夫を嫌いになったわけじゃない。
むしろ、愛している。穏やかで誠実で、家庭を大切にしてくれる人。
それでも、私は夜になると指を這わせ、ひとりで震えている。
夫では届かないところがある。
それは、身体の奥深く、湿った欲望の底にぽっかりと空いた、“空白”。
三十八歳になった今、子育ても少し落ち着き、夫との生活は安定している。
月に三度ほどの営みは、優しさと安心に包まれた穏やかな時間。
けれどそのたびに私は、自分の奥が泣いているのを感じてしまう。
「こんなものじゃ、足りない――」
心のどこかで、そんな声が聞こえる。
それは私の中に棲む、“もう一人の女”の声だった。
出会いは、偶然だった。
職場に出入りする配送業者のひとり。
Tシャツの袖から覗く太い腕、皮膚の浅い汗の香り。
名前はシンジさん。年下で、無口で、けれど目だけが強い印象を残した。
「重いもの、運びますよ」
そう言って私の手から段ボールを奪ったとき、指が一瞬、私の手の甲に触れた。
その瞬間、身体の芯がきゅっと引き締まるのを感じた。
「ありがとう……」
声が少し震えていたのは、私のせいだろうか、それとも彼のせいだろうか。
それからというもの、彼が来るたび、私は無意識に髪を整えるようになった。
首筋の汗をハンカチで拭いながら、ほんの少しブラウスのボタンを緩めたりする。
夫の前では決してしないような、仕草。
見られている。
そう感じると、肌がひりついた。
彼の視線は、私の奥の奥を見抜いてくるようだった。
ある日、シンジさんは言った。
「今日、……このあと、時間あります?」
彼の言葉に、喉がごくりと鳴った。
昼休み、誰もいない休憩室。
湿気を含んだ午後の空気のなかで、ふたりだけの沈黙が流れる。
「……少しだけ、なら」
私は、逃げ場をつくるように答えた。
それが、すべての始まりだった。
「……結婚、してるんですか?」
車の中、窓の外を見ながら私は頷いた。
助手席に流れる空調が、うなじを撫でる。
「子どももいます。夫とも仲良いし……でも、たまに苦しくなる」
「……女として?」
私は返事をしなかった。
けれど、彼がその言葉を口にした瞬間、私の身体は確かに震えた。
ホテルの駐車場に車を止めると、しばし沈黙が流れた。
彼が鍵を手に取り、私に視線を向ける。
私は黙って頷いた。
部屋に入るなり、私は壁に押しつけられるようにして抱きしめられた。
「……触れても、いいですか?」
その問いかけは、まるで儀式のようだった。
私が頷くと、彼の指先がゆっくりと、私の鎖骨をなぞっていく。
電気が走るような感覚。
ブラウスの布越しに伝わる手の熱が、私の肌を灼いた。
「……んっ」
首筋に落とされたキス。
そこから始まった愛撫は、まるで私という楽器を奏でるかのように、繊細で大胆だった。
彼の手が、ウエストをすべる。
ブラウスのボタンがひとつずつ外され、レースの下着が露わになると、彼の呼吸が少し荒くなった。
「……すごく、綺麗です」
その言葉に、胸の奥がきゅんと締めつけられた。
私はもう、何年も“女として”褒められていなかったのだ。
ベッドに押し倒されると、彼の手が私の太ももをなぞり、ゆっくりと内側へ。
身体が、呼吸が、彼を求めて疼いていた。
けれど――
「……あの、シンジさんの、……大きい……」
視線を落とした瞬間、私は言葉を失った。
それは、夫のものとは比べ物にならないほど、圧倒的な存在だった。
「無理しないでください。でも……奥まで届きたい」
その言葉に、私の奥がきゅん、と蠢いた。
心が震え、背徳が疼き、女としての私は今、確実に目覚めようとしていた。
「奥まで……届きたい」
彼の言葉は、願いでも、命令でもなく――ただ、私の奥の奥へ向けられた祈りのようだった。
私は頷いた。
心では抗っていた。夫を思い、母としての自分を思い――それでも、身体が答えていた。
脚を開いた瞬間、身体がすでに熱を帯びて濡れていることに、自分で驚いた。
彼の指が、その入り口に触れたとき、息が漏れた。
「……やらしい、奥が……勝手に、吸い込もうとしてる……」
自分でも信じられないほど、濡れていた。
夫との行為では、決して感じなかったような滾り。
ゆっくり、ゆっくりと彼が私の中へ滑り込んできたとき――
私は、衝撃で身体が跳ねた。
「っ……う、うそ、……すごい……っ、奥、突かれてる……!」
太くて、長くて、熱い。
身体の中がぐっと広げられ、今まで誰にも触れられたことのない“奥”を彼が押し広げていく。
それは痛みではなく、圧倒的な充足感だった。
「苦しくないですか……?」
「ううん……すごいの……届いてる……奥に……、あぁっ……」
彼がゆっくりと腰を動かすたび、私の中はかき回され、快感が波のように押し寄せる。
「やばい……あたし、変になる……こんなの、はじめて……」
身体が反り、脚が震える。
乳首が彼の胸に擦れ、こすれ合う熱と熱が、身体の芯を焦がす。
夫とのセックスでは決して届かなかった場所。
その奥の奥が、今、満たされている。
「アイコさん、すごく締まってる……でも、吸い込まれそうで……やばい……」
「壊れて……っ、いい……壊して、わたしのなか、ぜんぶ……!」
私は声を上げながら、自ら腰を振っていた。
夫には見せたことのない顔。
どこまでも淫らに、貪るように彼を求める私。
汗が滴り、シーツが濡れ、部屋中に甘い熱が立ち込めていた。
何度も絶頂を迎えたあと、私の身体は火照ったまま、彼の胸の上に崩れ落ちた。
脈打つ音が、耳の奥に残る。
「……どうして、こんなふうに……」
私は彼の腕の中で、言葉にならない問いをつぶやいた。
「ずっと、誰かに、こんなふうにされるのを待ってたんじゃないですか……?」
その言葉に、涙が滲みそうになった。
そうかもしれない。
私はずっと、女として扱われたかった。
愛される妻、子を育てる母――
でも、それだけでは満たせない、もっと本能的な、もっと深い場所を抱えていたのだ。
夕暮れ前、彼の車で家の近くまで送ってもらった。
ふたりとも多くを語らなかった。
けれど、身体には、快楽の名残がはっきりと刻まれていた。
玄関を開け、部屋に入る。
夫のスリッパも、子どものランドセルもない、静かな空間。
鏡の前に立つと、首筋にはうっすらと紅い跡。
触れると、思い出したように奥が疼いた。
シャワーを浴びたが、あの熱は落ちなかった。
夜、夫から「そろそろ帰るよ」の連絡が届く。
私は台所に立ち、味噌汁のだしをとりはじめた。
夕食は、夫の好きなメニューにしようと決めた。
食卓に並ぶ料理を前に、私は笑顔で彼らを迎えた。
「おかえり」
「ただいま。お前、いい匂いするな」
夫がそう言って、私の肩に軽くキスをしたとき、私は思った。
――きっと、彼は何も知らない。
だけど私は、もう戻れない場所まで、女として踏み出してしまった。
あの太さ、あの熱、あの奥の衝撃。
女として、もっと感じたい。もっと堕ちたい。
背徳の渦に、私はまだ溺れていた。
*余韻*
夜、子どもを寝かせたあと、洗面台でメイクを落とす。
鏡の中の私は、どこか艶やかだった。
頬の赤み、うっすらと潤んだ瞳。
「女」として、まだ濡れている私。
私の中には、愛する夫に尽くす「妻」と、
そして、快楽を貪る「女」とが、確かに存在していた。
そのふたりの私が共存する限り、
私は、何度でもあの罪の扉をノックしてしまうのかもしれない――



コメント