後日
あの日から、私たちはまるで何もなかったかのように日常へと戻っていった。しかし、静寂の裏には絶え間ないやり取りがあった。陽介とは頻繁にLINEでメッセージを交わし、何気ない日常の報告や、たわいもない会話が続いた。
「今日のリハビリ、すごく順調だったよ。」 「よかったわね。もう痛みはない?」 「うん。でも、ゆりかさんに会いたい…。」
そんな短いメッセージに、私の心はかすかに揺れた。
互いに名前を呼ぶだけで、触れられない距離にいながらも、心が寄り添っているのを感じた。病院では許された秘密の時間も、今はスマホの画面越しにしか共有できない。それでも、彼が私だけに送る言葉の温もりに、確かに愛おしさが宿っていた。
数か月後
陽介が退院してから数か月が過ぎた。彼は着実にリハビリをこなし、ついに復帰戦を迎えることになった。試合の日、私はこっそりと観客席に足を運んだ。
スタジアムは、まるで熱を持った空気で満ちていた。ピッチの上に立つ陽介の姿は、病室で見た彼とはまるで別人のようだった。堂々とした立ち振る舞い、鋭い視線、そして試合に懸ける情熱——すべてが輝きを放っていた。
彼がボールを蹴るたびに、スタンドからは大歓声が巻き起こる。多くの女性ファンが彼の名を叫び、陽介の一挙手一投足に熱狂していた。そんな景色を眺めながら、私は静かに微笑んだ。
「私しかしらない彼がいる…。」
病室で痛みに顔を歪め、私に頼るように囁いた声。 寂しさを隠すように、何度も送られてきたメッセージ。
そんな彼を知っているのは、誰でもない、私だけだった。
試合が終わり、陽介のチームが勝利を収めると、スタジアムは歓喜に包まれた。彼は仲間たちと抱き合い、ファンに手を振りながらピッチを後にした。
私はそっとスマホを開き、メッセージを送った。
「おめでとう、陽介。」
ほどなくして、彼から返信が届いた。
「見に来てくれてたの?」
私は答えなかった。ただ、画面を見つめ、彼の名前をそっと指でなぞった。
その瞬間、彼がピッチの出口で立ち止まり、観客席を見渡しているのが見えた。
——探しているの? 私を?
心の中でそう呟きながら、私は人混みに紛れ、スタジアムを後にした。
試合後の誘いと海の見えるホテル
試合の熱狂が冷めやらぬまま、私は人混みに紛れてスタジアムを後にしようとした。そのとき、スマホが静かに震えた。
陽介からのメッセージだった。
「この後、時間ある?」
一瞬、指が止まる。考える間もなく、心が波打つのを感じた。
彼は今、どんな気持ちでこの言葉を打ったのだろう。
私は深く息を吸い込み、スマホを見つめながら指を動かした。
「どこで?」
間もなくして、彼からの返信が届いた。
「スタジアムの裏の駐車場で待ってる。」
気がつけば、足が自然とそちらへと向かっていた。
駐車場の片隅で、彼はフードを深くかぶり、車にもたれかかっていた。夜風が彼の頬を冷たく撫でるが、その目は私を見つけると静かに熱を帯びた。
「来てくれたんだ…。」
「ええ、試合、素晴らしかったわ。」
「…ゆりかさんに、どうしても会いたかった。」
彼の言葉は、まるで遠い夜の記憶を呼び起こすようだった。
「少し、ドライブしない?」
私は小さくうなずいた。
車は静かに夜の街を抜け、やがて海沿いの道へと向かっていた。窓の外には黒く広がる海が見え、月光が波の上を滑るように照らしている。
やがて、車は一軒の海沿いのホテルの前で止まった。波の音が静かに響き、窓からは月明かりが揺れる海が見えた。
ホテルの部屋に入ると、陽介は少し照れくさそうに言った。
「病室は暗くて、ちゃんと見えなかったんだ。ゆりかさんの写真を撮りたい。」
「写真?」
「海をバックに…今のゆりかさんを残しておきたい。」
私は静かに微笑み、窓辺に立った。陽介がスマホを構え、シャッターを押す。静かな夜の空気の中、カメラの音だけが響いた。
そのシャッター音が、私の奥底の何かを震わせる。
私は、ゆっくりとボタンに指をかけた。
陽介が息を飲む音が、夜の静寂の中に溶けていった。
彼の視線が私の仕草を追う。シャッター音が鳴るたびに、私の心の奥に眠る感覚が呼び覚まされる。波の音が遠くで響く中、私は静かに陽介を見つめながら、そっと肩の布を滑らせた。
「…もっと、撮ってくれる?」
私の声は、夜の静寂の中に溶けていった。
陽介は息を呑みながら、カメラを構えたまま動けずにいた。その視線が私の肌を撫でるようで、胸の奥に甘く痺れるような感覚が広がる。シャッター音が再び響く。カメラのレンズ越しに見つめられていることが、私の中の何かを揺さぶった。
「綺麗だ…。」
彼の小さな囁きが、波の音とともに鼓膜を震わせる。撮られることの恥じらいと、見られることの昂揚が交錯し、私は自分の内側に芽生える感覚に戸惑いながらも、それを抑えることができなかった。
私はさらに布をゆっくりと滑らせ、肩から腕へと解き放つ。陽介の指が震え、彼の喉がかすかに鳴る。その仕草が、私の心の奥に潜んでいた欲望をゆっくりと目覚めさせる。
「…ゆりかさん、すごく綺麗です。」
シャッターが切られるたびに、私は自分が陽介に見られていることを意識し、そして求めるようになっていく。月の光が窓から差し込み、肌の輪郭を静かに浮かび上がらせる。
「もっと…私を見て。」
私は陽介の視線を真っ直ぐに受け止めながら、そっと身を傾けた。カメラのレンズが追うたびに、私の心はより高揚していった。
彼の指がスマホの画面を滑るたび、シャッター音が部屋に響く。その音が、まるで私の心を引き裂くように響き、私は自らの存在を陽介に刻みつけるように、さらに身をさらけ出した。
陽介の手が震えたまま、カメラを置く。その瞳が私を捉え、逃さない。
「…もっと、見たい。」
彼の声は震えていたが、その視線には確かな熱が宿っていた。
「あなたにしか、見せないわ。」
私は微笑みながら、さらに陽介へと近づいた。二人の間の距離は、もはや測ることもできないほどに近くなっていた。
静寂の中、息遣いだけが交差する。陽介の指先が頬をかすめ、私はその温もりに微かに震えた。彼の視線が私の唇に落ちる。まるで何かを求めるように、ゆっくりと、確かめるように。
「触れてもいい?」
かすれた声が夜の帳に溶ける。私は微笑みながら、頷いた。
陽介の指がそっと私の頬に触れる。その瞬間、熱が一気に広がり、私の全身を満たしていく。二人の距離が、静かに、けれど確実に縮まっていった。
彼の指が私の髪を梳き、肩をなぞる。まるで宝物を扱うように慎重で、それでいて情熱がこもっていた。
「…もっと、感じさせて。」
私は囁いた。その言葉に応えるように、陽介はそっと目を閉じ、私の肌に触れる。その動きは緩やかで、互いの心音が交わるようだった。
私は彼の胸に手を添え、ゆっくりと彼の上へと身を預ける。彼の腕がそっと私の腰にまわると、私たちはまるで夜に浮かぶ波のように、ゆっくりと揺れ始めた。
窓の外では月が静かに光を落とし、波の音が静寂の中に広がる。私はその穏やかなリズムに身を委ねながら、彼の熱を確かめるように動いた。
陽介の指が私の背をそっと這い、私の動きに応えるように強く抱きしめる。その感覚に私は微かに息をのむ。
「…あなたを感じていたい。」
私は彼の耳元でそっと囁いた。彼の手が私の背中を優しく支え、私たちの呼吸が一つに溶け合っていく。
やがて、互いの熱が絶頂へと近づくにつれ、部屋の中の空気はさらに濃密に変わっていった。揺らめく波のように、私たちは緩やかに、そして確実に高みへと昇り詰めていく。
窓の外の月が、私たちの姿を静かに見守っていた。
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