【第一章】昼下がりの静寂と、視線の揺らぎ
平日の午後、横浜市南区の市民プールは、まるで時間が止まってしまったように静かだった。
子どもたちは部活、夫は営業先での打ち合わせ――家庭という“役目”を一枚ずつ脱ぎ捨てるように、私はこの場所に通っていた。
35歳。結婚して12年。
主婦であり、母であり、そして、もうひとつの私は――まだどこかに残っている“女”としての私。
プールの水は、冷たく、どこか懐かしい。
学生時代にやっていた水泳を再開して、ようやく息をすることを思い出した私の前に、彼は現れた。
「こんにちは。いつもこの時間に来られてるんですか?」
明るく、自然な声。
振り向くと、陽に焼けた肩を濡らしたままの、若い男性がいた。
大学生だという彼――陽斗(はると)くん。
歳は私より14歳下。けれど、その瞳はまっすぐで、こちらをまるで人間としてではなく、“女”として見ているような、そんな錯覚を覚えた。
その日からだった。
私の中に、何かがゆっくりと、息を吹き返し始めたのは。
【第二章】水の膜越しに滲む、罪と悦びの境界線
「すごく泳ぐの、きれいですね」
「子どもの頃にやってただけよ。久しぶりなの」
隣のレーンで、何気なく交わす会話。
けれど、すれ違うたびにふれる肩、足の先――その一つひとつに、私の内側は少しずつ熱を帯びていった。
ある日、彼が不意に言った。
「今日、水着、いつもよりちょっとだけ派手ですね」
胸元にかかる視線。
ブラの上から少し浮かび上がった私の胸の輪郭――わかっていた。わざとだった。
パウダールームの鏡の前で、自分の胸を少し寄せてみる。タオルの隙間から覗く肌を見せつけるように。
それが誰のためのものか、もう私には隠せなくなっていた。
ある雨の日。プールに来ていたのは私と彼だけだった。
水中でぶつかる身体、押し当てられるぬくもり。息を潜めるように見つめ合い、誰もいないジャグジーの脇で、彼の指が私の水着の上からそっと脚にふれてきた。
「ダメ…」
声に出したのに、腰は逃げずに、濡れていた。水ではないもので。
私は、自分が人妻であることも、母であることも、その時すべてを脱ぎ捨てていた。
彼の指が水着の内側へと忍びこむたび、私の身体は少女のように震え、涙のような快楽が私の奥を潤していった。
【第三章】濡れた素肌の奥に灯った、目覚めの炎
その日、プールを出たあと、彼がぽつりと言った。
「静香さんと…もっとちゃんと触れたい。全部、知りたい」
戸惑いと興奮が入り混じる心のまま、私は彼の待つ車に乗った。
フロントガラスの曇りが、私たちの秘密をそっと包み込んでいた。
ホテルの部屋。濡れたままの水着を、彼が指先でずらす。
頬に、肩に、乳房に、丁寧に唇を這わせながら、彼は私をひとつずつ“ひらいて”いった。
彼の舌が、私の乳首に触れた瞬間、身体がひとつ跳ねた。
「こんなに…感じてたんだ」
囁く声と、熱の混ざる吐息。私は頷くことしかできなかった。
指と舌と、視線とで、全身をくまなく愛された。
私の奥で、長い間眠っていた何かが目覚めてゆくのを感じた。
求めあい、ふたりで一度、また一度と頂きを迎えたあと――私は、シーツに頬を埋めながら、声にならない安堵を吐いた。
「罪」ではない。
これは「赦し」だった。
家庭でもなく、過去でもなく、「今ここにいる私」を受け入れてくれた彼の腕のなかで、私は初めて女として満たされた。
それからも、平日の午後、プールに通っている。
陽斗くんとはたまにしか会わなくなったけれど、あの日の私の身体は今も、彼との記憶を思い出すたび、ひそやかに疼いてしまう。
35歳。
女はまだ、終わらない。
むしろここからが、本当の「はじまり」なのだと、今の私は知っている。


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