旅に出ようと思ったのは、ある夜、夫の背中を見たときだった。
リビングでビールを片手にテレビを見ている夫の姿が、まるで壁の模様のように思えた。
そこに、もう温度はなかった。
触れられなくなった身体、見つめられることのない素肌。
私は45歳。
誰かの妻であり、母であり、世間的には“幸せな女性”だった。
けれど、私の内側はずっと乾いていた。
満たされることのない、静かな飢え。
それは誰にも言えない痛みで、
言葉にした途端、安っぽい欲望として見られるのが怖かった。
私は、ただ、自分が“女”だったことを、もう一度思い出したかった。
人里離れた小さな温泉町。
観光地というより、過疎に近いその場所を選んだのは、
誰にも見られずに“ほどける”時間が欲しかったからだ。
その日も午後から小雨が降っていた。
チェックイン前の時間、ふと見かけた神社に足を向けた。
人の気配もなく、苔むした石段と朱の鳥居だけが浮かび上がっている。
傘を差していたが、強くなった風で肩から背中にかけて濡れはじめ、
社の軒下へと駆け込んだ。
木の匂い、湿った空気。
遠くで鳥の鳴く声がして、どこか不思議な静けさがあった。
そこで、彼に出会った。
「……すみません、濡れてしまって」
そう言って、鳥居の方から走ってきた彼。
白いTシャツに、細身のデニム。
濡れた生地が身体に張りついて、体の線を隠しきれていなかった。
若く、均整の取れた肉体。
けれどそれ以上に、まっすぐな瞳が印象的だった。
「すごい雨ですね」
「ええ…急に強くなって」
私の声は少し震えていた。
寒さのせいか、それとも目の前の彼の熱のせいか、自分でも分からなかった。
彼は私を見ると、少し目を細めて言った。
「観光の方ですか?」
「はい。一人旅で」
「……僕も、です」
思わず顔を見合わせて笑った。
年齢差はあるはずなのに、どこか不思議な“共鳴”があった。
宿に着くと、なんと彼も同じ宿だった。
“山の家”という、畳の香りが心地よい小さな民宿。
チェックインのとき、廊下ですれ違いざまに交わした目。
あの瞬間から、私の身体はじんわりと熱を帯びていた。
夕食後、廊下でまた彼と出くわした。
「……夜、神社に行きませんか?」
「こんな時間に?」
「月が出てるんです。たぶん、綺麗だと思う」
どうして断らなかったのだろう。
“人妻”である私が、“男とふたりきりの夜の神社”に行くなんて。
それは明らかにタブーだったはずなのに、
私の足は自然と彼の隣を歩いていた。
神社の石段は、月明かりでぼんやりと照らされていた。
雨の名残で石が光り、木々の匂いが濃くなっていた。
「……昼とは、全然違いますね」
彼がそう呟いたとき、私はすでに
彼の体温を肌で感じていた。
沈黙が、怖くなかった。
彼が横にいるだけで、心がざわめく。
それは“女”としての記憶を、ゆっくりと呼び覚ましていくようだった。
「……震えてますか?」
そう言って、彼が私の濡れた髪にそっと触れた。
その瞬間、全身がぴくりと震えた。
誰かに、髪を触れられるのなんて、いつぶりだっただろう。
「冷えてます。……戻りましょうか」
部屋へ戻る道すがら、彼の手が
私の手に自然と重なった。
声も出せないほど、心臓が跳ねた。
けれど、私は手を振り払わなかった。
むしろ、指を絡めてしまったのは私の方だったかもしれない。
「……寄ってもいいですか」
彼が私の部屋の前で立ち止まって言った。
私は、襖を開け、無言で中へ招いた。
畳の部屋に、月の光だけが差し込んでいた。
彼は濡れたシャツを脱ぎ、タオルで髪を拭いたあと、
私の前に座った。
「綺麗な人ですね。……さっきから、ずっと見とれてました」
「そんな……私、もう45よ。あなたの母親でもおかしくないのに」
「そんなこと、関係ない。……今は、目の前のあなたに惹かれてる」
彼の言葉が、喉の奥に落ちていく。
理性はとっくに静まり、私の身体が先に答えを出していた。
浴衣の帯に、そっと彼の指がかかる。
目を逸らしたまま、私はその手を受け入れた。
彼の指が、私の浴衣の帯を解く。
ゆっくりと、慎重に。
まるで“禁忌の扉”を開くことに、意味を与えるように。
ほどかれた帯が畳に落ちる音に、私は身をすくめた。
彼の視線が、私の肌にじわりと降りてくる。
胸元がはだけ、白い肌が空気にさらされる。
私は、目を閉じた。
羞恥。緊張。けれどその奥にあるのは、
誰かに「見られたい」という、抑えきれない欲望。
私は女であることを、忘れていた。
でも今、目の前の彼の瞳が、
私の身体を“美しい”と語っている。
彼の手が、私の肩から滑り落ちる浴衣を受け止めた。
そして、静かにそのまま両腕を抜くように脱がされる。
白く、滑らかな胸元があらわになる。
45歳――そう何度も言い聞かせていた数字が、
彼の手のひらによって、意味を失っていく。
「…すごく、きれい」
その一言に、私は涙が出そうになった。
彼の唇が、私の鎖骨に落ちた。
そこから、ゆっくりと胸の谷間へと舌が這っていく。
乳房のふくらみに、そっと手が添えられた。
「……あ」
小さな声が漏れる。
乳首に触れた瞬間、それは電流のように全身を駆け巡った。
舌先で転がされ、吸われ、
柔らかく噛まれるたび、
私の下腹部はじんじんと熱を帯びていく。
「触ってもいい?」
囁かれるように聞かれ、私はうなずくしかなかった。
彼の手が、太ももに触れる。
浴衣の裾がゆっくりと捲られ、
その下にある下着の上から、指がなぞられた。
そこは、もう濡れていた。
自分でも引くほどに。
ただ視線を交わし、触れられただけで、
私の身体は、女としての本能を曝け出していた。
下着の布地越しに、割れ目をなぞられる。
その摩擦が、たまらなく心地いい。
「もう、こんなに……」
彼の囁きに、私は顔を背けた。
羞恥に震える心の奥で、
“見られたい”“抱かれたい”という熱が、燃え上がっていた。
「……脱がせてもいいですか」
私は無言でうなずいた。
彼の指が、下着をゆっくりと下ろす。
恥ずかしさに身をよじったけれど、
同時に、どこかで“晒されること”に歓びを感じていた。
濡れたそこに、彼の指がそっと触れた。
そして、ひとさし指がゆっくりと奥へ――
「……っぁ……あ……」
濡れて、熱くて、柔らかくて。
自分の中が、誰かに触れられる感覚に
私の理性は一気に崩れた。
指がゆっくりとかき混ぜるように動き、
膣の内壁をくすぐるように擦る。
私の太ももが震え、
腰が勝手に跳ねるように動いていた。
「こんなに…感じてくれるなんて……」
彼の声が、熱っぽく低くなる。
その音がまた、快感を増幅させた。
そして、彼が私に囁いた。
「……もう、我慢できない」
彼が自身を解放する様を、私は見た。
若く、力強く、美しい。
私は、自ら脚を開いた。
45歳の人妻が、20歳そこそこの男に
自分の最も淫らな場所を差し出している。
「……来て。全部、受け入れるから」
その言葉が口をついて出たとき、
自分がどれほど渇いていたかを思い知った。
彼が私の中に、ゆっくりと入ってくる。
先端が当たったとき、
全身が打ち震えた。
「……ああっ……!」
深く、厚く、熱く。
私の中が、満たされていく。
「すごい……締めつけが……」
彼が唸りながら、動きを始めた。
一度、二度、浅く。
そして、次第に深く、
激しく突き上げてくる。
私は泣きながら、彼の名を呼んだ。
腰を揺らし、脚を絡め、
自らを捧げるように貪り合った。
私の身体は、もう“清楚”ではなかった。
でも、ようやく“本物”になれた気がした。
熱くて、苦しくて、
けれど、それ以上に、幸せだった。
何度も絶頂を迎え、
彼が最奥で果てたとき、
私は全身を痙攣させながら、
深く、深く、ひとつになった。
余韻のなか、彼が私の髪を撫でながら言った。
「…本当に、綺麗でした。全部」
私は目を閉じ、涙が頬をつたうまま、頷いた。
朝、彼は部屋を出たあとだった。
けれど、鏡台に置かれた小さな紙切れに、こう書かれていた。
「また誰かの“妻”に戻っても、
あの夜のあなたは、確かに“女”でした。」
私は、浴衣を着直し、静かに部屋を出た。
あの神社に、もう一度お礼を言いたくて。
そして、新しい私を迎えるために。



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