疑惑の訪問
数日後の午後、保健室の扉が静かに開いた。
「先生、少しお話しできますか?」
そこに立っていたのは、彼の彼女だった。
私は彼女の表情を見て、ただならぬ気配を感じた。
「もちろん。どうしたの?」
彼女はベッドの端に腰を下ろし、小さく息をつく。
「直人と先生……何か、ありますか?」
私は微笑みながら、冷静に答えた。
「何もないわ」
彼女の視線が私を試すように揺れる。
「でも、直人の様子が……最近違うんです。まるで何かに囚われているみたいで」
私はゆっくりと彼女に近づいた。
「そんなに疑うなら……一度、彼と話してみる?」
私は意識的に言葉を選んだ。
「え……?」
「少し具合が悪いようね。ベッドで休んで。私が直人を呼んでくるから」
彼女は戸惑いながらも、私の言葉に従い、静かにベッドへと横たわった。
「少しの間、目を閉じていて。きっと楽になるわ」
私はそっと毛布を掛け、彼女の額に手を当てる。
「……ありがとうございます」
彼女の呼吸がゆっくりと落ち着く。
私は時計を見て、静かに保健室を出た。
廊下を歩きながら、携帯を取り出し、直人にメッセージを送る。
——「今すぐ保健室に来て」
風が廊下を吹き抜ける。
私は背後を振り返りながら、保健室の扉を閉めた。
この数分の間に、何が起こるのか。
私は確かめるつもりはなかった。
ただ、彼がどんな選択をするのか——それだけを知りたかった。
交錯する想い
直人が保健室の扉を開けたとき、薄暗い室内には静寂が広がっていた。
「……先生?」
だが、そこにいたのは彼女だった。
ベッドの上で目を閉じていた彼女が気配を感じて身を起こす。
「直人……来てくれたんだね」
彼の視線が揺れる。思いがけない状況に、言葉が出なかった。
「先生は?」
「さっき、少しの間席を外すって……私の体調を気遣ってくれて」
彼女は微笑むが、その瞳の奥には疑念が滲んでいる。
「ねえ……直人、本当のことが知りたいの」
直人はわずかに眉をひそめた。
「本当のこと?」
「先生と、何かあるんでしょう?」
彼の肩が強張る。静寂が二人の間に漂い、冷たい風が窓の外を吹き抜けた。
「そんなことは……」
彼の声はかすれ、彼女の目を見られない。
彼女はそっと毛布を握りしめながら、静かに問いかける。
「私のこと、まだ好き?」
その言葉が、彼の胸の奥に鋭く突き刺さった。
「もちろん……そうだよ」
だが、その答えはまるで自分自身に言い聞かせるかのようだった。
「なら、証明して?」
彼女は直人の手を取る。その仕草は優しく、しかしどこか不安げだった。
「ここで……確かめさせて」
直人の喉が鳴る。
この部屋で、彼女と二人きり。
扉の向こうには、先生が戻ってくるかもしれない。
彼は息を飲んだ。
隠された視線
その瞬間、部屋の隅でわずかな光が瞬いた。
彼は気のせいかと思いながらも、背後に視線を感じた。
カーテンの陰に、何かがあるのか——。
不意に、彼の指に力がこもる。
彼女はその変化に気づいた。
「どうしたの……?」
「いや……なんでもない」
だが、彼の背中にはうっすらと汗が滲んでいた。
部屋の静寂が、余計に緊張を煽る。
直人の選択は、ここで決まる。
彼は何を求めているのか。
それを見つめているものがいるとしたら——。
扉の向こうの足音が遠ざかる。
そして、部屋の奥で微かに光がまた瞬いた。
この瞬間、直人は何を選ぶのか。
彼女を信じるのか。
それとも、この視線の向こうにいる存在を意識するのか。
彼の心臓が高鳴る。
外では風が吹き、カーテンが揺れていた。
この瞬間、すべてが交錯する。
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