「見られてほどける、私の縛め──静かな支配に堕ちた午後」
「……こんなところで、本気ですか?」
私は声を震わせながら問いかけた。
上司である一ノ瀬課長は、答える代わりに無言のまま私の腕を引いた。社内の誰も使わなくなった会議室。薄暗いブラインドの隙間から午後の日差しが細く差し込んでいた。空調の風が静かに流れ、耳の奥で自分の心臓の音がやけに大きく響く。
ふと、彼の目を見上げてしまった。視線だけで、すべてを指示されるような──そんな、支配の気配。
「ここなら、声は漏れない」
短く言い放つと、彼は背後から私の両手首を捕らえ、黒いレザーのようなベルトでゆっくりと縛りはじめた。会社の備品である応接用の椅子に、私は腕を回され、まるで裁かれる前の罪人のように拘束される。
何度も「いけない」と思った。けれど、それ以上に、私はこの状況に身体の奥から沸き起こる熱を感じていた。
「君が言い出したんだよ、僕に“あの目”で命令してほしいって」
低く、抑えた声が耳元で囁かれる。私が軽い冗談のつもりで告げた、数週間前の深夜の飲み会での一言を、彼は忘れていなかった。
はじまりは、ほんの些細な出来事だった。
月末の打ち上げ、酔った勢いで私は「課長って、きっと冷たく命令するタイプですよね」と口にした。言ってから、ああこれはまずいと顔を赤らめた私に、彼は笑わなかった。ただ黙って、少しの沈黙のあとでこう言ったのだ。
「じゃあ、命令してもいい?」
その夜以来、ふたりの関係は変わった。オフィスでは何もなかったように振る舞いながら、私は徐々に彼の視線ひとつで身体が反応するようになっていた。
会議室の鍵をかけたのも、私だった。
「声を出すな」
命令と同時に、喉が閉まる。言葉が引きちぎられたように、息が詰まる感覚。彼の手が脚の内側をなぞるたび、羞恥と快楽が入り混じって、身体は思うように動かない。
細いロープが脚を縛る感触。きつくはない、けれど逃げられない。そんな絶妙な加減が、逆に私の心をふるわせる。
「お前は、僕のものだろう」
冷たく言われたその一言に、身体の奥が震える。嬉しいはずがないのに、どこか安心してしまっている自分がいた。
──その瞬間だった。
何かが、外からの視線を感じさせた。会議室の窓の、そのわずかな隙間。誰かが……?
「課長……誰か、見て……」
震える私の声に、彼は指をそっと唇に当てた。
「いいか? 今、君が声を漏らせば、その人間は確信する」
言葉が終わるより早く、彼の指が私の奥に触れた。ぞくりとした快感が、羞恥とともに押し寄せてくる。
見られているかもしれないという不安。
でも、それは私の奥にある“従いたい欲”を、いやらしく照らし出していた。
だめだ、こんなの……。
でも、やめられない。私は、命令されるたびに目覚めてしまう。
彼の指が動くたび、私は椅子の上で震えた。縛られた両手、締めつけられた脚、そして見られているかもしれないという、背徳の緊張。
「ほら、イきなさい。僕の命令で、ここで」
その言葉に、何かが崩れた。
目の前が白くひらける瞬間、私は初めて「命令で絶頂する」快楽を知った。
数分後。
拘束を解かれ、スカートの皺を整える私の背中に、彼がそっと囁いた。
「……君の部下、見てたかもしれないな」
私は小さく笑った。背中に汗が滲みながらも、私はなぜか満たされていた。
「それでも、また命令してください」
その言葉が、私の従属の証だった。
背徳感と快楽が絡み合った午後。私は“支配されることでしか感じられない自分”に目覚めたのだ。
「黙っていてあげる代わりに──沈黙という首輪が私を躾ける」
「課長とのこと……見ちゃったんです」
部下の佐伯(さえき)くんは、まるで何でもないことを告げるように、私のデスクに社内資料を置いたあと、低い声でそう呟いた。
喉が凍りつく。
心臓が跳ね上がる音が、イヤでも耳の奥で響いた。
「なに……のこと?」
かすれるような声で返す私に、彼は笑わなかった。ただ、真っ直ぐに私の目を見たまま言った。
「ブラインドの隙間から、会議室の中が少しだけ見えたんです。……あなたが、縛られてた」
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。
佐伯くんは入社三年目。無口で生真面目な印象の青年で、報連相も丁寧な“いい部下”だった。
けれどその日の彼は、何かが違っていた。
「安心してください。誰にも言いません」
そう続けた彼の声は静かだった。だがその後の言葉は──静かに、私の足元をさらっていく。
「……でも、黙っている代わりに、ひとつだけお願いがあるんです」
私は彼の提案を拒絶するべきだった。
だけど、どこかでそれを望んでいた。
支配され、命令されることでしか感じられない“あの快楽”を、また誰かに見られていたという背徳に塗られて──私はすでに、自分でもわからない沼に足を踏み入れていた。
日を改めて、彼に指定されたのは倉庫室だった。誰も使わない、施錠された物置スペース。金属の棚、無機質な蛍光灯、そして私の胸に這い寄る緊張。
「誰かに見つかったら……」
「そのときは、僕がすべて責任を取ります」
そんなはず、ないのに。
でも、その言葉にすら、私は快感の予感を覚えていた。
彼の指示で、私はスカートをたくし上げ、タイツを自ら脱いだ。
「前に見た、会議室でのあなた──とても綺麗だったんです。震えながらも、嬉しそうで」
「そんなこと……ない……」
「嘘です。いまも、脚が少し震えてる」
その通りだった。
羞恥、恐れ、そして支配されることへの予感。
それが私を濡らし、息を浅くしていく。
「今日は、縛らない。けど、僕の声だけで動いてください」
そう言った佐伯くんの声が、まるで課長のそれのように、私の心に命令を投げかける。
「両手を後ろに組んで。膝を床につけて、脚は開いて」
命令されるたび、私の身体は、心よりも早く従った。
「それで……“お願いです、命令してください”って言ってください」
私の中の何かが、溶け落ちていく。
羞恥の淵で、私は自ら願っていた。
支配されたい、命令されたいと。
「おねがい、します……命令……してください……」
声が震え、喉が熱い。
彼の手はまだ若く、荒削りだった。
けれど、その不器用さが逆に私を震わせる。
触れるたびに、思いがけない場所で身体が反応してしまう。
課長との洗練された“支配”とは違う、どこか幼い残酷さ。
まるで遊ぶように、佐伯くんは私を躾けていった。
「……いい子ですね、ちゃんと従えてる」
その言葉が、私の心に杭を打ち込んだ。
クライマックスは、突然だった。
「今、ここで、僕の名前を呼びながら……達してください」
「そんな……ここ、会社の中……」
「じゃあ、課長のことも全部バラします」
その声に、私の中の最後の抵抗が崩れた。
次の瞬間、私の奥から溢れ出すものに溺れながら、私は彼の名前を呟いていた。
恍惚の中、羞恥と快楽の絶頂で、私は完全に“従属する側”に落ちていた。
あとで彼は、無表情のままこう言った。
「課長には、言いません。僕だけの秘密にしますから」
それはつまり、
“この関係を、続ける”ということ。
私はまだ、課長のもとにいる。
けれど、もう一人の“主人”が、私の身体の中に入り込んでしまった。
私は誰のものなのか。
誰の命令で、震えるのか。
その曖昧な支配のなかで、私は、かつてないほど自分を感じていた。
沈黙という名の首輪に繋がれた私は──もう、逃げるつもりはなかった。
「私語ひとつ許されず、ただ“見つめられるだけ”で濡れていく──静かな支配が加速する午後」
「課長と、最近どうなんですか」
昼休み。社員食堂の隅、私の背中に人目を遮る観葉植物の陰で、佐伯くんは囁くように問いかけてきた。
その声は、ごく当たり前の報連相のように淡々としていた。だが、その目は違っていた。冷たく、射抜くように私を見据えていた。
「……なにも、特別なことは……」
私は答えにならない言葉を口の中で濁らせた。
けれど佐伯くんは、一切追及しなかった。ただ、紙ナプキンに何かを一言だけ書いて、私の前にそっと差し出す。
《17:30 倉庫室。下着を、脱いでこい。》
たったそれだけ。
なのに、読み終えた瞬間、私の呼吸は急に浅くなる。
誰にも気づかれていない。そう思えば思うほど、私は“彼にだけ知られている秘密”の中で自分を失っていく。
倉庫室は、埃っぽく、機械の残り香がこびりついていた。
制服のスカートの下、何も身につけていないことを意識するたび、太ももに触れる空気が熱く、恥ずかしく、でも抗えない。
「確認します」
佐伯くんの指が、スカートの中へと入り込む。
「……濡れてますね。命令、ちゃんと効いてる証拠です」
その一言で、腰が砕けそうになる。
命令に従うたびに感じる快感と、そこに芽生えた“褒められたい”という奇妙な従属欲。私はすでに、誰の言葉にも反応できない身体になっていた。
次第に、彼の命令は日常にも入り込み始めた。
「今日は、僕と目が合っている間だけ、下着を履いてはいけません」
「昼休み中、ずっと社内で濡れた状態をキープしてください」
「今話していた取引先の話を、さっきの体勢で復唱してください」
直接触れない。触れられない。
けれど、彼の“目”が命令だった。
その視線が私の脚を這うだけで、心が震え、奥が疼く。
どれだけスカートを直しても、どれだけ視線を逸らしても、身体は正直だった。
やがて──彼の支配は、ただの命令ではなく「躾」へと変わっていった。
ある金曜日、私はついに“ご褒美”を与えられた。
業務終了後の倉庫室、制服のまま床に跪かされ、命令されて“名前”を呼びながら絶頂するまでの時間を測られた。
「今日の君の記録、三分二十秒。……躾けた成果です」
その言葉に、私は快楽ではなく“達成感”を感じていた。
まるで、支配されることが生きる意味であるかのように。
「課長が、気づいてると思いますよ」
そう彼が言ったのは、翌週の月曜。
コピー機の前で、不意に。
「君、最近──変わったなって」
課長がぽつりと言ったそのひと言に、私は逃げるようにその場を離れた。
でも、次の瞬間スマホに届いた佐伯くんからのメッセージを見て、震えた。
《次は、課長の目の前で命令に従えますか?》
狂ってる。
そう思った。
けれど──心のどこかで、私は「試されたい」と思っていた。
見られたい。
命令されたい。
もっと、深く。
今の私は、課長の部下ではあるが、佐伯くんの“飼い主”でもある。
……いや、“飼われている側”なのかもしれない。
彼の指示一つで、スカートの中を締めつけ、震える。
彼の視線ひとつで、羞恥と快楽の波にさらわれる。
そして、何も言われなくても、彼の期待に応えたくなる。
命令も、罰も、言葉すらない時でさえ──
彼の“存在そのもの”が、私の支配者になっていた。
沈黙という首輪は、音もなく、私の自由を奪っていく。
だけど私は、もはやそれを「自由のかたち」だと信じ始めていた。
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