第一章:闇に咲く、妹と私の沈黙
田舎町の夏の夜は、昼間の蝉の鳴き声すら残響のように耳に残るほど静かで、空はどこまでも深く、湿った空気だけが肌を撫でてくる。
「お姉ちゃん、夜中にアイス食べたいなんて珍しいね」
年の離れた妹──まだ二十歳になったばかりの茉莉(まり)は、笑いながら自転車のペダルをこいでいた。私は三十四歳。地元で暮らすようになってから、気づけば数年が過ぎていた。夫とは別居中、都会の疲れを癒すつもりで戻ったはずのこの町で、私は静かに心を眠らせるように生きていた。
小さな無人駅の裏にあるコンビニは、街灯もまばらな路地の先にある。買い物を済ませ、帰ろうとしたときだった。
「ねぇ、そこのお姉さんたち──今から遊ばない?」
声をかけてきたのは、若い男の子たち。四人組で、明らかに地元の若者。悪気はない、でも、その無遠慮な視線と間の詰め方が、私と茉莉を一気に緊張させた。
「ごめんなさい、帰ります」
そう言った私の肩に、一人が無造作に手をかけた瞬間──
「やめたほうがいいよ、それ」
低い声がした。振り返ると、コンビニの照明の奥から一人の青年が現れた。黒髪に黒いTシャツ、淡々とした表情で、私たちを助けるように間に入ってくれた。
「女子相手に、それはダサい」
淡々と、けれど有無を言わせぬ口調に、男たちは舌打ちをして去っていった。
緊張の糸が切れたように、私はその場にへたりこみ、茉莉は涙をこぼしていた。
「大丈夫、怖かったね」
そう言って、彼──湊(みなと)と名乗る青年は、私たちの手を取った。二十四歳、大学の休みで帰省中とのことだった。
「お姉さんたち、よかったら、少しだけうちで休んでいきませんか?」
その誘いに、なぜか私と茉莉はうなずいていた。
第二章:震えのあと、指先に落ちる熱
湊の家は、コンビニの裏手にある古いアパートの一室だった。畳の香りが少し湿っていて、夏の夜特有の温度と混ざり合い、どこか懐かしい匂いがした。
「傷、大丈夫ですか……?」
さっき、男たちに腕をつかまれていた湊の手首には赤く指の痕が残っていた。私が濡らしたタオルで拭くと、彼は照れたように笑った。
「これくらい、大丈夫っすよ。でも……お姉さんのほうが、手、震えてます」
「……あ、ごめんなさい」
自然と距離が縮まっていた。私の隣に茉莉が座ると、彼女はぽつりと呟いた。
「さっき……ほんと、怖かった。でも、あなたが来てくれて、助かった」
その言葉に、湊は少しだけ俯きながら、「俺なんて、たいしたことしてないです」と呟いた。
その沈黙を破ったのは茉莉だった。
「じゃあ……せめて、手当て、させてください」
彼のTシャツをめくると、鎖骨の下に擦り傷があった。茉莉がそこにそっと触れ、私も反対側の肩に指先を伸ばす。
湊の肌は、夏の熱を宿していて、触れた瞬間、心までじわりと湿ってくるようだった。
「……あの、ちょっと恥ずかしいかも」
湊のその声が、むしろ私たちを突き動かした。
茉莉が先に、彼の首に腕をまわした。私も、もう止まらなかった。三人でひとつの毛布にくるまるように、私は彼の胸に頬を寄せ、茉莉は太ももに座り込むように彼に触れていた。
息が混じり合い、視線と視線が迷いながら重なる。
私の指が彼の胸を撫で、茉莉がその首筋に口づける。まるで静かな儀式のように、私たちは少しずつ、布を脱ぎ捨てていった。
彼の吐息が私の耳元で震え、茉莉の喉から漏れるかすかな声が、熱をあげるように部屋に満ちていく。
交互にキスをして、肌と肌が絡み合い、指が奥へ奥へと入っていくたび、現実が夢へと変わっていくようだった。
第三章:秘密と、夜の向こうに灯るもの
夜が深まり、窓の外では虫の声だけが続いていた。
私は湊の胸に頭を乗せていた。隣では、茉莉が穏やかな呼吸で眠っている。三人で同じ毛布に包まれ、触れあったまま、それでも誰も言葉を発さず、ただ鼓動だけが聞こえていた。
「……夢みたいでした」
湊がぽつりとそう言った。
「わたしも。……忘れない、と思う」
私がそう返すと、彼は笑った。茉莉が寝返りを打ち、湊の指をぎゅっと握った。
この夜のことを、きっと誰にも話すことはない。語れば崩れてしまいそうな、静かで激しい、秘密の夜。
けれど私は、あの時、あの怖さの先に、誰かの体温と重なり合えたことを忘れたくなかった。
そして──許されたような気がした。
濡れたままの髪の先から、私たちは少しずつ新しい朝を感じていた。



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