第1幕:予約はふたり分じゃなくて、ひとりずつ
32歳。東京郊外で事務職をしている私は、日々の忙しさと疲れを、週末のジム通いでやり過ごしていた。
彼とはもう付き合って3年。互いに無理せず、淡々と続く関係は、静かで心地よかった。
いつものように、ジムで汗を流した帰り道、彼がストレッチの途中でぽつりとつぶやいた。
「最近、腰が張るんだよね」
その一言に、私は何気なく言った。「整体でも行ってみる?」
彼は思ったよりすぐに乗り気になって、スマホで近くの整体院を検索した。
「男女ペアでお願いできますか?」という彼の問いに、受付の女性は丁寧に応じた。
「申し訳ありません。お二人同時は難しいのですが、時間をずらせばご案内できます」
平日の午後、私は会社に午後休を申請し、彼が先、私が後という流れで予約を入れた。
整体院のドアを開けると、アロマと清潔な空気に包まれた空間が広がっていた。
彼が施術室へ呼ばれたあと、私は雑誌をめくりながら待合スペースのソファに腰を下ろした。
時間の経過とともに、ふとした緊張と、なぜか胸の奥にわずかなざわめきが宿っていた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
そう声をかけてきたのは、20代後半くらいの、静かに熱を秘めた瞳をした男性整体師だった。
第2幕:指先が、そこに触れる意味を持ち始めたとき
施術室は静かで、カーテン越しにかすかに他の部屋の音が漏れていた。
控えめな音量で流れるクラシックと、ユーカリの香りが、私の呼吸をゆっくりと整えていく。
「うつ伏せでお願いします」
指示通りにベッドへ横たわる。
ジム帰りのままの、スポーツブラにレギンス姿。掛け布一枚が、その上にそっと落とされる。
彼の指が、ふくらはぎをなぞり、アキレス腱をほぐし、膝裏から太ももの裏へと移るたびに、
私は無意識のうちに、肌と肌の距離を意識し始めていた。
最初はただの“技術”だった。
でも、太ももの内側へ滑り込んでいく指の軌道が、ある一点の近くを、かすめるようになったとき、
私の中で何かが、静かに動き出した。
「……ん」
思わず吐息が漏れそうになって、唇をかみしめる。
けれど彼はすぐに腰へと移動し、何事もなかったように背中の筋を解していく。
私の勘違い?
そう思いかけたその瞬間、彼の手は再び太ももへ戻り、今度は迷いなく、下着の上から
やさしく、でも確実に、女としての“核”へ触れてきた。
拒まなければ、これは受け入れてしまう。
でも、身体はもう、答えを出していた。
彼の手が触れるたびに、呼吸が浅くなり、内腿が勝手に震えだす。
身体の奥から、熱が上がってきて、腰が自然と揺れを生みはじめる。
耳元で「……可愛い」とささやかれたとき、
私は背中に薄く汗をにじませながら、知らない声で息を吐いていた。
「仰向けになりましょうか」
その声に抗うことはできず、私は身体を反転させた。
目元にタオルを落とされ、世界が闇に変わると、触覚と聴覚だけがむき出しになる。
肩を撫で、二の腕をなぞり、指先が胸のすぐ脇を泳いでいく。
何も見えないことが、こんなにも感じさせるなんて。
「気持ちいいですか」
耳の奥で響いたその声に、私は口をわずかに開き、声にならない声で答えた。
そして——
おへその下、レギンス越しの布をゆっくりと押し当てるように、彼の指が動いた。
指の腹が奏でるリズムに、私は深く、静かに溶けていった。
第3幕:胸に置かれた手と、迷いの余韻
「お時間です」
その言葉で、私は現実に戻された。
けれど、目を開けても、身体の奥ではまだ彼の指が脈を打っていた。
起き上がろうとした私の肩をそっと支えながら、
彼は胸元に手を添えて、そのまま一瞬だけ、優しく撫でた。
下品でも、意図的でもない。けれど確実に、私は“女”として触れられた。
「また、来てくださいね」
その言葉が、私の鼓膜をくすぐる。
待合に戻ると、彼がスマホを見ながら私に笑いかけた。
「どうだった?」
「……うん、普通だったよ」
言葉は自然に出たけれど、心は少しだけ、あの施術室に置いてきたままだった。
その夜。彼の隣で、私は何度も寝返りをうった。
目を閉じるたびに蘇る、タオル越しの暗闇、熱をもった指のリズム、
「可愛いよ」と囁かれた声。
スマホの履歴を何気なく開き、あの整体院の番号に指が触れたとき、
私はまだ、あの午後の続きを夢見ていた。



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