午前中の家事をひと通り終え、軽い昼食を済ませた私は、窓辺のソファに腰を下ろした。夫は出張中、息子は部活動の大会で朝早くに出かけていった。静まり返った家に、風鈴の音がひとつ、涼しげに響いていた。
私は42歳。専業主婦として、家庭のことを誠実に守ってきたつもりだった。けれど、いつからか、日常はただの繰り返しになり、夫との会話も肌の温もりも、記憶の奥に埋もれつつあった。
そんなときだった。
新しいテレビボードが届いた。重たい段ボールをリビングに運び、取扱説明書とにらめっこしながら、ひとりで板を組み立てようとしていた。
「こんにちは、お手伝いしましょうか?」
声の主は、隣に住む大学生の悠真くん。息子の友人であり、以前からちょくちょく我が家に顔を出していた。物腰が柔らかく、いつも気配りのある子だった。
「まあ、ありがとう。助かるわ」
私は笑って彼をリビングに招き入れた。
二人並んで膝をつき、部品を並べながら棚を組み立てていく。ふとした仕草で彼と手が触れ合い、笑い合う。その距離感に、なんとも言えない緊張が走った。
気づいたのは、キャミソールの肩紐が少しずり落ちた瞬間だった。
私は、ノーブラだった。
朝の洗濯の後、そのままラフな格好で過ごしていた。涼しさを優先しただけの選択だったけれど、隣にいる彼の視線が、ふと胸元で止まった気がして、私は内心息をのんだ。
彼は気づいているのか、いないのか。 けれど、彼の手がネジを取ろうとして、私の指先にそっと触れたとき――
「……すみません」
その声が、いつもより少しだけ低く聞こえた。
私の頬は自然に熱を帯びていた。
棚を完成させた後、彼は冷たいお茶を飲みながら、ふと私の目を見て言った。
「奥さんって、すごく綺麗です」
静かすぎる部屋の中で、その言葉だけが妙に大きく響いた。 私は笑ってごまかそうとしたけれど、笑い声は少しだけ震えていた。
「そんなこと言って、若い子に言われると照れるわ」
「……でも、本気です」
彼のまなざしに、私は言葉を失った。 何かが揺らぎ、心の奥の水面が静かに波紋を広げていくようだった。
――こんな年下の子に。だけど。
久しく感じていなかった“女”としての私が、彼の視線に照らされ、ゆっくりと呼び起こされていくのを、私は止めることができなかった。
「ねえ、悠真くん」
私が名前を呼ぶと、彼のまなざしがすっと深まった。その奥にあった熱を、私は見逃さなかった。
私はゆっくりと立ち上がり、ソファの隣のカーテンを少し引いた。部屋の中の光がやわらかく陰っていく。
「今日、ここに来たの……偶然?」
彼は少しだけ笑って、視線を落とした。
「奥さんが一人かもしれないって、思ってました」
その言葉が、体の奥にまで響いた。
私は自分の胸元を片手でそっと押さえながら、彼の前に座り直した。距離はもう、数十センチしかなかった。
「ねえ……私、今、すごく変な気持ちなの」
「変な気持ち……?」
「ずっと、女として忘れられてたような気がしてて。でも、あなたが、そんなふうに見てくれたことが、すごく……嬉しかった」
彼の手が、そっと私の指に触れた。私はもう、何も拒む理由を持っていなかった。
やわらかい唇が近づき、ふいに私の頬をなぞった。
その瞬間、私は目を閉じた。
触れ合った肌から、胸の奥へと熱が移っていく。
ソファに腰を落とすと、彼が私のキャミソールの裾をやさしく持ち上げた。
「……こんなに綺麗なのに、なんで隠してたんですか」
息を呑んだ。肩に落ちた紐の先、柔らかい布地の下。彼の手がそっと触れるたび、私は震えるように体を傾けていく。
静かな部屋に、二人の呼吸だけが重なっていた。
キャミソールがゆっくりと肩から滑り落ちる。彼の手が背中に回り、優しく私を包み込む。何も急かさず、けれど確実に、彼の温もりが私の内側にまで染み込んでいく。
「奥さん……ほんとうに、触れても?」
「……お願い、触れて……悠真くん」
その言葉は、私自身でも驚くほど甘く濡れていた。
彼の唇が、首筋に、鎖骨に、そして胸元へとゆっくり降りていく。舌先が肌をなぞるたび、呼吸が乱れ、全身がふるえた。
長いあいだ、忘れていた感覚だった。誰かに“欲される”ということ。肌に熱を感じるということ。
彼の指が太腿に触れたとき、私は自ら脚をわずかに開いていた。
彼の視線が私の奥に吸い寄せられ、そっと触れる指先が布越しに慎ましやかに撫でてくる。そのやわらかな動きに、私は息をのんだ。
布の境目を越えて、彼の指が肌に直接触れたとき、私は小さく震えた。
「……大丈夫?」
その問いかけに、私はただ首を縦に振った。もう言葉はいらなかった。
指先が花のように咲いた私の中心に触れたとき、全身に熱が走った。ひとつ、またひとつ、深く探られるたびに、私の内側が彼を吸い寄せるように応えた。
私の身体がこんなにも生きているのだと、改めて知った。
彼はゆっくりと身を重ねてきた。私の目を見ながら、確かめるように、慎重に、静かにひとつになる。
入り口でとどまる瞬間、私はわずかに身をよじった。そのとき彼が私の手を握り返し、ふたりの呼吸がひとつに溶けていく。
押し込まれる感覚。包まれる温もり。忘れかけていた官能の震えが、波のように押し寄せてきた。
彼がゆっくりと動き始める。ソファの軋む音と、私たちの熱い吐息だけが静かな部屋に響いた。
何度も何度も確かめるように、奥まで深く入り、私の奥底に眠っていた何かを揺らしてくる。
「奥さん……きれいです」
その一言が、すべての羞恥を溶かしていった。私は腕を彼の背に回し、ただその温もりを抱きしめた。
幾度かのゆるやかなうねりのあと、彼の動きは少しずつ力強さを増していく。 私の中に刻まれるその律動に、身体の奥が熱く疼いた。
空気の震え、肌を伝う汗の粒、重ねられるたびに濃くなる熱―― やがて私は、何度目かの波に呑まれ、声にならない声を喉の奥に押し殺した。
脳裏が白く染まり、時間の感覚さえ曖昧になる。世界のすべてが彼とのつながりに収束していくようだった。
私は小さく震えながら、目を閉じていた。
しばらくの静寂のあと、彼が私の髪にそっと口づけを落とした。
「ありがとう……生まれて初めて、誰かをこんなふうに抱きたいって思ったんです」
私は微笑んで、彼の頬に手を添えた。自分が女として、こんなふうに求められる日がまた訪れるなんて、思ってもみなかった。
時計の針が午後三時を指していた。
私はその後、何も言わずに彼を見送った。カーテンの隙間から差し込む陽の光が、妙に優しく感じられた。
そして、私はソファに横たわりながら、もう一度、そっと目を閉じた。
心と身体に刻まれたあの午後の熱が、いつまでも私を満たし続けていた。
けれど、その満たされた感覚のすぐ奥には、ひとしずくの震えが残っていた。
それは快楽の名残ではなく、これが終わりではないという、静かな予感。
女としての私が、再び動き出してしまった――そんな目覚めのような午後だった。


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