第一章|ふたつの寝息、ひとつの欲望
箱根の山間に、しっとりと雨が降っていた。
しとしとと障子を濡らすその音が、まるで心の奥を撫でるように、じっとりと胸を湿らせていく。
40歳の私は、夫と共に、大学時代からの親友・絵里とその夫・圭吾さんと共に、四人で温泉旅行に来ていた。
「久しぶりに夫婦で温泉、いい気分転換になるよ」
そう誘ってくれたのは絵里。結婚してからは家庭に入り、育児と仕事に追われていた彼女の瞳は、久々の女友達との時間を心から楽しみにしているようだった。
──けれど、私はどこか違う期待を抱えていた。
否。期待というにはあまりに甘く、罪と背徳の匂いが強かった。
圭吾さん──絵里の夫。
物静かで穏やかな雰囲気。けれど、男としての色気をまとったまなざし。肌を掠めるような視線。冗談めいた言葉の奥に隠された、ささやかな“間”。
私はそのすべてを、見逃していなかった。
チェックインした部屋は、和洋折衷のスイートルーム。畳敷きに、低めのセミダブルベッドがふたつ、並べられていた。
「寝るときは、夫婦同士でね」
絵里が笑ってそう言ったとき、私の脳裏には別の想像が、鮮明に浮かんでしまっていた。
──このベッドとベッドの隙間が、私たちの関係の距離だった。
私は、その隙間が“ゼロ”になる瞬間を、どこかで予感していた。
第二章|眠りのふりをして、私は迎え入れた
夜十一時。
湯上がりに四人でビールを交わし、笑い合い、眠気に包まれるようにそれぞれの布団に入った。
部屋の灯りは落とされ、障子越しの月明かりがほのかに天井を照らす。
絵里の静かな寝息。夫の深い呼吸。
そして──隣のベッドに寝ているはずの圭吾さんの気配が、わずかに、動いた。
私は目を閉じたまま、耳を澄ます。
スッと立てた爪の先で畳をなぞるような足音。寝具がかすかにきしみ、私のベッドの端に重みが加わる。
そして──その指先が、私の膝のあたりに触れた。
浴衣の裾の上から、慎重に、確かめるように。
私は抵抗しなかった。
眠っているふりをしたまま、無意識の演技を装いながら、脚をわずかに開いた。
彼の手は、脚の内側を這いながら、布の下に指を差し入れた。
ショーツの薄布越しに、中心をなぞられたとき、私は吐息を堪えるために、シーツの端を強く握った。
呼吸が合っていた。彼もまた、音を立てずに私の身体をほどいていた。
私の唇に触れたその瞬間、身体が勝手に反応した。
肌と肌が重なる静寂の中、私の奥から熱が滲み出していくのを、私は明確に感じていた。
「……動くと音が出る。だから、任せて」
その言葉のあとの沈黙は、何よりも淫らだった。
第三章|体位が変わるたび、私は女の形に変わっていった
布団の奥、湿った静寂の中で──
彼の息が、私の太腿の付け根にひそやかに降りてきた。まるで許しを乞うように、慎重に、しかし抗いがたく強く。
圭吾さんの唇が、私の秘めた蕾の縁をそっと吸い上げた瞬間、身体がびくりと震えた。
舌先が、濡れた花びらをなぞる。まるで音楽のように、旋律を探るように──繊細な舌の動きが私の奥の奥へと届いていく。
私は布団を握りしめ、口元を塞いでいた。
声を漏らせばすべてが壊れてしまう。
でも、その沈黙のなかでこそ、私の感覚は鋭く、深く研ぎ澄まされていった。
まるで、舌の上で咲かされるようだった。
唇で濡れた先端をそっと吸われた瞬間、私は自分が女であることを、呼吸と共に思い出していた。
そのまま彼は、湿った愛を指先に移し、ゆっくりと私の中へ滑り込んでくる。
熱が、沈んでいく。
柔らかく、けれど確かに、私の芯を捕らえながら。
最初は、静かな正常位。
視線を交わさず、ただ音なき交わりが、布団の下でゆるやかに進んでいく。
彼の動きは、波を誘うようだった。寄せて、引いて、また沈んで。
そのたびに、内側がきゅっと締まり、私は自分の奥でひとつずつ花弁をほどかれていく感覚に飲まれていった。
「声、出ちゃうよ」
彼が囁きながら、私の耳をそっと舐めたとき、私はもう、自分のものではなかった。
続いて、彼は私の腰を掴み、身体を引き寄せた。
絵里の寝息がかすかに響く、そのすぐそばで──私は、四つん這いにさせられていた。
畳の軋みを殺しながら、後ろから深く貫かれていく。
後背位。
押し込まれるたびに、奥の壁が叩かれ、息が漏れそうになる。
だけど声を出せない苦しさが、逆に官能を尖らせていく。
彼の指が私の肩甲骨をなぞり、背中を下ろすように押さえる。
私は従うように上半身を沈め、腰だけを高く突き出す。
その格好のまま、彼に深く、繰り返し満たされて──
快楽がひとつの波となり、私の中で崩れていった。
けれど、まだ終わりではなかった。
やがて、彼は私の肩をそっと抱き起こし、布団の奥で仰向けに戻した。
そして、彼の太腿にまたがる形で、私はゆっくりと腰を落とした。
騎乗位。
自分の動きで、彼を迎え入れる。
私の中が彼を包み、深く、奥まで届くたび、私は自分の存在そのものが官能に変わっていくのを感じていた。
唇を噛み、喉奥で声を塞ぎながら、私は震えるほどゆっくりと腰を回した。
それは“愛される”のではなく、“愛している”動き。
責めでもなく、服従でもない──私は自ら悦びを刻み込むように、彼の中で踊っていた。
障子越しの月明かりが、私たちの影を淡く浮かび上がらせる。
脚を大きく広げ、彼の中を受け止めるたびに、自分の奥に別の自分が目覚めていく。
そして、訪れたその瞬間──
すべての快楽が一筋の光となり、身体の奥を貫いた。
私は声を押し殺したまま、涙とともに絶頂した。
それは音もなく、激しい嵐のようだった。
第四章|朝、まだ私の中に残っているもの
朝。
私が目を開けると、圭吾さんはすでに身支度を整えていた。
絵里が笑顔で「熟睡できたね」と言い、私の夫は「イビキかいてたぞ」と冗談を言った。
私は笑いながらうなずいた。
でも、笑顔の裏では──脚の奥に残る、湿りと熱を、はっきりと感じていた。
罪悪感。
でも、それよりも残っているのは、確かに“生きている”という感覚だった。
私はあの夜、ふたりの寝息の隙間で、ただ誰かの妻でも母でもなく、
ただ“女”だった。
コメント