第一章:午後四時、すれ違うたびに香る体温
42歳。夫は単身赴任で地方へ。
娘は大学生になり、東京でひとり暮らしを始めたばかり。
ぽっかり空いたこの家で、何か役割を持ちたくて、私は近所のコンビニでバイトを始めた。
札幌市内、住宅地の外れにある小さな店舗。レジの音、スキャナーの光、揚げ物の油の匂い。慣れないうちは疲れるけれど、それでも不思議と、そこに通うのが楽しみだった。
その理由が、「彼」だった。
俊哉くん、20歳。地元の大学に通う学生で、週4回ほどシフトに入っていた。
娘と同い年だと知ったとき、思わず笑ってしまった。まるで世界のどこかでつながっていたような不思議な感覚がした。
「ここ、ちょっと押しにくいですよね。僕も最初、よくミスしました」
そう言って彼が見せてくれた指先。清潔な爪。優しい声。
私は瞬時に、自分の胸がかすかに高鳴っているのを自覚した。
ひとつひとつの動作が丁寧で、言葉に誠実さが滲んでいて、時折のぞかせる不器用な笑顔が、たまらなく愛おしかった。
日曜の夕方、外掃除をしていたときだった。
空に焼けたような朱が滲み、風が制服の裾を揺らしていた。
「寒くないですか?」
後ろから声をかけられ、彼が缶コーヒーを差し出してくれた。
その指が、私の手に少しだけ触れた。
温かい。――いや、熱い。
まるで、彼の体温が、手の甲から私の胸元へとじわじわ広がっていくようで。
その夜、私は久しぶりに鏡を見た。
制服のシャツの胸元、汗ばんだ髪。
頬がほのかに赤く染まっていた。
まるで恋する少女のように。
第二章:娘と同じ歳の彼に、私は女としてほどかれていく
ある日、レジの操作でミスをした私を、店長がややきつめに注意した。
平静を装っていたが、心はすっかり沈んでいて。
家に帰ってひとり、誰にも見られないように泣いた。
その夜だった。
「大丈夫でしたか?」という彼からのLINE。
やさしいその文字を読みながら、私は抑えていた涙をこぼした。
「会いませんか?」
深夜、彼の車に乗った。
誰にも見られない、誰にも知られない場所で、彼は私の肩をそっと抱いた。
そのときの体温を、私はたぶん、一生忘れられない。
「…泣かないでください」
静かに触れられた唇。
触れるたび、崩れていく私の理性。
──人妻であること。
──母であること。
──娘と同い年の彼であること。
すべてがタブーで、すべてが背徳だった。
けれど彼の吐息を耳元で感じた瞬間、私はそのすべてを手放していた。
数日後、休みが重なり、彼とドライブに出かけた。
郊外のホテルの駐車場。
窓の外では雪がちらついていた。
部屋の中、私は制服ではなく、女としての私に戻っていた。
「触っても…いいですか」
彼はまるで宝物を扱うように、私のシャツのボタンをひとつずつ外した。
肌に触れる彼の手は震えていた。
それでも、その手のひらから伝わる温度は確かで、私の内側が静かに疼きはじめる。
やわらかく唇が胸に落ち、吐息が触れた瞬間、私は思わず背中を反らせた。
指先が、脚の付け根をなぞる。
何年ぶりだろう、この感覚。
息が詰まり、視界が霞み、指を絡めることしかできなかった。
「…あなたで壊してほしい」
耳元でそう囁いた私に、彼は優しく頷いた。
そして、彼の熱が、私の奥深くに満ちていった――。
第三章:ピアスの影に光る、秘密の記憶
クリスマスの夜。
彼がくれた、小さな箱。
中には、シルバーのしずく型のピアス。
「似合うと思って」
耳にそっとつけてくれた瞬間、私は涙を堪えるのがやっとだった。
ベッドの中、何度も重ねたキスのたびに、罪悪感と快楽が交錯する。
「…このまま、時間が止まればいいのに」
彼の言葉に、何も返せなかった。
私は母で、人妻で、けれど確かに、彼の前では”女”だった。
やがて春が来て、娘が帰省する日が近づいた。
「また、会えるよね」
「…うん」
私たちは何も約束しないまま、いつものように制服に袖を通した。
あれから何度も、ピアスをつけて鏡を見るたび、あの夜の彼の手のひらを思い出す。
忘れられないのではない。
忘れたくないのだと、私は知っている。
たったひとつの温度で、人生が狂ってしまうこともある。
だけどそれは、罪ではなく、
きっと”赦し”だったと、今でも私は思っている。



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