【第一章:白衣の内側に閉じ込めていた私】
――男性と手をつないだことが、ない。
40年も生きてきて、そんなことを言うと驚かれる。けれど、それが私だった。
私は、東京都内の大学病院で働く臨床検査技師。43歳。
白衣のポケットには、診断データとボールペン、消毒液入りのスプレーボトル。
人の血液を扱い、細胞を分析し、精密な数値で生命を支える仕事。
そのくせ、自分の心の温度だけは、ずっと“測れないまま”だった。
「若宮先生、午後から会議室に来てください。新しい検査システムの打ち合わせです」
外部のベンダーが入って、院内システムを全面刷新する。
そのためのプロジェクトに、私も技術監修として加わることになっていた。
会議室のドアを開けた瞬間、私は体の内側にかすかな電流が走るのを感じた。
――彼がいた。
黒のジャケットの下に、少し開いたグレイのシャツ。
髪はゆるく無造作に巻かれ、肌は滑らかで、色素の薄い瞳は、どこか儚げな光を帯びていた。
彼は、湊(みなと)くんと名乗った。
27歳。私より16歳も若い男性。
それでも私は、彼に目を逸らせなかった。
スライド資料の間を行き来しながら、タブレットを操作する長い指。
時折こちらに投げられる穏やかな目線。
何もしていないのに、私の皮膚が反応する。
心拍数が1秒に一度、確実に上がっていくのが分かった。
「若宮先生、すごく丁寧にご対応いただけて嬉しいです。
検査技師さんって、もっと無口な方が多いと思っていたので」
「……そう? 私は、数字でしか話せない女だと思ってたけど」
「そんなことないです。むしろ、言葉の選び方が、すごく綺麗だなって」
声に震えはなかったはずなのに、心の奥では何かが軋んでいた。
16歳も下の彼から向けられるまっすぐな言葉に、私は戸惑っていた。
男の人が苦手なのは、心臓のせいだった。
正確に言えば、手術の跡だ。
大学時代に心臓を患い、左胸を大きく切開した。
皮膚が引き攣れていて、見せられるものではない。
初めて好きになった人にそれを見せたとき、彼は言葉を失い、目を逸らした。
それ以来、私は“触れられること”を封印した。
肌に指が触れると、身体がこわばり、目を伏せてしまう。
本当は、抱きしめられたくてたまらない夜もあるのに。
それを、この病院の誰も知らない。
白衣の中の私は、ただの「技師長」。
感情を殺して、何十年も、ただ仕事だけを愛してきた。
でも――
湊くんの視線に包まれると、
私は、初めて“女”としての自分を思い出していた。
打ち合わせが終わる頃、彼がふと私に近づいてきた。
「今度、もしお時間があれば…食事でもどうですか?」
脳のどこかで「断れ」と指令が出た。
それなのに、唇は勝手に動いていた。
「……ええ。いいわよ。夜、予定を空けておく」
自分の声が、少しだけ掠れていたのを、彼は気づいたかもしれない。
そのとき初めて、私は気づいた。
私の身体は、触れられるのを“怖がっている”のではなかった。
本当は、ずっと、触れてほしかったのだ。
その夜、帰宅してシャワーを浴びたあと、
私はベッドの上で、湊くんの指を想像した。
長く、節の美しいその指が、もし私の肌をなぞったら――
下腹部が、じん、と疼いた。
誰のものにもなったことのないその場所が、
まるで彼の指先を待ちわびるように、
ゆっくりと熱を帯びていく。
私は、まだ、終わっていない。
私の中の“女”は、死んでいなかった。
ただ、触れる人が、いなかっただけ。
そしていま、触れてほしいと思う人が、
ようやく現れたのだ――
第二章:触れてしまったら、戻れない
その夜、私は何度も、時計を見た。
湊くんとの約束は、20時。
職場からそう遠くない、代官山のレストランでのディナー。
医療従事者としての私ではなく、**“ただの私”**で会うのは、これが初めてだった。
白衣を脱ぎ、黒いワンピースを選んだ。
襟ぐりは控えめだが、袖口から手首がすっと伸び、
背中のラインがしなやかに落ちる一着。
鏡に映る私は、知らない誰かのように感じられた。
――本当に、これでいいの?
指先が震えた。
口紅をひいた唇にそっと触れながら、自分に問いかける。
けれど、答えはもう、心では決まっていた。
彼に会いたい。
それだけだった。
***
店の入り口で出迎えてくれた湊くんは、
ネイビーのジャケットに白シャツを合わせた、
どこか“品のいい若い男”になっていた。
「あ…すごく、綺麗です」
そんな風に言われるのは、何年ぶりだろう。
言葉にできない嬉しさが、じんわりと身体をあたためていった。
食事の間、私たちはとても自然に話した。
血液検査で見逃してはならない値、
病院内での些細なトラブル、休日の過ごし方、好きな香り――
一つひとつの会話のたびに、
彼の目が、確実に私の奥を覗き込もうとしているのを感じた。
食後、グラスに残る赤ワインの縁を指先でなぞりながら、
彼がぽつりと呟いた。
「若宮さんのこと、たぶん最初から好きでした」
私は、グラスを持つ手を少しだけ止めた。
それは照れでも驚きでもない。
――怖さ、だった。
「……私ね、たぶん、すごく面倒な女よ。
傷があって、いろんなものを閉じ込めて、
肌も、心も、誰にも触れさせずに生きてきたの」
彼は微笑んだ。
「それでも、触れてみたいって思ったんです。
若宮さんの全部に」
その言葉の中に、熱があった。
触れる、という言葉の重みが、
あまりに真剣で、胸が軋んだ。
「……じゃあ、少しだけ付き合って」
私がそう言ったとき、彼の目が一瞬、大きくなった。
「家、近いの」
***
部屋の中に入ると、
わずかに焚いていたラベンダーのアロマが、
静かに、夜の気配を纏わせていた。
コートを脱いだあと、私はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし、
「何か飲む?」と聞こうとした唇が、
言葉になる前に、湊くんの手に包まれた。
「触れても、いいですか?」
私はうなずいた。
頷きながら、自分でも信じられなかった。
この身体を、ずっと誰にも触れさせなかったのに。
彼の指先が、私の手の甲から、ゆっくりと腕をなぞって上がってくる。
まるで、氷の上を撫でるような動きだった。
肌の奥が、火照っていく。
くすぐったさでも、熱でもない。
これは――快感。
シャツの第一ボタンを、彼がそっと外した。
「脱がせていい?」
私はまた、小さく頷いた。
白い肌が、空気に晒されていく。
そして、胸元に走る傷跡が、淡い照明に浮かび上がった瞬間――
私は思わず目を閉じた。
けれど、彼はそのまま、
まるで最も大切なものに触れるように、
唇で、そこにそっと口づけた。
「……綺麗です。強さが、滲んでます」
私は、涙が出そうになった。
誰にも言えなかった。
誰にも見せられなかった。
誰にも、受け入れてもらえなかったこの場所を、
彼は愛しそうに見つめてくれていた。
下着の上から胸に触れる手が、震えていた。
優しさと、欲望が入り混じるような震え。
私の肌もまた、それに応えるように熱を帯びていく。
「まだ…怖くない?」
「もう、怖くない。あなたが相手なら」
自分の唇からそんな言葉がこぼれるなんて、
10分前の私には想像できなかった。
彼の舌が、ブラの上から乳首の位置を確かめるように、
そっと、ゆっくりと、回る。
「……ッあ…」
そのたった一度の刺激で、
下腹部の奥が、きゅん、と疼いた。
足が勝手に、すり寄っていく。
身体が、求めていた。
触れられることを、与えられることを――
こんなにも、欲していたなんて。
そして私は、つぶやいた。
「……全部、脱がせて」
彼は私の言葉に、黙ってうなずいた。
ワンピースのファスナーがゆっくり下ろされていく音が、
部屋の静けさに溶けていった。
下着を脱ぎ捨てるとき、私は全身を晒す覚悟をした。
そう。
触れられたら、もう戻れない。
でも、それでもいい。
私は、いま――
はじめて、自分の“身体”に戻ってきたのだから。
第三章:愛されて、ほどけて、満ちていく
**
「こっちを、見てくれませんか?」
布団に仰向けた私の隣で、湊くんが囁いた。
薄明かりの中で、彼の瞳は深くて澄んでいて、
不思議なことに、羞恥よりも先に、安心が勝った。
彼の指先が、喉元から鎖骨へ。
鎖骨のくぼみに小さくキスを落とすと、そこから唇が胸元へ、
まるで傷跡を“聖なるもの”として祝福するように、何度も何度も、舌先で優しくなぞられた。
胸の中央に熱が集まり、
私の身体の奥が、それに呼応するようにじわりと滲んでいく。
湊くんの指先が、乳房のふくらみに沿って撫でられ、
乳首へとたどり着いたとき、私は小さく声を漏らした。
「……あっ……んっ……」
その反応が彼の背中を押したのだろう。
舌先が、乳首に触れた。
最初は、吸うように。
そして、時折、軽く歯を立てながら。
触れられたことのない場所。
触れてはいけないと思ってきた場所。
でも今は、ただ“感じたくてたまらない”場所。
身体が反応するたび、彼の唇がそこに、生きている証のように触れてきた。
**
下腹部がうずく。
足の内側が火照る。
濡れているのが、自分でも分かる。
湊くんの手が、内腿をゆっくり撫でながら、
私の視線を捉えた。
「触れるね」
その言葉とともに、指先がゆっくりと、秘められた場所に辿り着く。
布の上から、そっとなぞるように。
指の腹で、円を描きながら、中心を探るように。
布越しにじんわりと滲んだ湿り気が、やがて布を押し上げ、
「もう、いいですか?」と彼が問いかけてくる。
「……うん、来て……」
自分の唇からこぼれたその声が、
まるで誰か他人のもののように色っぽくて、切なくて、愛しかった。
ショーツをゆっくり下ろされるとき、
私は自然と膝を閉じていた。
けれど、湊くんの指がそっと膝の内側に添えられ、開かれていくと、
私は抵抗することなく、世界で一番美しくなる準備ができていた。
彼の唇が、そこに触れる。
「あっ……だ、だめ……っそんな……」
囁くような抗いも、
舌先が割れ目を沿ってすくうように動いた瞬間に、すべて溶けて消えた。
細くて繊細な舌が、私の中で最も敏感な場所に触れ、吸われ、
濡れた音とともに、私の身体が何度も跳ね上がった。
「あっ……あ、ああっ、や、やだ……そこ……」
いや、ではなかった。
もっと、だった。
喉の奥から漏れる声は、もう私の意思では止められなかった。
指が中に入ってくると、私はベッドシーツを握りしめて、
震えながら、ただ**“快感”という名の水流に身を投げていた。**
「若宮さん、大丈夫。もう、全部委ねてください」
彼がそう囁いたあと、身体の上にそっと重なった。
熱を帯びたそれが、私の入口に、静かに触れてきたとき――
私は、自分の人生がまったく新しい季節に入るのを感じていた。
**
「……初めて、なんだよね」
「うん……こわいけど……してほしいの……」
彼の手が私の髪を撫でながら、
熱をゆっくりと、少しずつ、私の中へと入れていく。
ぬるりとした感覚。
入り口が押し広げられる感覚。
異物感と圧迫と、奥の奥にまで到達していく重さ。
「あっ……く、くるしい……」
「呼吸して。ゆっくり。大丈夫……」
優しい声が、耳元で揺れる。
その声に、私は心も身体も開いていった。
**
完全に受け入れたとき、彼が私を抱きしめて動き始めた。
ゆっくりと、深く、そして確かに。
私は、男の人に抱かれるということが、
こんなにも温かく、満ちていくものだと知らなかった。
痛みが、やがて快楽に変わる。
擦れるたびに、奥が甘くうねり、身体が反応する。
快感が波のように打ち寄せ、
私はそのたびに、ひとつずつ、“女”に変わっていった。
「気持ち、いいですか……?」
「……うん……こんなに……幸せなんて……」
彼の手が、私の汗をぬぐい、
涙を拭ってくれるその優しささえ、
快感の一部になって、私を震わせた。
そして、彼が達した瞬間。
私は彼の背中に腕を回し、ただ静かに、泣いた。
「ありがとう……わたし、生きてるって、今、思えた」
彼は何も言わずに、
ただ私の額に、そっとキスを落とした。
**
外は、明け方の静寂。
窓の外がゆっくりと明るくなり始めている。
私は、彼の胸に頬を寄せながら、
遠くで鳥がさえずる音を聞いていた。
愛されたあとの身体は、
不思議なほど静かで、満たされていた。
もう、過去には戻らない。
この腕の中にいる限り、私は何度でも、生まれ変われる。
**
それが、**私の人生で最初の“朝”**だった。
第四章:彼が他の女性と笑った日
**
「この案件、湊くんが担当なんですね。頼もしい〜!」
笑い声が、思った以上に近くで響いた。
それは病院の中庭での昼休み。
私は検査科の控室から資料を届けに向かう途中、思わず立ち止まった。
ラベンダーの花壇の前で、彼――湊くんが、
院内の研修医らしき若い女性と並んでいた。
白衣を羽織ったその彼女は、笑いながら彼の肩を軽く叩いた。
彼は、くしゃっとしたあの無邪気な笑顔を向けて、頷いた。
そのとき、胸の奥にぬるりと冷たい熱が立ち上がった。
指先が冷たくなり、心臓の鼓動だけが耳の内側で反響する。
――どうして私、こんなに心がざわつくの?
たかが挨拶、たかが世間話。
だけど、あの笑顔は私だけに向けられるものだと思っていた。
それは、醜い嫉妬だった。
でも、抗えない、女としての本能だった。
**
その夜、私は彼を部屋に呼んだ。
何事もなかったように。
でも、部屋の空気はいつもよりひんやりと冷たかった。
「お邪魔します。なんか、声がいつもより静か……疲れてますか?」
「……そうかしら。そう見える?」
「うん。なんとなく」
ソファに座る私の隣に、湊くんが優しく寄り添ってきた。
けれどその柔らかさに、逆に私は心を乱された。
「ねえ、今日……あの女の子、誰?」
「……ん?研修医の瀬尾さん? 今日初めて話しましたけど」
「楽しそうだったわね。肩、触られてた」
湊くんの笑顔が少し曇った。
「嫉妬、ですか?」
私は答えずに、ただ彼の膝の上に手を置いた。
そして、静かに押し倒すようにして、彼の胸に跨った。
「私、ね……ずっと我慢してたの。
怖がらないように、触れられるように、自分を慣らして。
でも、それって違うなって今日、思った」
湊くんが、目を見開いた。
「どういう……」
私は、ワンピースの裾をたくし上げながら、
彼の手首を軽く押さえた。
「もう、我慢しない。あなたのこと、全部私のものにする。
女の顔で笑われて、他の人の匂いをまとって帰ってくるなんて……許さない」
**
それは、私の中の“支配欲”だった。
身体を教えられて、感じることを知った私が、
今度は“教える側”になろうとしていた。
「黙って。動かないで。私がするから」
下着をずらし、彼の股間に手を添えると、彼の熱がすでに膨らみ始めていた。
けれど私は、わざと焦らした。
その欲望を、あえて見つめさせた。
「これ、女の顔をした誰かに見せてたの?」
「そんなつもりじゃ――」
「でも、見せてた」
湊くんの言葉を遮って、私は彼のアレをそっと咥えた。
一度、奥まで吸い込む。
そして、すぐに抜いて、彼の顔を見つめた。
「目を逸らさないで。これは、私にしか許されない行為よ。
あなたが私以外の誰かを見たら、
この唇はもう、二度と触れさせない」
私の中の羞恥心は、すでにどこかへ消えていた。
「服、全部脱いで。私が見てる前で」
湊くんは言われるままに、シャツのボタンを外し、
ズボンを、そして下着を脱いだ。
その姿を、私はベッドの端に座りながら、ゆっくりと見下ろした。
「素直で、いい子ね。…でも、私以外に笑った罰、与えなきゃ」
私は、自分のショーツをゆっくり脱ぎ、
彼の目の前に立って、腰に手を添えた。
「私の身体、どこまで見て覚えてる?
さっきの子の身体と、どっちが綺麗?」
「……若宮さんの身体しか、見てません」
「嘘ついたら、わかるからね」
唇を舐めるように這わせながら、
私は彼のアレを腿で挟み、ゆっくりと腰を落とした。
「あ……」
挿れる。
主導権は、完全に私のものだった。
「ああっ……若宮さん……っ、すごい、きつ……」
「……誰が好き?はっきり言いなさい」
「若宮さん……若宮さんしか、いない……」
「よろしい」
私は腰を使って、彼を“屈服”させるように何度も押し込んだ。
彼の快感が高まるたびに、私の快感も連動する。
奥をこすられるたびに、恍惚の波が押し寄せ、
でも私は絶対に、彼の絶頂よりも先に果てようとはしなかった。
私の、愛のかたちだった。
**
「もう……ダメ……っ」
彼の声がかすれる。
「許すわ。私の名前、叫んで」
「若宮さんっ……若宮っ……っ!」
彼の絶頂とともに、私は彼を抱きしめた。
優しく、でも確かに、強く。
**
終わったあと、私はそっと彼の頬に触れた。
「……ねえ、私に教えて。
どうすれば、あの子より、もっとあなたを虜にできる?」
湊くんは、少し震えた声で囁いた。
「もう十分……僕は、もう、若宮さんに逆らえない」
「ふふ……それが聞きたかったの」
その夜、私は確信した。
女の嫉妬は、ときに愛を超える力になる。
そして私は初めて、
“触れられる女”から“欲しがられる女”へと変わっていった。
第五章:私が彼に罰を与えた夜
**
「ねえ、どうして黙ってたの?」
私の声は、静かだった。
むしろ、穏やかで、冷たいほどだった。
リビングの灯りは、落としていた。
代わりに、キャンドルを灯していたのは、私の意思。
そのゆらぎが、湊くんの表情を照らし、そして隠していく。
「……ごめんなさい。言うほどのことじゃないと思ってた」
「そう?じゃあ、携帯の画面に“瀬尾まゆ”って出たのは、何?」
彼は、明らかに一瞬、まばたきを多くした。
沈黙。それが、私の胸の中で小さく火を灯した。
──ああ、やっぱり。
この男は、完全に私のものではなかったのだ。
愛されていると信じた。
身体を重ねた夜の熱も、呼吸も、
一つ一つが、私だけのものだと思い込んでいた。
でも違った。
彼の一部は、まだ自由で、誰かと繋がる余地を残していた。
それが、許せなかった。
**
「脱いで」
私は低く言った。
いつもの声ではない。
いつもの“甘える私”でもない。
彼は目を見開いたまま、動かなかった。
だから、私はもう一度、今度ははっきりと命じた。
「ここで。今すぐ」
湊くんは、黙ってネクタイをほどき、シャツのボタンを一つずつ外し始めた。
私はソファに座りながら、その様子を眺めていた。
彼が全裸になったとき、私は言った。
「立って。背中向けて」
湊くんの身体がわずかに揺れた。
「背中、ね。私が好きな部位だって知ってる?」
「はい……知ってます」
私は立ち上がって、背後にまわり、
彼の背中に指先を沿わせた。
「綺麗な背中ね。誰かに抱きしめられてもおかしくない」
「……若宮さんだけです」
「嘘、つかないで。今日は嘘をついた罰を与える夜なの」
私は、事前に冷やしておいたオイルを手のひらに落とし、
その冷たさごと、彼の背中に這わせた。
湊くんの身体がびくりと跳ねる。
「黙って」
その言葉に、彼は自分の口元をきゅっと結んだ。
私は、背中をゆっくりと滑らせ、
腰骨をなぞるように、オイルを塗り込んでいく。
そして、指先で彼の臀部を開きながら、
舌を、その奥へと伸ばしていった。
「……あっ……!」
「ダメよ。声、出したら、罰を増やすから」
私は、彼の恥ずかしい部分を舐めることで、
羞恥と快感を等しく与える支配者になっていた。
彼の熱が昂り、体が震えていくのを、
私はただ黙って、執拗に舌と指で追い詰めていった。
**
やがて私は彼を振り向かせ、
ベッドへとゆっくり押し倒した。
「あたしのこと、どう思ってる?」
「愛してます……」
「それだけ?」
「全部、若宮さんのものです。心も、身体も……」
「なら、証明して。
今から、あなたがイくまで、何度も私の中で名前を叫びなさい」
私は、自分の太腿を開いて彼の腰に引き寄せた。
そして、自ら彼を深く咥え込むように沈み込んでいく。
ずぷっ、という生々しい挿入感。
私の中が、彼を包み込む。
「動いちゃダメ。私が上よ」
彼を見下ろしながら、私は、
彼の奥深くを何度も貫かせるように腰を上下させた。
「ああっ、若宮さん、あっ、若宮、さんっ、だめっ、好き、好きです……!」
「そう、もっと叫びなさい。
あたし以外の名前、二度と口にできないように、躾けてあげる」
指を唇にあてながら、私はどこまでも女の悦びに沈んでいた。
**
果てたあとの湊くんは、放心したように息をついていた。
私は静かに彼の髪を撫でて、耳元で囁いた。
「この身体が、あなたの全部を支配できると信じさせて。
裏切ったら、今夜の倍、罰を与えるから」
「……はい。あなた以外、何も見ません。誰も見ません」
私は笑った。
愛するということは、甘えることではなく、時に支配すること。
それを知った私はもう、以前の私ではない。
夜は、深く静かに更けていった。
コメント