第一章:気づかないふりの恋心
入社してすぐに配属されたのは、東京都内の広告代理店。地方の女子大から出てきた私にとって、目の回るような日々だった。
同期の彼──T君は、最初に話しかけてくれた男性だった。高身長で、爽やかな笑顔が印象的で、でもチャラチャラしていなくて。私の小さなつまずきにもすぐ気づいてくれる、優しい人だった。
「ユカリ、今日も頑張ってるな」
そんな何気ない言葉が、いつも心にしみた。
何度か一緒に帰ったり、ランチをしたり、休日に出かけたりもした。
彼の隣にいると、胸の奥が熱くなる。けれど、私はその気持ちを口にできなかった。
だって、彼に嫌われるのが怖かったから。
思わせぶりな優しさに甘えて、心の中で「きっと私を見てくれている」と信じ込んでいた。そうじゃないと、あのぬくもりの理由を、説明できなかったから。
でも秋になった頃から、彼の態度が少しずつ変わっていった。
目が合っても、すぐにそらされる。
隣にいたはずの距離が、ふいに遠ざかっていく。
そして、クリスマスイブの夜。
意を決して、プレゼントを渡そうと彼を待ち伏せた帰り道──
彼は、同じく同期のAちゃんと手をつないで、ホテルのエントランスへ消えていった。
何も言えなかった。
笑ってごまかすことさえ、できなかった。
そして年が明け、2人は社内でも公認のカップルに。
やがてT君は、海外支社へと異動が決まり──その報せと同時に、彼とAちゃんの婚約が発表された。
あまりに急で、残酷だった。
でも、そんな彼を…
私は、まだ、好きだった。
第二章:夜明けの海、ふたりの秘密
送別会の夜。
2次会を終え、帰ろうとしていた彼を「送るよ」と言って車に乗せた。
「……あれ? そっちじゃ、寮じゃないだろ」
そう言われても、無視してハンドルを握る。
目指していたのは、神奈川の海沿いにある、夜明けの絶景ポイント。
「最後に、見せたいものがあるの」
その一言に、彼は黙ったまま、窓の外を見ていた。
車内に流れる音楽も、冬の冷たい空気も、心に沁みた。
だけど、それ以上に彼の存在が痛かった。
海に着いた頃には、空がうっすら群青色に染まり始めていた。
「……お前、覚えてる? 入社した頃に、ここ行きたいって言ってたよな」
「うん。T君と見たかった」
そう答えた私の声が震えていたのか、彼はそっと私の手を取った。
「……俺も見たかった。お前となら、ずっと……」
その言葉の続きを、彼は言わなかった。
けれど、私には十分すぎた。
「私…まだ、T君のことが一番好きだよ」
気づけば、彼の胸に飛び込んでいた。
唇が重なり、世界の音が一瞬で遠ざかる。
彼の手が、私の頬を撫で、首筋に沿って肩へ──
ファスナーの音が、夜の海風に溶けていく。
「……後悔しない?」
耳元で囁かれたその問いに、私はただ、首を縦に振った。
T君のキスが深くなって、コートの下から服を脱がされていく。
寒さより、彼の手の温もりの方が強かった。
胸に触れられた瞬間、体がびくんと震えた。
舌先が優しく転がり、尖った部分に吸いつかれて──
「はぁっ…んっ……」声が、抑えられなかった。
彼の熱が下へと降りていき、脚の奥に触れられたとき、私の身体は彼のために開いていった。
「……ユカリ、ずっと……こうしたかった」
彼のその言葉に、涙がこぼれた。
愛されることを、こんなにも求めていた自分に、やっと気づけた。
私は、彼のものを口に含んだ。
硬く、脈打つそれを、無心で愛撫した。
そして、彼がゆっくりと私の中へ入ってきた瞬間──
涙と吐息が、夜の海に溶けた。
「……っあ、あっ……好き……っ、T君……!」
何度も、名前を呼び合った。
彼の奥で、波のような快感が広がって、私は崩れるように果てた。
T君も、私の中で、すべてを解き放った。
裸のまま、海風に包まれながら、私は彼の腕の中で眠った。
第三章:ひとつきりの記憶、それでも
目を覚ましたとき、空は薄紫に染まり始めていた。
朝日が、彼の輪郭を美しく照らしていた。
「……ねえ、また、こうやって来ようね」
自分でも、言ってはいけないと思っていた言葉だった。
彼は、静かに私の髪を撫でたあと、笑って頷いた。
だけど、それは叶わない約束だった。
数日後、T君は海外へ発ち、Aちゃんと結婚した。
式の招待状も、会社で回ってきた。
私は、何も言わずに欠席した。
でも──
あの夜のことは、ひとつも後悔していない。
彼にとっては、結婚前の最後の冒険だったのかもしれない。
でも、私には…あれが初めて、誰かと心が通った夜だった。
好きな人に、好きだと言えて
好きな人に、抱かれて
好きな人の中で、果てた。
それだけで、生きてきた価値があるとさえ、思える。
夜明けの海と、彼の名前。
きっと私は、一生、忘れない。



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