三十を過ぎて、やっと手にした穏やかな暮らしだった。
夫の健人とは三年目。付き合っていた頃と比べても、むしろ今のほうが関係は深くて、夜だって、お互いの身体に素直になれる日が多い。
だからこそ、こんなことになるなんて──自分でも信じられない。
きっかけは、ふとしたメッセージだった。
大学時代の友人、由佳からのLINE。
「ちょっと変わった高額バイト、興味ない? モデルなんだけど……セミヌードの可能性も。でも大丈夫、ちゃんと品のある仕事で、信頼できる人たちがやってる」
半信半疑で、けれどなぜか惹かれて。
返信を送るまでに時間はかからなかった。
その夜、健人に話すと、彼は驚いた表情のまま少し黙り、それから口元をゆるめて言った。
「……恵那がやってみたいなら、応援するよ」
「見せるだけで、触れさせるわけじゃないんだろ?」
その“だけ”という言葉に、私はなぜか喉が熱くなった。
見せること、晒すこと──その先にある“もしも”に、私の中でなにかが芽を出してしまった。
撮影スタジオは目黒の古びた一軒家を改装した空間だった。
白壁、無垢材の床、そしてところどころに置かれたクラシックなソファ。
光の入り方さえ、なぜか肌を誘うようで……脚を一歩踏み入れただけで、なにかが始まってしまう予感に包まれた。
「恵那さんですね。お会いできて嬉しいです」
カメラマンの平井は40代後半。黒いシャツに痩せた身体、眼差しだけが異様に濃い。
その隣にいたのが、潤──アシスタント。
白Tシャツの下に鍛えられた筋肉、けれど無垢な瞳。目が合うたびに、私の中の“女”がざわついた。
「こちら……ギャラになります」
手渡された封筒には、事前に聞いていた額よりもはるかに多くの札が詰まっていた。
「……こんなに?」
「特別です。恵那さんの“雰囲気”に、僕らは賭けてるので」
平井の声は低く、熱を帯びていた。
その言葉に、妙な高揚が胸に走る。
最初の数カットは洋服のまま。
深くスリットの入ったワンピースで、腰に手を当て、光を浴びるように立たされる。
「いい……そのまま。脚、もう少し開いて……そう、恵那さんの“奥行き”が欲しい」
“奥行き”──その言葉に、身体の内側がひくりと反応する。
カメラのレンズが、見えない指先で私を撫でているような錯覚。
私が誰かに「見られている」ことが、こんなにも熱いなんて。
「次は少し、肩を落としましょうか」
潤が言った。
その指先が、私の背中に触れる。優しい、でも芯のある、男の手。
ジッパーが下ろされる音が空気を裂き、ドレスが肩から滑り落ちた。
私は下着姿になり、立ち尽くす。
「とても……綺麗です」
潤の目が、まっすぐに私の胸元を見ていた。
その視線は、空気より重く、体温より熱く、身体の奥まで届いた。
オイルのような光沢を出すために、潤がオイルを手に取って私の肌に塗っていく。
鎖骨、肩、二の腕──
触れるたびに、オイルだけでなく、彼の手の温度が私を侵してくる。
「……冷たくないですか?」
「……むしろ、熱いです」
私の声は震えていた。
それに応えるように、彼の手が滑っていく。乳房の下縁をかすめ、下腹部へ。
ショーツのラインぎりぎりを撫でたとき、私は腰をわずかに逃がしてしまった。
けれど、逃げたつもりのその動きは──彼を拒むのではなく、誘っていた。
「最後のセット、いきましょうか」
平井の声が遠く聞こえる。
潤が後ろに回り、私のショーツを指で挟んだ。
「これ……下ろしていい?」
その言葉は、もう「撮影のため」の問いではなかった。
男と女としての、許しを問う声だった。
私は、頷いた。
ショーツが滑り落ち、私は全裸になった。
けれどそのとき、羞恥よりも先に身体の奥がうずき始めていた。
潤の目が、私の全身をなぞり、唇が乳首に触れた瞬間──
「……んっ」
甘い声が漏れ、私は太ももを震わせた。
彼の手が、私の脚の間に入り込む。
そして、指ではない──
熱く、重く、息を呑むほどの存在が、私の下腹部に当たった。
「……入れて、いい?」
問いかけの声が震えていたのは、潤のほうだった。
けれど私は、答えるより先に、自分の腰を押しつけていた。
次の瞬間──
あり得ないほどの“太さ”と“長さ”が、私の中へと突き刺さってきた。
身体が、裂ける。
けれど、痛みじゃない。
快楽と恐怖が同時に押し寄せ、私は一度、悲鳴のような声を上げた。
「……恵那さん、すごい、締まってる」
彼がそう言いながら、私の中を、容赦なく、深く、抉るように突いてくる。
私はもう、言葉なんて出せない。
指先は硬く握りしめ、視界は滲み、腰は反射的に彼を求めて動いていた。
「……んぁっ……ああっ……」
私の声が、空間に漏れていく。
潤の動きは、もう“演出”の域を越えていた。
太く、熱く、彼のものが私の奥の奥を貫き、圧迫されるたびに、痺れにも似た快感が全身を駆け上がる。
「すごい……こんなに、感じてくれるなんて……」
潤は私の背後から腰を引き寄せ、深く突き上げてくる。
そのたびに、身体の奥が押し上げられ、天井が揺れるほどの衝撃が走る。
視界の隅、カメラがまだ回っているのが見えた。
それでも私は、もう“見られている”ことすら快感の一部になっていた。
「……もっと……きて……奥まで……」
自分の声があまりに淫らで、でも、それすらも赦されたような気がした。
潤は息を荒げながら、私の髪をかき上げ、肩に口づけを落とす。
「……恵那さん、イキそう?」
「……わからない、でも……止まらないの……」
彼が片手で私の胸を揉みしだき、もう片方の指先で私の蕾を愛撫すると──
その瞬間、腰の奥が爆ぜた。
「んっ……あっ、ああああぁっ……!!」
崩れるように、私は潤の腕の中で達していた。
痙攣のように震える身体を、潤が抱きしめながらゆっくり抜こうとする。
けれど、私の奥が彼を咥えたまま、離そうとしなかった。
「……抜かないで……まだ……もう一度……」
理性はどこかへ消え、私の中の“女”が完全に目を覚ましていた。
潤はそれに応えるように、私をベッドに押し倒し、正面からの体位で深く挿し込んでくる。
巨根がまたすべてを塞ぎ、私の腹を突き上げたとき──
脳が真っ白になる。
「……すごい……もう……壊れちゃう……」
汗が混ざり、吐息が絡み、二人の身体は一体となって何度も絶頂を交わした。
何度目かの波に襲われたとき、私は涙を流していた。
それは後悔ではなく──
生まれて初めて「奥まで満たされた」という実感による、涙だった。
【余韻編】──“見つめる瞳が、私の罪を照らしていた”
シャワーを浴び、スタジオを出たのは日暮れの頃だった。
身体にはまだ潤の温もりが残っていて、歩くたびに内腿がひりつく。
電車の中、ガラスに映る自分の顔が、妙に艶っぽく見えた。
潤に抱かれた自分──
その事実を、罪だとは思わなかった。
むしろ、どこかで私は“目覚め”を感じていた。
けれど、家のドアを開けて、健人の笑顔を見た瞬間──
胸の奥が、ひりついた。
「おかえり、恵那。疲れてない? 夕飯、作って待ってたよ」
彼の手が私の腰に触れる。
その手のひらは優しくて、穏やかで──だけど、潤の太く熱い指とはまるで違った。
「うん……ありがとう。すごく、いい経験になった」
私はそう言いながら、笑顔を返した。
でも、ソファに座った彼の横に並んだとき、潤に貫かれた奥が、じんわりと疼いた。
濡れていることに気づき、私は思わず脚を閉じた。
夜──
健人に抱かれながら、私は潤の身体を思い出していた。
夫の腕は優しい。
だけど──あの熱、あの深さ、あの太さ……身体は忘れてくれなかった。
罪と快楽の境界は、こんなにも曖昧で、甘美なものだったのだと──
私はその夜、天井を見つめながらそっと泣いた。
涙の理由は、わからなかった。
けれど確かに、私は“何か”を取り戻したのだと思った。
それは女としての感覚。欲望を抱きしめる力。
そして、「見られること」に対する、新しい悦び。
あの日、脱がされたのは肌だけじゃない。
もっと奥に隠していた“女”としての本能だった。
それを暴いたのは、潤の太さでも、平井のレンズでもなく──
私自身だったのだと、今なら、わかる。


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