【第1部】匂いに濡れる──煙草と酔いと、沈黙の檻の中で
あの夜、私は職場の先輩と二人、居酒屋の片隅で並んで座っていた。
お酒はあまり得意じゃないけれど、先輩に勧められるままに、グラスを空けていた。炭酸の泡が喉をなぞるたび、頭の奥がふわりと浮いて、言葉も、距離感も、あやふやになっていった。
「そろそろ、彼が迎えに来てくれるから」
そう言った先輩が、スマホを見つめてふっと笑う。
その笑顔がどこか誇らしげで、私はなぜか、胸の奥がつんとした。
店の外に出ると、夜の空気がぬるく絡みついてきた。
少し汗ばんだ首筋に風が触れて、私の身体はわずかに震える。
そして──
目の前に止まった黒い車のドアが、静かに開いた。
「乗って」
運転席にいたのは、先輩の彼氏だった。
背が高く、肩幅が広くて、髪は少し乱れていて。
ドアの隙間から立ち昇ったのは、濃厚なタバコの匂いだった。
一瞬、足がすくんだ。
けれど、断る理由が見つからなくて。
私は黙って後部座席に乗り込んだ。
ドアが閉まると、密閉された車内に、タールと革のような重たい香りが広がっていた。
その匂いが、酔っていた私の胃をきゅうっと締めつける。
少しだけ吐き気がした。でも──それと同時に、なぜか奥の方がじんと熱を帯びた。
見透かされたように、彼の視線がルームミラー越しに私を捉えた。
「……具合、悪い?」
低くて落ち着いた声。
振動が背中の骨に伝って、指先がじわりと湿っていくのを感じた。
「大丈夫……です」
かすれるような声が、自分でも意外だった。
タバコの匂いに反応していたのは、嫌悪感だけじゃなかった。
この密閉された空間が、まるで檻のようで──私の中の何かが、ひどく疼き始めていた。
助手席の先輩は、笑いながら彼に話しかけていた。
けれど私はもう、うまく会話に加われなかった。
視線が、体温が、呼吸が、全部、車内に滲む煙のように絡みついて。
そして、ルームミラーに映る彼の目が、ふと、ほんの一瞬だけ、私だけを見た。
──その瞬間、下腹がきゅうっと疼いた。
彼のものになりたいなんて、思ったわけじゃない。
でもその目が、先輩ではなく“私”を捉えたとき、
身体のどこかが、静かに濡れ始めてしまったのだ。
家に着くまでのあいだ、私は何度も目を閉じた。
車の匂いに酔いながら、頭の奥がふわふわして、身体が熱くて──
でも、目を閉じても、ミラー越しの視線の熱が、まだ頬に残っていた。
彼の匂い。彼の声。彼の視線。
全部、先輩のもののはずなのに。
私はその夜──確かに、彼に身体の“どこか”を開かれてしまったのだった。
【第2部】「ゆっくり、ゆっくり、溶けていく──舌の湿度と背徳の温度」
あの日、偶然だった──なんて、きっと言い訳。
レンタルビデオ店の隅。
背後からふいにかけられた声に、心臓が跳ねた。
「……こんなところで会うなんて、奇遇だね」
タバコの匂い。少し笑ったような低い声。
あの夜、ミラー越しに見た瞳を思い出す。
「喉、乾いてない?」
ただそれだけの誘いに、私は頷いていた。
断れなかった。
本当は、断ちたくなかったのかもしれない。
喫茶店だと思っていた。けれど彼が連れて行ったのは、焼肉屋だった。
狭く、煙が充満した店内。
彼は私の隣に座り、いつの間にか膝が触れ合う距離。
「飲めるでしょ? 大丈夫だって」
頼んでもいない生ビールが置かれ、断りかけた私の手を、
彼の指先がそっと重ねてきた。
「早く飲まないと、緩くなっちゃうから」
その言葉に、喉が乾いたような錯覚を起こして、
私はその泡立つグラスを口に運んだ。
──泡が、唇の粘膜にまとわりついていく。
舌の奥が熱くなる。胃の底が燃える。
酔いが回ると、言葉が鈍り、思考がゆるむ。
彼の手が、私の太ももに落ちてきたのは、その直後だった。
「ちょっと、休もうか。ね?」
言い訳のきかない沈黙の中、
私たちは静かに、どこかのホテルに吸い込まれていった。
部屋に入ってすぐ、
彼は私の髪に触れた。
頬に指を這わせ、耳元にそっと唇を寄せる。
「……汗、かいてる。感じやすいんだね」
吐息と一緒に紛れ込む煙草の匂いが、私の背中をぞくっと這った。
彼の舌が、首筋に触れた瞬間──
呼吸が止まった。
耳の裏、鎖骨、胸の上。
彼はゆっくりと、焦らすように、舌を這わせていく。
唾液の湿り気が、肌の上に音もなく残り、それが、
私の感度をじわじわと開いていった。
服の上から、指が乳首をなぞる。
布越しなのに、そこはもうぬるんでいた。
「……下も、濡れてる?」
問いかけに答えられないまま、
私はソファに押し倒されていた。
彼の舌は、私の下腹へ向かって沈んでいく。
パンティをずらされ、
吐息一つで触れる前から、私は濡れていた。
「きれいだね……ほら、見て」
そう囁きながら、彼は私の脚を開いたまま、
花びらの奥を、ゆっくり、吸い上げた。
舌が、ねっとりと、肉の奥を探ってくる。
初めて知った──
唇ではなく、舌で愛されるという快楽を。
「……んっ、や……っ」
抑えた声が喉から漏れる。
彼の唇が吸い、舌が撫で、指がゆっくり挿れられていく。
それは挿入ではない、“受け入れ”だった。
奥がじわじわと開いていく。
身体が、まるごと溶けていくような錯覚。
「大丈夫、ちゃんとつけるから」
そう言って、彼はコンドームを指にかけ、
丁寧に装着する様を、私に見せた。
「初めてなの?」
問いに、私は頷けなかった。
でも──
その瞬間、彼が私の中に沈んできたとき、
身体が“初めて”のように反応した。
押し広げられて、満たされていく。
奥の奥に届くたび、視界が白く揺れる。
汗と、吐息と、湿った音。
ベッドの上で何度も揺れながら、
私は、罪と悦びの境目を見失っていった。
【第3部】剃毛と中出し──もう戻れない、快楽に剃り上げられて
ホテルの鍵を開ける彼の背中を、私は黙って見ていた。
もう迷いはなかった──わけじゃない。
でも“抗う”という選択肢だけが、私の中から消えていた。
「今日は、ちょっとやってみたいことがあるんだ」
彼がそう言ったとき、バッグから取り出したのは小さな電動シェーバーだった。
「……剃っても、いい?」
その声に、何も答えられなかった。
けれど私の脚は、自ら開かれていく。
ベッドの上、膝を立て、内腿を震わせながら、私は静かに頷いた。
彼の手がショーツを脱がせたとき、
湿って張りついたそれが、肌からはがれる音が微かに響いた。
「……やっぱり、今日もすごく濡れてるね」
シェーバーが唸りはじめた。
その微細な振動が、肌の最も柔らかいところを撫でていく。
剃られる音。皮膚のざわめき。
膣の奥が、舌を欲しがるようにうずいていた。
「ここ……全部、つるつるになるよ」
彼の声は、まるで撫でるようだった。
剃毛が終わると、彼はそこに口を寄せた。
「うん、すごくきれい……もう、舐めるしかないでしょ」
そう囁いて、剃りたての場所を、
まるで蜜を吸うように、丁寧に、ゆっくりと、吸われた。
舌先が、無防備な粘膜に触れた瞬間、私はベッドに指を食い込ませて声を殺した。
「ん……ぁっ……や、あっ……っ」
声が漏れるたびに、彼の舌は深くなる。
膣口のわずかな動きにさえ反応する、敏感になりすぎたその場所に、
舌が沈み、唇が吸い、指がゆっくり挿れられていく。
そして──
「今日は、ナマで、入れるよ」
彼の声が、まるで甘く優しい許しのように響いた。
私は、ただ目を閉じた。
それは承諾ではなく、沈黙という服従だった。
何も身につけない彼の熱が、私の奥にゆっくり、重く、沈んでくる。
剃られた粘膜に、むき出しの肉が触れる。
ぬるんだそこに、肉の太さと熱さが、ずぶずぶと沈む。
「……あっ……んっ……んんっ」
もう、まともに呼吸できない。
腰を掴まれ、動かされるたびに、奥の奥が響き、
快感と羞恥が同時に頂点を超えていく。
そして──
最後の瞬間。
「中、出すよ。……そのまま、いく」
言葉と同時に、ずん、と深く突き上げられた。
熱い液が、体内に放たれていく。
逃げ場のない奥に、じゅくじゅくと、あふれていく感覚。
その重みが──
その圧倒的な支配の証が──
私の中の“戻れる可能性”を、根こそぎ奪っていった。
私は、彼に中を出される女になった。
シャワーの音が遠くで響く中、
剃られ、出され、躰の奥で熱を抱えたまま、私はベッドに横たわっていた。
彼はタバコを吸いながら、ふいに言った。
「先輩よりも、お前のほうが会ってる回数、多いんだよな」
煙草の煙が、ゆっくりと部屋を満たしていく。
その匂いが、もう私には──
愛撫の予兆にしか思えなかった。
罪悪感は、遠い。
今はただ、出されたことの余韻だけが、じんわりと子宮を温めていた。
もう私は、
剃られて、舐められて、濡れて、出されるために彼に会う。
その事実が、私を女にしたのだ。
──先輩、ごめんなさい。
でも、私はもう……この快楽から、戻れない。


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