頷いた。
ソファに座ったまま、私は背中を彼に向けた。
肩の上からそっとかけられたタオルの重みが、妙に心地よい。
彼の手が、服の上から私の肩に置かれた瞬間、電流のような熱が走る。
「……んっ」
「力加減、どうですか?」
「……すごく、ちょうどいい」
私の声が震えていたのは、単に凝りがほぐれているからではなかった。
彼の指は、まるで私の欲望の地図を正確に知っているように、ポイントを撫で、圧をかけ、留まっていく。
肩甲骨の縁から、鎖骨の下へ。
背中から腰へ、そしてその指が、服の裾をそっとめくったとき。
私は、自分の身体が、既に“受け入れる準備”を整えてしまっていたことに気づいた。
タンクトップの裾が少しだけめくられ、素肌に直接ふれる指先。
冷たくない。それどころか、熱い。
筋肉の奥にまで届くような圧が、私の“眠っていた部分”を次々に目覚めさせていく。
「……美咲さん、触ってるうちに……ダメになりそうです」
「……わたしも、よ……」
息が浅くなる。
背後からふれてくる彼の熱を、私は受け止めていた。
触れ合う肌と肌、その下で脈打つ熱。
それがゆっくりと、わたしという女を、もう一度目覚めさせていった──。
ソファのクッションに体を預けたまま、私は目を閉じた。
直人くんの指が、背中の真ん中から腰へとゆっくり降りてくる。
まるで肌を愛おしむような、丁寧で、情熱の奥を隠し持った動き。
ただのマッサージではない。
すでにそれは、「わたしを知ろうとする指」になっていた。
タンクトップの裾を、彼がゆっくりと捲り上げる。
ブラのホックにそっと触れ、目で問いかけるような沈黙が落ちた。
私は、何も言わずに頷く。
──ぱちり。
小さな音を立てて、ホックが外れる。
肩から滑り落ちる布の感触が、冷たい夜気のように肌を撫でる。
乳房が解き放たれた瞬間、恥ずかしさと期待とがいっぺんに込み上げてきた。
「……本当に、綺麗です」
その言葉の重みは、容姿のことだけではなかった。
“触れてはいけないもの”に触れようとしている男の手。
私がその手を許してしまっているという事実。
罪深い熱の中で、私の心と身体はどこまでも溶けていった。
唇が背中に触れる。
少しずつ、舌先で描かれるように肌を舐め上げてくる。
やがて左の肩甲骨の辺りで唇が止まり、そこに吸い跡がひとつ刻まれた。
「……だめ、そんなところ……痕、残る」
「大丈夫、ここなら誰にも見えません」
唇が再び肌に這い、今度は乳房へとたどり着いた。
舌が乳首をゆっくりと転がす。
右手が、もうひとつの乳房を包み込む。
「んっ……あっ……」
私の口から漏れる声は、もう押し殺すことなどできなかった。
乳首に当たる舌の湿度、手のひらの温かさ。
それらが、股間に秘めた湿り気と同じリズムで私の身体を震わせる。
やがて私は仰向けにされ、下着だけがまだ残る姿になっていた。
レース越しに滲んだ蜜の感触が、自分でもはっきりとわかるほどに、そこはすでに開き始めていた。
「下着、脱がせてもいいですか……?」
直人くんがそう囁いたとき、私は何も言わず、腰を少し持ち上げた。
それが、返事だった。
ゆっくりと引き抜かれるショーツ。
太腿、膝、足首へと滑っていく布の感触。
全身が空気に晒されると、思わず太腿を閉じたくなる衝動が湧き上がる。
けれど、それを遮るように、彼の唇が私の脚に落ちた。
「大丈夫、全部……知りたいんです」
やわらかく開かれていく脚。
舌が、花びらの縁をなぞる。
中心に集まった小さな粒が、息を吹きかけられただけで震える。
「やっ……そんな……ああっ」
舌が吸い上げる。
指が、蜜の湧き出る入り口にそっと触れる。
そのまま、一本、そして二本──ゆっくりと中に沈んでいった。
「すごい……奥が吸い付いてきます」
「し、知らないの、そんなの……自分でも」
彼の指は、まるでわたしの秘めた欲を探るように、螺旋を描いて奥を愛撫していく。
もう身体は、止まらなかった。
腰が自然に動き、指の動きに合わせて波を打つ。
まるで自分の意思とは別の場所が、もっと、と訴えかけているかのように。
「……入れたいです、美咲さん」
彼の声が、唇のすぐそばで震えていた。
私もまた、震えていた。
これは一線だ──越えたら、戻れない。
けれど、身体はその扉の向こうを、ずっと前から望んでいたのだ。
「……いいよ、来て」
たったそのひと言で、彼は私の中にゆっくりと、すべてを差し込んできた。
「……あっ、熱い……」
「すごい……美咲さん、締めつけが……」
ゆっくり、そして深く。
彼の身体が私の奥の奥まで届いたとき、心の底に沈んでいた何かが──溶けた。
律動する腰。
蜜をまき散らす奥が、肉を擦るたびに悦びの震えを返す。
乳房を揉まれ、乳首を吸われながら、私は幾度も絶頂の淵をさまよった。
「……また、来る……」
「一緒に、イこう……手、握って」
絡めた指が汗で滑る。
唇を押しつけ、彼が最後の深い一撃を突き上げた瞬間──
「あぁっ、イ、くっ……」
「っ……美咲さん……!」
私は彼の腕の中で果てた。
果てて、すべての緊張がほどけて、まるで眠りのような静寂に包まれた。
夫は、変わらずソファで眠っていた。
私たちのすぐそばで。
この夜のことを、私は誰にも話さない。
けれど、あの指先の記憶だけは、きっとこの身体が、ずっと忘れない。



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