第1幕:金曜日の熱燗に、心のスイッチが緩む
金曜の夜は、あらゆる都市が少しだけ気を緩める。
東京都内のオフィス街を、営業車でぐるぐると回った一日の終わり。時計の針が午後7時を差したとき、私たちは自然とその居酒屋に吸い込まれていた。
「お疲れさま。今日はよく動いたな」
斜め向かいに座るのは、直属の上司――佐伯さん。歳はひとまわり上の39歳。クールで整った顔立ちに、ほんの少し疲労の滲んだ声。その余韻が、妙に艶っぽく感じられる夜だった。
最初はビールで乾杯した。喉を滑り落ちる泡が一日のけだるさを洗い流してくれる。
やがて盃は熱燗に変わり、佐伯さんは私の盃に、ためらいなく酒を注いだ。
「今日は、酔ってもいい日だよ。終電、まだ考えなくていいだろ?」
そう言って、私の目を見た。その瞳に宿る熱は、仕事中には見せない色を帯びていた。
私は笑って頷いた。けれど内心では、ふと胸がざわついていた。
この人と、二人きりで飲むことの意味。
誰も見ていない金曜の夜に、少しずつ開いていく私の何か。
それを止めるには、もう、少し遅すぎたのかもしれない。
第2幕:酩酊と沈黙のあいだで、唇はほどけていく
店を出たのは、もう11時をまわった頃だった。
タクシーに乗った記憶も曖昧だ。気づけば私は、佐伯さんの背中に背負われていた。ぐらついた足元。煙草の残り香と、シャツ越しの体温が、頬に触れる。
「起きて、着いたよ」
彼の声が耳元で落ちた。
そのままエレベーターに乗り込む。扉が閉まった瞬間、彼の唇が私のそれを塞いだ。
抵抗しようとした手に、力が入らない。まるで身体だけが、時間から取り残されたようだった。
「……ダメです……佐伯さん……」
私の声は、思っていたよりも弱々しくて。けれど、唇を奪われたとき、私はそれをはっきりと感じた。
甘さよりも、飢えた熱。
上司という仮面を脱いだ男の本性が、私の輪郭をなぞってくる。
スカートの上から、秘めた場所を確かめるように揉まれ、私はしゃがみこんだ。
「帰ります」と呟いても、腕は強く引かれた。
そのまま抱き上げられ、部屋へと運ばれていく。
投げ出されたベッドの上、彼はすぐに覆いかぶさってきた。
タイトスカートを捲り、ストッキングの上から脚線を這う指。
「ずっと見てたんだ。お前のこういう顔が、ずっと見たかった」
そう囁かれた瞬間、喉がひくついて、私は言葉を失った。
ショーツの上から、熱を孕んだ舌がゆっくりと這う。
呼吸も、声も、重力に引かれて下へ落ちていく――。
第3幕:好き、という言葉に犯された夜が明ける
あの夜、私はいくつの境界を超えたのだろう。
ベッドの上、私の脚は自然と開かれていた。
もう、抗う力はどこにも残っていなかった。
ショーツはいつのまにか剥ぎ取られ、私はむき出しのまま、佐伯さんの舌に抱かれていた。
奥へ、奥へと吸われる感覚。
意識が飛びそうになるたび、彼の声が私を現実へ引き戻した。
「可愛い声、もっと聞かせて」
「もう、我慢しなくていい」
熱い舌先が、私のいちばん奥を撫でるたびに、
背筋が波のように反り返り、私は何度も、何度も――いかされた。
そして、最後に彼が囁いた。
「……ずっと好きだった」
その言葉は、私を撃ち抜いた。
それが本音かどうかなんて、もうどうでもよかった。
“好き”と言われながら、激しく貫かれる快楽。
身体が裂けるほどの衝撃と共に、深く、深く貫かれていく。
繰り返される律動。汗と涙と、秘めた蜜が混ざり合い、私はただ喘ぐことしかできなかった。
明け方、シーツの中で彼に抱かれているとき。
私はぽつりと呟いた。
「……これは、夢じゃないですよね?」
彼は黙って私の額に口づけを落とした。
答えなんて、最初からなかった。
けれど、身体は覚えてしまった。
あの夜の味と、温度と、“好き”という言葉の重さを。
今でも、金曜の夜になると、思い出す。
居酒屋の熱燗の香りと、エレベーターの中で奪われた唇の余熱。
あの夜、私は確かに堕ちたのだ。
もう、戻れない場所まで――。



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