受付嬢NTR ~単身赴任中の1週間、傲慢上司に寝取られた妻~ 橘メアリー
【第1部】失恋と日本酒と部長の腕──ボロボロの私がふと甘えてしまった夜
私の名前は中村彩香(なかむら・あやか)。
大阪のメーカーで営業事務をしている、三十二歳のごく普通のOLだ。
去年の暮れ、十二月の終わり。
社内の忘年会の会場で、私は日本酒のグラスを指先でくるくると回しながら、ひとりでぼんやりしていた。
失恋して、ちょうど一ヶ月。
三年付き合った彼に「ごめん、好きな人ができた」とあっさり告げられてから、私の中の時間はずっと止まったままだった。
みんなは賑やかに笑っている。
上司の武田さんはカラオケでシャウトしているし、同期の梨花は二次会の店をせっせと仕切っている。
でも、テーブルの端でグラスを握りしめている私だけは、どこか別の世界に取り残されたみたいに、笑い声の海の中でひとりきりだった。
「彩香、ちょっと飛ばしすぎじゃないか?」
そう言って私の前に水のグラスを置いたのが、**営業部長の佐伯誠(さえき・まこと)**だった。
四十五歳。いつもは厳しいけれど、怒鳴ったりはしない、静かなタイプの上司だ。
「だいじょぶです〜。日本酒って、なんか、寂しいのに合うから」
笑ってごまかしたつもりが、自分でも驚くくらい、声がかすれていた。
佐伯部長は、私のグラスをそっと取り上げて、空にして、テーブルのすみに寄せる。
「そんな顔で飲む酒はうまくない。……帰るか?」
そう言われた瞬間、涙腺がふっと緩みそうになった。
飲み会のさなかに、帰るという選択肢なんて考えてもいなかったのに、「帰る」という言葉が、どうしようもなく優しく聞こえた。
「でも、みんなまだ……」
「大丈夫だ。武田には俺から言っとく。タクシー拾ってやるから」
そう言って、当たり前のように私のコートを持ち上げ、肩にかけてくれる。
その仕草が、あまりにも自然で、胸の奥の一番弱いところを指先でそっと撫でられたような気持ちになった。
エントランスに出ると、冬の冷たい空気が一気に頬を刺した。
ほてった肌に夜風が当たって、一瞬だけ酔いが引き、そのあと、酒と寂しさが混じった甘い眩暈が、波のように押し寄せる。
「……部長、すみません。なんか、迷惑かけて」
タクシーを待つ間、私はうつむいたまま、マフラーの中に声を沈めた。
「迷惑なんかじゃないよ。……彩香、最近よく泣きそうな顔してただろ」
その言葉に、胸の奥でなにかが小さく軋んだ。
見られていたんだ、ちゃんと。誰にも気付かれていないふりをして、いつも通り働いていたつもりだったのに。
タクシーが止まり、後部座席のドアが自動で開く。
乗り込もうとした私の背中を、部長の手が、そっと支えるように押した。
大きな手のぬくもりが、コート越しに、じんわりと背中に広がる。
その瞬間、ふいに心のどこかが「カチッ」と音を立てて外れたような気がした。
守ってくれる腕の中に、ただ落ちてみたい。そんな、危うい甘えの欲望が、静かに顔を出したのだ。
【第2部】タクシーの密室でほどけていく理性──「寂しいなら、寂しいって言え」と囁かれて
タクシーの車内は、街の灯りが流れ込む柔らかな暗さに包まれていた。
フロントガラス越しに見える信号の赤や緑が、ぼんやりと滲んで、酔いでゆるんだ視界には、全部が遠い夢みたいに見えた。
私は助手席の後ろに、部長はその隣に。
肩と肩が触れそうで、触れない絶妙な距離。
その空間が、逆に肌をひりひりと敏感にする。
「……寒くないか?」
部長が、私の方へ少し身を寄せながら尋ねる。
「……少し、だけ」
本当は、寒いのか暑いのかもよく分からなかった。
身体の感覚が、寂しさと日本酒に溶かされて、全部、ひとつの大きな“空白”になっていた。
その空白の中心に、佐伯部長の体温だけが、じわじわと侵入してきている。
ふいに、私の両手が、膝の上でぎゅっと握り合わさった。
部長はその動きに気付いたのか、ためらいがちに、私の拳の上に手を重ねる。
「……がんばったな」
低く、くぐもった声。
「お疲れ」とも「かわいそう」とも違う、もっと深いところに触れてくる言葉だった。
たったそれだけで、目の端に涙が溜まりそうになる。
「部長……わたし、なんか、ずっと、からっぽで……」
気付いたら、言葉がこぼれていた。
失恋のこと、眠れない夜のこと、仕事で笑ってごまかしていたこと。
全部はいえないのに、断片だけが、震える声と一緒に少しずつ滲み出す。
佐伯部長は、黙って聞いていた。
ただ、重ねた手に、少しだけ力を込めてくる。まるで「ここにいる」と伝えるみたいに。
そして、信号で車が止まった瞬間、不意に私の方へ顔を向けると、小さく言った。
「寂しいなら、寂しいって言っていいんだぞ」
その言葉が、胸の奥の一番柔らかいところに、ぽとりと落ちた。
そこから、一気に堰が切れてしまう。
「さびしい、です……すごく」
ずっと飲み込んでいた一言が、ようやく外に出た。
言った瞬間、自分でも驚くほど、肩の力が抜けていく。
次の交差点を曲がるとき、タクシーの揺れに合わせるように、部長の指先が、そっと私の指の間に入り込んだ。
絡めとられる、というほど強くはない。
それでも、否応なく意識してしまう繋がり方だった。
「……じゃあ、少しだけ。誰かの腕、借りてみるか」
冗談めかした口調だったけれど、声の奥には、静かな熱が潜んでいる。
私は、唇を噛みしめながら、それでも、はっきりと頷いた。
「……はい」
その一言に、自分の理性が静かに白旗を上げる音がした。
もう、後戻りはしない、とどこかで分かっていた。
自宅マンションの前にタクシーが止まり、精算を終えると、エントランスまでの短い距離を、部長は当たり前のように隣を歩いた。
エレベーターの中、狭い箱の中で、私たちの距離は一層近くなる。
蛍光灯の白い光が、部長の横顔の影を際立たせていた。
「……彩香、本当にいいんだな?」
扉の数字が、静かに上へと進んでいく音を背景に、部長が低く問いかける。
その目には、欲だけじゃない、自制の色がちゃんと宿っていた。
逃げ道は、まだあった。
「やっぱりやめます」といえば、きっと彼は何もせずに帰るだろう。
それでも、私は、首を横には振らなかった。
代わりに、そっと自分から、部長の手を握りしめた。
「今夜だけ……わたし、甘えてもいいですか」
自分でも驚くほど、素直な声だった。
彼は短く息を飲み、そして、静かに頷いた。
「……分かった。お前がそう言うなら」
カチ、とエレベーターが私の階で止まり、扉が開く。
二人で歩く廊下の足音が、やけに大きく響いていた。
玄関の鍵を開けて、ドアを閉める。
その音を合図にしたように、背後から、そっと腰を引き寄せられた。
「……彩香」
名前を呼ばれただけで、身体の芯が、甘く震えた。
【第3部】大人同士の許された背徳──部長に抱かれて、私のカラダが寂しさから欲望へ変わった瞬間
玄関の灯りを落として、リビングのスタンドライトだけを点ける。
柔らかなオレンジ色の光が、部屋の隅までゆっくりと溶けていく。
振り向いた瞬間、佐伯部長の手が、そっと私の頬に触れた。
指先には、迷いと、抑え込まれた熱が混ざっている。
「嫌だったら、今でも止められるからな」
最後の確認。
その真面目さが、逆に私の中の迷いを溶かしていく。
私は、自分からそっと背伸びして、部長の唇に触れた。
軽く、確かめるようなキス。
それが「大丈夫」という返事の代わりになった。
最初は、ぎこちないほど静かな口づけだった。
だけど、二度、三度と唇を重ねるたびに、閉じ込めていた欲望の蓋が、内側から少しずつ外れていく。
彼の腕が背中に回り、抱きしめる力がほんの少し強くなる。
胸と胸が触れ合い、服越しの体温が、じんわりと染み込んでくる。
「……彩香、こんな顔するんだな」
唇を離したとき、少し掠れた声でそう囁かれる。
どんな顔をしているのか、自分では分からない。
ただ、頬がとめどなく熱くて、目の奥がうるんでいるのだけは分かった。
ジャケットを脱がされ、ブラウスのボタンがひとつずつ外されていく。
そのたびに、冷たい空気と、部長の指先の温度が交互に肌に触れた。
「相変わらず、細いな……もっと自分を甘やかしていいのに」
鎖骨のあたりに、かすかな口づけが落ちる。
その柔らかい感触に、思わず肩がぴくりと震えた。
普段は仕事の話しかしない相手の口元が、こんなにも近くで、自分の肌に触れている。
その事実が、じわじわと現実味を帯びて、胸の奥から甘い疼きがせり上がってくる。
ソファに座らされ、彼は私の隣に腰を下ろすと、膝の上に私を抱き寄せるようにして抱いた。
子どもみたいな体勢なのに、身体の奥で燃えているのは、まぎれもない大人の欲望だった。
「寂しかったんだろ」
耳元で囁かれる声が、呼吸に混じってくすぐったい。
私は、彼のシャツの胸元をぎゅっと掴んだまま、小さく頷いた。
「……寂しいし、ずるい女だなって……思ってました」
「ずるくなんかない」
即答だった。
「ずるい」と自分を責める前に、その言葉を、丸ごと否定するような声。
「大人なんだから、寂しいときに誰かを求めたっていい。……俺だって、そうだ」
その言葉と同時に、彼の手が、ゆっくりと私の身体のラインをなぞっていく。
背中、腰、太ももの外側。
決して乱暴ではないのに、一つひとつの軌跡が、肌の感覚を鋭く研ぎ澄ませる。
「ん……」
抑えようとしても、喉の奥から漏れてしまう微かな声。
自分で耳にして、余計に身体が熱くなる。
その声に、彼の指先の動きが、ほんの少しだけ遠慮をなくした。
丁寧に、確かめるように、どこが気持ちいいのかを探るような触れ方。
「……ここ、触れると、息止まるだろ」
図星をさされて、思わず彼の肩に額を預ける。
吐息が乱れるたび、全身に細かな電流のような快感が走った。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
ソファからベッドへ移ったころには、もう、服の存在なんてとうに忘れていて、ただ、肌と肌が求め合う音だけが、部屋の中に密やかに響いていた。
部長の体温が、上から覆いかぶさる。
重い、というより、安心する重さ。
深いところまで満たされていくような、じんわりとした圧。
「……気持ちいい?」
耳元で、かすかな声が問う。
「……うん……こわいくらい……」
怖いのは、身体の反応じゃなくて、心の方だった。
こんな風に誰かに委ねて、全部を預けてしまったら、もう二度と、ひとりには戻れなくなりそうで。
それでも、彼の動きに合わせて、私の身体は素直に応えていく。
深いところから押し寄せてくる波に、何度も、何度も、飲み込まれそうになる。
「彩香……」
名前を呼ばれるたび、内側で何かが崩れていく。
やがて、波が最高潮に達した瞬間、胸の奥で張りつめていた糸がぷつりと切れて、世界が真っ白に弾けた。
「……っ、あ……」
声にならない声が、唇から零れた。
全身の力が抜けて、ただ、彼の腕の中でふるふると震える。
余韻の中で、佐伯部長は、私の髪をゆっくりと撫で続けていた。
まるで、泣き疲れた子どもをあやすみたいに。
「彩香、後悔……してないか」
かすれた声で問われ、私はしばらく天井の明かりをぼんやり見つめてから、小さく笑った。
「……後悔、するかもしれないです。明日、ちゃんと大人に戻ったら」
「そうか」
「でも、今は……してないです。今だけは、ほんとに……生きてる感じがして」
その正直な告白に、彼は少しだけ目を細めた。
「じゃあ、今夜だけは、それでいい」
そう言って、もう一度、柔らかく抱き寄せられる。
寂しさの穴を埋めるみたいに、私の身体は、彼の温度にぴったりと重なった。
まとめ──失恋女が部長に抱かれて学んだ、大人の寂しさと欲望のゆるし方
あの忘年会の夜のことを思い出すたび、今でも胸の奥が少しきゅっとなる。
失恋して、ボロボロで、寂しさに飲まれそうだった私は、あの夜、部長の腕の中で、心も身体も丸ごと預けてしまった。
それは確かに、世間的には「グレー」かもしれないし、褒められた行動じゃないのかもしれない。
部下と上司、大人同士の、ひと晩だけの甘い背徳。
でも、私はあの夜、自分の中にある**「性欲」と「寂しさ」**の正体を、少しだけ理解した気がする。
寂しさをごまかすためだけの行為なら、きっともっと空虚だった。
でも、彼は何度も「嫌だったらやめる」と確認してくれて、私が「甘えたい」と言うのを待ってくれた。
そのやりとりの中に、ちゃんと「合意」と「尊重」があった。
あの夜の私は、弱かったけれど、同時に、自分の欲望を選び取った大人でもあったのだと思う。
翌日から職場では、何もなかったようにいつもの部長と部下に戻った。
もちろん、恋人になったわけでもないし、あの夜のことを口に出したこともない。
それでも、ときどきふとした瞬間に視線が合うと、彼はいつも通りの落ち着いた目で、ほんの少しだけ長く私を見る。
その沈黙の中に「無理はするなよ」と「大人だからこそ、あの夜はあの夜としてしまっておこう」という、二つのメッセージが重なっている気がする。
ひとりの夜、ふと寂しくなってベッドに横になると、あのときの熱と重さを、身体はちゃんと覚えている。
あの夜を思い出すたびに、私の身体のどこか深い場所が、静かに疼いて、同時に、少しだけ救われたような気持ちにもなる。
寂しさも、性欲も、どちらも消すことはできない。
けれど、大人になった私たちは、それを誰と、どんなふうに分かち合うかを、自分で選ぶことはできる。
あの忘年会の夜は、決してきれいごとだけでは語れない。
けれど私にとっては、
「失恋で壊れかけていた自分の身体と心が、もう一度“女”として息を吹き返した夜」でもある。
寂しさでいっぱいだった私のからっぽの器は、あの優しい部長の腕と、熱と、囁きで、静かに、確かに、満たされていったのだ。




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