第一幕:静かな午後、静脈の鼓動が変わる
東京・世田谷。
陽射しは傾きかけ、マンションのリビングにレースのカーテン越しの光が淡く揺れていた。私はソファに腰を下ろしながら、脚を組み直した。夫が不在の休日の午後、インテリア雑誌を片手に、どこか満たされない空気を吸い込んでいた。
そんなとき、チャイムが鳴った。
「こんにちは、奥さま。佐伯です。社長に書類を届けに来ました」
夫の部下──佐伯翔真(さえき・しょうま)くんは28歳。高身長で引き締まった体躯、整った横顔に涼しげな瞳。職場で会った時から、どこか目が離せない青年だった。
「どうぞ、中へ。夫は外出中だけれど、お茶くらい淹れるわね」
彼は恐縮しながらも、「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
それだけのことなのに、彼の声が、妙に心地よく胸の奥で響いた。
ふとした会話の流れで、彼が元・整体師だったことを知ったのは、その日の終わり近く。
「肩、少し張ってますね」
「え?」
「僕、整体やってたんです。…もしよかったら、軽くですけど」
彼の指先が、私の肩へと近づいた瞬間、部屋の空気が変わった。
胸の奥に埋もれていた何かが、かすかに、疼いたのを私は感じていた。
第二幕:指先の記憶に、私は乱れていく
「失礼します──」
彼の声が低く落ちた瞬間、背筋にひやりとした風が走った。
私は床にラグを敷き、うつ伏せに寝そべる格好で彼に背中を預けていた。
白いカットソーの背中が少しずり上がる。下にブラのラインを感じながら、私は息を整えようとした。けれど、鼓動が速すぎて、胸がくぐもる。
最初は穏やかな掌の圧だった。
でも、次第に彼の親指が、肩甲骨の下を、肋骨の隙間を、まるで私の記憶の奥をなぞるように滑り、深く深く入り込んでくる。
「…痛くないですか?」
「……ううん……すごく、気持ちいいわ……」
こめかみのあたりまで、熱が上がっていた。
背中から腰へと降りていく指先に合わせて、私の意識はとろけていく。
触れていない場所まで疼いているのは、錯覚じゃない。
私は――もう、女の顔になっていた。
「……ここ、凝ってますね」
彼の手が骨盤の際に触れた瞬間、思わず喉から声が漏れた。
「や…っ……そこ……」
下着の上からでも感じてしまう自分に、抗えなかった。
彼の手が迷い込むたび、私は浅く短く呼吸し、湿った熱を帯びていく。
私の身体が、彼に求められているのがわかった。
その確信は、罪悪感と興奮をないまぜにして、私の太ももを震わせた。
「奥さま……やめられません、もう……」
気づけば彼の唇が、私の首筋に触れていた。
そして私は、その唇を拒むことができなかった。
乱れたブラが脇にずらされ、彼の舌が私の肌を這う。
重なった身体が、呼吸とともに揺れて、求め合う鼓動だけが部屋を満たした。
ソファのクッションに押し倒されながら、私は、確かに快楽の奥底で覚醒していた。
第三幕:快楽の余韻にひとり、指を添えて
夕暮れが、部屋を薄桃色に染めていた。
彼が静かに服を整え、「お疲れさまでした」と囁いたあと、何事もなかったかのように玄関を出ていった。
ドアの閉まる音が遠く響いて、私は、ソファに一人で座っていた。
脚の間には、まだ湿った感覚が残っている。
深く沈んだクッションのくぼみと、乱れた衣服が、ついさきほどの出来事が夢ではないことを物語っていた。
胸の奥で、何かが変わっていた。
これは恋ではない。でも、欲望だけでもない。
女として、誰かに触れられたことで――私は、確かに呼吸を取り戻していた。
鏡の中の私は、赤く頬を染めていた。
その顔が、妙に晴れやかで、私自身が戸惑っていた。
罪も、快楽も、記憶も、すべてがこの肌に刻まれている。
でも私は、また夫の前で、いつもの微笑みを浮かべるのだろう。
けれどきっと、もう二度と、あの手の感触は忘れられない。
──「癒し」と名付けられた、甘やかな堕落の午後を。



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