「〇〇くんのお母さんって、おいくつなんですか?」
その問いかけは、なにげないもののはずだった。けれど、私の心の奥深くに、小さな波紋を広げていった。
夏の終わりの夕暮れ。
子供のサッカークラブの練習後、片付けを手伝っていた私に、彼――遥人くんはそう訊いてきた。
「42歳よ」と答えると、彼は少し驚いたように目を見開いた。
「え、ほんとですか?……全然。めちゃくちゃ綺麗だから、30代前半くらいかと」
その声はまだ青年のそれで、けれどどこか、男の眼差しだった。
大学生。21歳。息子より少し上の年齢。
髪は少し伸びていて、前髪を指でかき上げる仕草が、なぜだか胸に残った。
「褒めすぎよ。お世辞は、大学の女の子にしてあげなさい」
笑って返したつもりだった。けれど、自分でも気づいていた。
――心のどこかで、満たされたいと願っていた。
夫とは、もう何年も触れ合っていなかった。
体温を感じることも、女として見られることも、忘れかけていた。
それはきっと、夫のせいではない。
3人の子育てに追われ、生活に埋もれ、自分自身の「女」という部分を脱ぎ捨ててきたのだ。
それでも、身体の奥には火種が残っていた。
遥人の視線は、知らないうちにそれに火を灯していたのだと思う。
それは、秋のはじまりの夜。
練習後の飲み会の帰り道、駅までの短い道を、私と遥人は並んで歩いていた。
夏より少し冷えた空気のなかで、彼の横顔が妙に大人びて見えた。
「今日、楽しかったですね。……正直、俺、ずっとドキドキしてました」
「なにが?」
「だって、由紀さんと隣でお酒飲んで、目が合うたびにすごく綺麗で……」
一瞬、時が止まったように感じた。
由紀――それが私の名前だ。名前を呼ばれるだけで、どこか背中が熱くなった。
主人からは、ここ数年、名前で呼ばれたことなどない。
「……遥人くん、酔ってるわよ」
「酔ってるけど、本気です」
その瞬間だった。
彼が私の手を取って、ひき寄せるように抱きしめてきた。
首筋に、かすかに彼の吐息がかかる。
「ちょ、ちょっと……」
戸惑いが先に立った。でも、逃げるタイミングを失った私は、そのまま小さな裏路地へと誘導されてしまった。
周りには人気もなく、細いネオンがいくつかのラブホテルを照らしていた。
「ちょっと話したいだけです。ホテルのラウンジでコーヒーでも飲んで、すぐ帰りますから」
そんな言葉に、私は曖昧に頷いていた。
本心ではなかった。わかっていた。
――それでも、身体は動かなかった。
コーヒーなんて飲むつもりはなかった。
きっと、彼も私も。
ホテルの部屋に入ると、すぐに空気が変わった。
ドアが閉まる音が、現実との境を閉じたようだった。
「……ねえ、やっぱり帰った方がいいわよね」
そう言いかけた私の言葉は、遥人の唇で塞がれた。
柔らかく、でも確かな力を持って私の唇を押し広げ、舌がそっと入り込んでくる。
初めて知る、若い男のキス。
甘く、湿った感触。
思わず吐息が漏れそうになり、私は彼の胸を軽く押した。
「だめよ……私、既婚者だし」
「でも、もう……由紀さんの身体、熱くなってるよ?」
彼の手が、私のウエストから腰へ、そして太腿へとすべっていく。
服の上からでも、彼の指先が火をともすようだった。
そのままスカートの中へと手が忍び込んだとき、私はびくっと身体を揺らした。
「……いや、やめ……」
言葉とは裏腹に、心が震えていた。
自分の中の奥深くが、彼を欲していた。
久しく感じたことのない疼きが、下腹部を満たしていた。
彼は私の下着の上から、指でそっと撫でてきた。
すでに濡れていたことに、私は羞恥を感じた。
「……嘘、でしょ。濡れてる……」
「本当の気持ち、身体は嘘つけないんですよ」
遥人の声は優しく、けれど確信に満ちていた。
下着をずらされ、舌が触れた瞬間、私は言葉を失った。
そこは夫にすら、舐められたことなどなかった場所。
舌の熱、動き、唾液の湿り気。
それだけで、私は堰を切ったように息を漏らした。
胸が波打ち、乳首が下着越しに硬くなるのが自分でもわかった。
やがて彼の手が私の胸元に伸び、ボタンを一つずつ外していく。
下着をずらされ、乳房を口に含まれると、私はもう、言葉を失っていた。
「……遥人くん、お願い、もう……」
どちらの意味なのか、自分でもわからなかった。
拒絶なのか、欲望なのか。
ただ、彼の指が中に入り、奥を探るたびに、私は痙攣するような快感に襲われた。
そして――遥人が服を脱いだ。
若々しい肉体。濡れた黒髪。
彼のそれを見た瞬間、私は目を見開いた。
太く、硬く、若い男の証。
比べてはいけない。でも、自然に思ってしまった。
夫とはまったく違う――と。
「入れるね」
彼の声と同時に、私は脚を開いていた。
もう何も考えられなかった。
彼のものがゆっくりと入ってくるとき、私はただ、息を止めていた。
身体の奥が押し広げられる感覚。
痛みよりも、満たされる熱。
「……あっ、だめ、奥まで来てる……」
「気持ちいい?」
「……わからない。けど、すごく、苦しいのに、気持ちいい……」
繰り返される律動。
擦れあう音と息遣いが部屋に満ちて、私は何度も絶頂を迎えた。
遠ざかる意識のなかで、私は何度も彼の名前を呼んだと思う。
遥人――と。
あの夜から、私は変わった。
主婦としての「顔」を持ちながら、夜になるとふと彼との記憶がよみがえる。
洗濯物をたたみながら、晩御飯を作りながら、自分の中に疼く感覚に気づいてしまう。
そして今日、彼からまたメールが届いた。
「由紀さん、また会いたいです。今度は、ちゃんと、もっとゆっくり……」
心が揺れている。
罪悪感も、羞恥もある。
でも、それ以上に――
私は、女として、また目覚めてしまった。
この身体がもう一度、彼を求めてしまうのは、きっと――もう抗えない。
あの夜から、私は変わった。
自分の中に、こんなにも熱を帯びた「女」の部分が残っていたことに驚き、
そして、それを呼び覚ました相手が、まさか息子のサッカーコーチ――遥人くんだったなんて。
一度だけ。
そう言い聞かせたはずの一線は、私の心に甘く深い傷跡を残していった。
それから数日、メールのやり取りは一切しなかった。
なのに、不思議なほど私は静かだった。
夫の隣に座っても、笑顔で子供たちと会話しても、
ふとした瞬間に思い出すのは、ホテルの白いシーツの上で繰り返されたあの快感。
彼の舌が、声が、眼差しが、脳裏に焼き付いて離れなかった。
そして――再会は、意外な形でやってきた。
その週末、サッカークラブの一泊合宿が開かれた。
保護者の何人かも引率に参加し、私は「お世話係」として泊まり込みで同行することになった。
バスで向かう道中、遥人とは一言も交わさなかった。
けれど彼は時折、ミラー越しに私を見ていた。
そのたびに心臓が跳ねる。
忘れたはずの身体が、彼の視線だけで疼いてしまうことが、悔しくて、哀しかった。
夕食を終え、子供たちが寝静まった夜十時。
私は体育館の隅で備品の整理をしていた。
そのとき、背後から静かに、でも確かな足音が近づいてくるのがわかった。
「手伝いますよ、由紀さん」
振り返ると、遥人が立っていた。
その声に、私は呼吸を忘れるほど動揺した。
「……もう、関わらないって決めたの。だから……」
「忘れられましたか、あの夜」
彼はそう言って、静かに私の手からバスケットボールを受け取った。
その手が、わずかに私の指先に触れた瞬間。
熱が走った。
「ここじゃだめよ。子供たちも、他の保護者も――」
「大丈夫。鍵、かけました。ここ……、一時間は誰も来ない」
その囁きに、私は気づいた。
自分の中で、誰よりも熱く、彼を待っていたのは私自身だったのだと。
体育館の奥にある小さな器具室。
マットが積まれ、柔らかな埃の匂いがする狭い空間。
薄明かりの非常灯が、私たちの影を静かに壁に映していた。
ドアが閉まった瞬間、遥人の手が私の頬に触れた。
そして、何も言わずに唇を重ねた。
あの夜の感覚が、一瞬で蘇った。
「……ずっと、会いたかった」
そう呟いた彼の指が、私のシャツのボタンを一つずつ外していく。
部屋着として着ていたTシャツの下、ノーブラだったことに私は戸惑いながらも、自分の無意識を呪った。
けれど、その羞恥さえ、彼の舌が乳首に触れた瞬間に霧散していく。
「……やっぱり、綺麗だ」
「だめ……こんなとこ、で……」
「声、我慢できる?」
そう言った遥人は、私の腰をゆっくり押し倒し、マットの上に仰向けに寝かせた。
ズボンを下ろされる時の、冷たい空気と熱い吐息の交差。
濡れた下着が引き剥がされ、舌が触れるたび、理性が薄れていく。
「……そこ、だめ……声、出ちゃう……」
「声、我慢して。その代わり、ここは……好きなだけ感じていいから」
彼の舌は、私の中をゆっくりと撫でて、愛でるように、慈しむように。
その舌先は、私が夫とのあいだで一度も知らなかった場所を、的確に探り当てた。
身体が跳ね、声が漏れそうになるたびに、私は手で口を覆った。
そして、遥人が自らのズボンを脱ぎ、肉体の熱を密着させてくる。
「……入れるね」
「……だめ、ほんとに、声……」
それでも、彼の熱は私の奥へと入ってくる。
一度知ってしまったその感覚は、身体の奥底に深く残っていた。
すべてが広がり、溶け合って、私はもう何も見えなくなった。
ゆっくりと、優しく。
でも時折、押し潰されるほど深く、激しく。
体育館の器具室で、私は21歳の遥人に何度も貫かれ、
そして何度も、密やかに、絶頂を迎えた。
静寂の中、響くのは汗が滴る音と、押し殺した吐息だけ。
やがて、遥人が私の耳元で囁いた。
「……由紀さんのこと、好きになってしまいました」
私は、その言葉に――なぜか泣きそうになった。
合宿が終わった翌日。
私は、ふたたび家庭へと戻った。
夫の笑顔、子供たちの声。
何ひとつ変わらない日常のはずなのに、私の身体だけが、確かに変わってしまっていた。
罪と快楽。
赦しと悦び。
私の中にふたつの女が棲んでいるようで、夜、ひとりになるとそのどちらが本当なのか、わからなくなる。
そして今日、遥人から、また一通のメッセージが届いた。
「次は、ちゃんとデートがしたいです。…由紀さんを、女としてちゃんと抱きしめたい」
それを読んだ私は――
ふたたび、指先で自分を慰めながら、彼の名前を胸の奥で呼んでいた。



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