「竹刀越しの視線、心が防具を脱いだ夜」
――汗の匂いと罪の匂いが、肌にまとわりつく。
大学の剣道場。板張りの床に竹刀が響く音が、心の奥を叩くように跳ね返ってくる。
六月の蒸すような空気。面の下は汗で息が詰まりそうになる。でも、稽古は止められない。剣道は、私のすべてだったから。
…少なくとも、あの夜までは。
その日も、いつも通りの練習。だけど、私の視界にはずっと彼――後輩の修二がいた。
まっすぐな構え、無駄のない動き、何よりも、私を見つめるときの目。その奥に宿る熱。
私には、つき合って3年になる彼氏がいる。だけど、修二の視線を感じるたびに、心のどこかがきしんだ。
「副主将、今日はこのあとって…もう帰りますか?」
稽古後、手ぬぐいで額を拭きながら修二が声をかけてきた。
「まだちょっと…着替えたらノートまとめようと思って」
「じゃあ…少しだけ、付き合っていいですか?話したいことがあるんです」
更衣室で一人になり、着替えたTシャツが汗を含んだ肌に貼りつく。部屋を出ると、彼は静かに待っていた。
外はもう薄暗く、道場の裏手は静まり返っている。誰もいない。空気だけがやけに湿っていた。
「実は…先輩のこと、ずっと好きでした」
突然だった。けれど、予感はあった。避けてきた何かが、やっと形を持った瞬間。
「だめだよ、私には彼氏がいる。知ってるでしょ?」
「知ってます。でも…ずっと我慢してたんです。稽古中も、声聞くだけで苦しくなって」
彼の声が震えていた。その声に、私の胸も揺れた。
「今日だけでいい。少しだけ、好きでいさせてください」
そんなの、ずるい。なのに、私も…「今日だけなら」って、言ってしまいそうだった。
無言のまま、道場の裏の古いベンチに腰を下ろす。彼も隣に座った。近い。肌が触れそうで触れない距離。
「手、つないでも…いいですか」
頷いたのは、私の理性じゃなかった。
彼の手は、剣道で鍛えた硬さがありながら、どこか不器用で、真剣だった。
繋がれた指先から、胸の奥に熱が流れ込んでくる。何かが剥がれていく感覚。
ゆっくりと顔が近づき、唇がそっと重なった。
汗と夜風と、まだ残る道場の匂い。口づけは、どこか懐かしくて、新しかった。
私の心が、何かにほどけていく。抑えていた何かが。
「好きです…」と、彼が呟いた瞬間、私はそっと目を閉じていた。
第2章:防具を外したあと、私たちは女と男に戻った
――守られていた距離が、今夜、音もなく崩れた。
キスのあと、しばらく息が整わなかった。
まるで一試合終えたあとのように、胸が上下し、心だけがまだ決着をつけられずにいた。
剣道場の裏は、湿った夜気が草の匂いと混ざっていた。
遠くで虫の音が鳴いている。夏の空気は、感情に火を点けるのに十分すぎた。
「先輩、…少しだけ、こうしててもいいですか」
彼の声は、どこか弱く、けれど真っ直ぐだった。
私はうなずいていた。
自分の意志というよりも、身体が、彼のぬくもりを拒めなかった。
彼の手が、そっと私の稽古着の上に重なる。
稽古のあとに着替えたTシャツは、まだ肌に汗を残していて、その上から触れられるだけで息が詰まる。
その指先は、これまで竹刀を持っていたとは思えないほど、柔らかだった。
「やめといたほうがいいのにね、私たち」
そう呟いた言葉を、彼はそっと飲み込むように私の肩に顔を埋めた。
「…でも、もう抑えられないです」
その声が、震えていた。
私は彼の手を、自分の胸元に導いた。
何かが、ほどけていく音がした気がした。
指先が、Tシャツの下から私のスポーツブラに触れる。
布越しに感じる体温。彼の手のひらが、ためらいがちに私の柔らかさを探る。
「…想像してたより、すごく綺麗」
その言葉が、くすぐったくて、苦しくて、嬉しかった。
指がブラ越しに乳首をなぞった瞬間、体がぴくりと跳ねる。
私自身が驚くほどの敏感さに、彼は驚きもせず、ただ静かに見つめていた。
「ここ、感じるんですね」
「…うん、前から…そこだけ、どうしても」
稽古では見せない弱さ。感情の綻び。
そのすべてを、私は今、彼の掌の中に差し出していた。
彼の顔が、ゆっくりと胸元に降りてくる。
Tシャツを捲られ、ブラの端を指でずらすと、露わになった肌に、そっと唇が触れた。
一度、二度。やさしく舌が円を描くように乳首の先をなぞる。
そのたびに、背筋が反応してしまう。
汗ばんだ背中がベンチに貼りついて、私の存在ごと熱を帯びていった。
「全部…見せてほしい」
「…今だけ、なら」
その言葉は、逃げ道でもあり、言い訳でもあった。
彼の手が、私の短パンの紐をそっと引く。
布地の向こう、下着越しに触れた指先に私が濡れているのが伝わってしまう。
「…ごめん、ちょっと恥ずかしい」
「俺、嬉しいです」
インナーの上から、ゆっくり撫でるように触れられる。
そこに意識が集中して、思わず指に爪を立てたくなるほど、甘くて苦しかった。
「先輩、彼氏のこと、今は忘れてくれませんか」
「…うん、今は、わたしだけを見て」
その瞬間、彼の指が下着の中へと滑り込んだ。
ためらうような動き。でもすぐに、私の反応を読み取って、その触れ方は確かに変わっていく。
柔らかく、湿った奥に触れたとき、私の喉から小さな声がこぼれた。
「大丈夫ですか」
「…もっと…奥まで、ゆっくり」
彼の肩に腕を回しながら、私は自分の内側の温度に驚いていた。
もう、理性では止まらない。
音を立てずに心の奥で崩れていく“何か”を感じながら、私はただ、彼を受け入れていた。
キスが重なり、指が深く沈むたびに、私は確かに“女”として彼に触れられていた。
第3章:夜明け、道場に響いた鼓動
――重ねなかった身体より、忘れられない沈黙がそこにあった。
空が、少しずつ青みを帯び始めていた。
道場の裏手――誰もいないベンチで、私たちは肩を寄せ合っていた。
肌寒いほどの静けさに、さっきまでの熱が嘘みたいだった。
稽古着の上に羽織っていたTシャツは汗を含み、肌に張り付いていた。
彼の指の感触が、まだ私の中に微かに残っていた。
けれどそれは、もう遠い出来事のようでもあった。
「…ねえ」
私が口を開くと、彼はゆっくりと顔を上げて、目を合わせた。
その瞳には、何かを許してほしそうな、でも何も求めていないような、曖昧な光が揺れていた。
「最後まで、しなくてよかったね」
そう言った私に、彼は一瞬だけ視線を落としてから、小さく笑った。
「はい。でも…俺、ちょっとだけ、夢見てました」
「夢?」
「先輩の全部が、自分だけのものになったら…って」
「バカだね、ほんと」
私はそう言いながらも、笑っていた。
たぶん、笑うしかなかったのだ。
そうしなければ、泣いてしまいそうだったから。
彼がゆっくりと私の手をとった。
竹刀を握るときよりも、もっとやさしく。
指と指を絡めて、熱の残る掌を重ねてきた。
「…好きでした。ずっと」
その一言が、夜明け前の空に染み込んでいくようだった。
私は、うなずけなかった。
その気持ちを受け止める資格が、自分にはあると思えなかった。
だけど、手を離すこともできなかった。
「私さ、これからも剣道、ちゃんと続けるね」
「…それは、先輩らしいです」
「後輩としてじゃなくて、ちゃんと選手として…あなたとまた、向き合いたい」
「俺も、強くなります。…きっと、また好きになりますけど」
「それは困るな」
「困らせますよ、たぶん」
そう言って、彼は初めて、いつものような笑顔を見せてくれた。
道場の扉が遠くで軋んだ。
朝の稽古に来た先輩たちの声が聞こえてくる。
それは、現実に引き戻す合図でもあった。
私はそっと立ち上がり、もう一度、彼の手をぎゅっと握った。
そして、小さくささやいた。
「ありがとう。女にしてくれて」
「…もっと、してあげたかったです」
その返事は、たぶん一生忘れない。
私たちは、交わらなかった。
けれど、心は確かに裸になっていた。
その距離が、切なさと温もりと一緒に、胸に残っていた。
道場の中、木の床を踏む足音が聞こえてくる。
いつもの朝が、何事もなかったように始まっていく。
だけど、私の中にはもう、誰にも見えない“秘密”が静かに灯っていた。
そして今も、ときどき思い出す。
あの夜、交わらなかったことが――
一番深く、私を濡らしたのだと。




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