夫より一回り年上の彼と結婚して十数年が経つ。
今も変わらず優しく、家計を支え、私に穏やかな日々を与えてくれる人。けれど――女としての私は、もうずっと、触れられていない。
ふとした瞬間に寂しさが滲む。
ベッドに背中を向けて眠る夫の呼吸を聞きながら、私は静かに目を閉じる。
けれどその夜、まぶたの裏に浮かぶのは、別の誰か。
まだ若く、熱く、私を求めてくれた“彼”の視線だった。
──あの出会いは、私のほうから仕掛けた。
きっかけは、小さな虚栄心だったのかもしれない。
街ですれ違う若い女の子たちの、張りのある頬や、軽やかな足取り。
鏡に映る自分の輪郭は、確かにまだ崩れてはいない。肌艶もある。体型も維持している。
でも誰も、気づかない。私は“透明な女”になりかけていた。
だから、私は探した。
“見てほしい”と願う自分を肯定してくれる場所を。
──出会い系サイト。
最初は躊躇った。けれど、もう一度、誰かに触れてほしかった。
年下の、熱く若い身体に。
私は、自分でも驚くほど大胆なプロフィールを書き込んだ。
「教えてあげる。男と女の、甘くて深いところまで。」
数時間後、一通のメッセージが届いた。
「童貞です。でも、本当に教えてくれるなら…会いたいです。」
差出人は、“ユウタ”という名の、二十歳の大学生。
その文字を見た瞬間、私の胸の奥に、何かが火を灯した。
待ち合わせは、駅前のカフェ。
午後の柔らかな陽射しのなか、彼は少し緊張した面持ちで現れた。
グレーのパーカーに、少しクセのある髪。真っ直ぐな眼差しが、初々しくて眩しかった。
「……本当に、おばさんでよかったの?」
少し笑って尋ねた私に、彼は頷いた。
「おばさん、なんかじゃないです。綺麗な人だなって、思いました。」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
誰かに“綺麗”と言われたのは、いったいいつ以来だったろう。
彼の隣を歩きながら、私は自分のヒールの音を久しぶりに心地よく感じていた。
女としての感覚が、少しずつ目を覚ましていくのがわかった。
ホテルのエレベーターに乗るとき、彼の手がわずかに私の手に触れた。
ほんの一瞬。でもその熱は、指先からじんわりと私の奥へと伝わってくる。
部屋に入り、私はカーテンを閉めた。
彼はソファに座って落ち着きなく視線を彷徨わせている。
その仕草すら、私を濡らしていく。
「大丈夫よ。怖がらなくていいから。」
私はゆっくりと彼の隣に腰を下ろし、そっと彼の頬に手を添えた。
その肌の滑らかさ、温度。まだ誰の痕も刻まれていない“未踏の身体”。
私は、その最初の痕跡を、自分の手でつけてしまうのだ。
キスは、触れるだけだった。
けれど彼の身体はすぐに反応した。
息が止まり、目が見開かれる。そして、腰のあたりに硬く主張する熱。
私は微笑んで、彼の耳元で囁いた。
「これが、男になるってことよ。もっと感じて、覚えていくの」
彼のシャツを脱がせ、白い胸に指を這わせる。
触れられるたびに、彼の身体は震え、こわばり、息が詰まる。
その反応のひとつひとつが、私の中の快楽のスイッチを押していく。
“教えること”が、こんなに興奮するなんて。
私は、知らなかった。
彼のズボンを下ろすと、そこに現れたのは──
まるで自らを誇示するように、天を向いて躍動する生。
ピクリと震え、脈打つその先端に、私は言葉を失った。
「……綺麗ね」
そう言って頬にあてがうと、彼は小さく喘いだ。
私はそっと口に含み、ゆっくりと舌を這わせる。
すると、彼の身体が跳ねるように震えた。
「だめ……もう、出そう……っ」
彼の声に、私はさらに深く吸い込んだ。
そして、一分も経たないうちに、彼は果てた。
喉奥に広がる若い生命の味。
それは背徳でありながら、私の中の“女”を歓喜させた。
私は笑って、彼の髪を撫でる。
「大丈夫。最初は、みんなそうなのよ。」
その後、私は“本当の抱き方”を彼に教えた。
ゆっくりと腰を導き、私の中へ迎え入れる。
彼が初めて私の奥に入ってきたとき、私は自分でも驚くほど濡れていた。
彼の動きに合わせて、私は喘ぎ声をこぼす。
「そう……そこ、いいわ。もっと、奥まで」
教えるたび、私の中に火がついていく。
彼の眼差し、汗の匂い、手探りの快感。
彼は、私の腕のなかで、確かに“男”になっていった。
そして私も、久しく忘れていた“本物の悦び”を、彼の体温のなかに見つけた。
――その日、彼は三度、私の中で果てた。
私はそのすべてを受け止めながら、彼の額にキスを落とす。
「これから、もっと気持ちよくなれる方法……教えてあげるわね」
彼が笑った。その笑顔が眩しくて、私は思わず目を伏せた。
だけどもう、逃げられない。
彼を“育てる”快感は、私の中に新たな渇きを呼び覚ましていた。
次のレッスンは、金曜の午後。
夫がいない静かな家で、私は再び、女としての扉を開くつもりだ。
夫は、いつも通りキャリーバッグを転がして出ていった。
玄関の扉が閉まる音。エンジンが遠ざかる気配。
その一つひとつが、まるで合図のように、私の身体を静かに火照らせていく。
今日は、金曜。
彼と再び会う約束をしている午後。
リビングのテーブルに、彼のために淹れた冷たいハーブティーを置いて、私は鏡の前に立つ。
白いレースのキャミソール。脇のラインがすっと落ちて、胸元が柔らかく浮き立つ。
下は同じくレースのショーツ。その上に、ゆるく紐を結んだシルクのガウン。
どこか“未完成”にしておくことで、彼の視線に火をつけたかった。
ピンポン、という控えめな音。
扉を開けると、そこに彼がいた。
前より少し背が伸びたように感じた。
けれどその眼差しはまだ、あの日のままの熱を宿している。
「…本当に、来てくれたんだね」
「もちろん。今日は、ちゃんと“続きを”教える日だから」
私は微笑み、彼の手を引いて部屋に上げる。
靴を脱ぎながら、彼は少し照れくさそうに部屋を見回した。
「…緊張してる?」
「うん、ちょっとだけ。でも……ずっと楽しみにしてた」
その言葉だけで、私の奥が、密やかに濡れ始めていた。
ベッドの上に腰掛け、彼を前に座らせる。
彼のシャツに指をかけながら、私は囁く。
「前回より、長く気持ちよくなれるように……ね?」
彼は頷き、首筋まで紅潮させながら、そっと私の膝に手を置いた。
その手が震えている。けれど、その震えこそが私を昂らせる。
「まずはね、触れることから、もっと覚えていこうか」
私は彼の手を取り、自分の胸元に導いた。
布越しに伝わる鼓動と柔らかさ。彼の目が潤んでいくのがわかる。
「…すごい。あったかい」
「もっと、ちゃんと触って。包むように、ゆっくりね」
彼の指が、私の胸をなぞり、軽く揉む。
指の腹がまだたどたどしい。けれど、その拙さが、どうしようもなく私の奥を疼かせる。
「……そこ、気持ちいい」
そう囁いた瞬間、彼の目が見開かれた。
“自分の手で女を感じさせた”という驚きと興奮が、その顔に刻まれていく。
私は彼のシャツを脱がせ、キスを落としながら、言葉で誘導する。
「背中も好きよ。肩甲骨のあたりを舌でなぞられると、ゾクゾクするの」
彼は、言われた通りに私の背に口づける。
その温もりに、私は思わず喉を鳴らした。
そして──私自身の指で、自分の太腿を撫で、ガウンの紐を解く。
「今日は、あなたにも……私の“奥”を、知ってもらうね」
ゆっくりと彼の腰に跨がると、熱く脈打つものが私の入口に触れた。
擦りつけるだけで、快楽の波が脚の付け根を打つ。
「焦らないで……目を見て。入れる瞬間ってね、すごく大事なの」
彼の瞳を見つめながら、私はゆっくりと彼を受け入れていく。
ズン──と、若い命が私の奥へと沈み込む。
「っ……すご……」
彼の声が震える。
私の中も、ずっと待っていたように彼の形を締めつける。
「動かないで……そのまま……今、あなたが私の中にいるの、わかる?」
彼はただ頷いた。目が潤み、唇が微かに開く。
その顔が、たまらなく愛おしかった。
私は、わざとゆっくりと腰を回す。
彼のものが、私の壁をかき混ぜるたび、頭が真っ白になりそうになる。
「こうして……角度を変えると、奥が当たるの……あっ、そう、そこっ……」
声が漏れるたび、彼の腰が自然と動き始める。
もう教えなくても、彼は“女の悦び”を感じ取ろうとしている。
それが、私にはたまらなかった。
何度も、何度も、揺れる身体。
触れ合う熱。ぶつかる骨盤。滴る汗。
「……イキそう……っ」
彼がそう言った瞬間、私は彼の手を自分の胸に当て、囁いた。
「一緒に、感じて……思いっきり、出して」
次の瞬間、彼の奥から押し寄せる奔流が、私の身体を突き上げた。
私は彼を強く抱き締め、唇を塞いだ。
指先が痺れるほどの快楽。
女として、教える悦びと教えられる悦びが、溶けあっていく。
しばらくして、私は彼の腕の中で、静かに呼吸を整えていた。
肌の温もり。鼓動のリズム。
それはどこか、遠い昔の恋に似ていた。
彼の指が、私の髪を梳く。
「……もっと、上手くなりたい。もっと、あなたを感じさせたい」
その一言が、私の胸を締めつける。
快楽ではない感情が、ゆっくりと、心に染みていく。
──私が、堕としているはずだった。
なのにいつの間にか、私の方が、深く深く沈んでいた。
私は彼の頬にキスを落とし、囁いた。
「じゃあ、また来週も……レッスン、続けましょうね」
土曜の午後、夫は家にいる。
テレビの前で新聞を読んでいるその背中は、何も疑っていない。
私は台所で、スープの鍋をかき混ぜながら、スマホの通知をこっそり確認した。
「今、近くまで来てます。会えませんか?」
ユウタからのメッセージ。
胸がざわつく。
断るべきだった。でも指は、勝手に動いていた。
「夫、リビングにいるけど……15時に寝室の窓、少し開けておく」
送信してしまった瞬間、心臓が高鳴った。
鍋から立ちのぼる蒸気の向こうに、私は見てはいけないものを見ている気がした。
その日は、夫の機嫌が良かった。
「たまには二人でどこか出かけようか」
そんな言葉すら、久しぶりに聞いた。
だけど、私はすでに“彼”との約束をしていた。
「ちょっと頭痛いから……少し横になるね」
そう言って、私は寝室へと逃げ込んだ。
彼の気配が、この家に忍び込むその時間まで。
15時3分。
カーテンの隙間から、ユウタのシルエットが見えた。
細い身体がフェンスを越え、そっとベランダに立つ。
「……来たのね」
私は、何かの儀式のようにベッドの上に座り、彼が入ってくるのを待った。
部屋のドアは、そっと鍵をかけた。
「本当に、旦那さんいるの……?」
ユウタが囁くように言った。
その声は、怖がっているというより、興奮で喉が震えていた。
「……そうよ。すぐ隣の部屋に。でも、静かにすれば、気づかれないわ」
私は彼の唇を奪い、ベッドに押し倒した。
心臓の音が、耳の奥で何度も爆ぜる。
けれど、それ以上に私を奮い立たせたのは――この背徳の中でしか得られない快感だった。
彼の指が、私のショーツの上から滑る。
「濡れてる……」
そう囁く声に、私は微かに笑った。
「そうよ……あなたのせい。こんな状況で……欲しくなるなんて」
彼の熱が、私のなかにゆっくりと入り込む。
その瞬間、リビングの方からコップが置かれる音がした。
ゾクリとした。
「だめ……声、出さないで……っ」
私は彼の首に腕を回し、腰を揺らす。
すべての神経を、感覚に研ぎ澄ませて。
ベッドの軋み、彼の息遣い、私の熱。
そのすべてを“無音”のなかで交わらせるというスリルが、逆に私を昂らせた。
彼の動きは次第に荒くなり、私は耳元に唇を寄せて囁いた。
「イキそうになったら……私の胸に、ぎゅっとして。音が漏れないように」
彼は頷き、最後の律動を繰り返した。
そして──震えるように絶頂を迎え、私の胸に顔を埋めた。
私は彼の髪を撫でながら、天井を見つめる。
隣の部屋にいる夫の存在が、じわじわと私の背に冷たい汗を這わせる。
だけど、私の下腹部はまだ、火照ったままだった。
数分後、ユウタは私の額にキスをして、窓から出ていった。
私はシーツを直し、口紅を塗り直してから、リビングに戻った。
夫はテレビを観ていた。
何も変わらない、日常の顔で。
「……頭痛、治ったか?」
「うん、少し寝たら楽になった」
微笑んで紅茶を淹れる私の手は、まだ微かに震えていた。
けれど、夫は気づかない。
きっと、これからも。
でも私は、いつか気づかれてしまうことを――
どこかで願っていたのかもしれない。
それが、罰でもあり、快楽でもあるのだから。



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