第一章:会社の顔と、女の素肌の裏側で
──すべては、あの飲食店の個室で始まった──
会社の窓に映る自分の姿を、ふと眺めたことがあった。
黒のスーツに収まった体は、55年という歳月をきちんと纏いながらも、どこか“女”の名残を留めていた。
皺の目立たない首筋、浮かび上がる鎖骨。ピンヒールを履いた足元は、まだまっすぐだった。
──私は、もう終わった女じゃない。
そう自分に言い聞かせるようになったのは、たぶん彼が入社してきてからだ。
東京・板橋にある商社の総務部。私がこの部署に配属されたのは12年前。今では部内で最年長。
でも、誰よりも早く出社し、きちんとメイクをして、資料を整えて……そんな姿を、彼はいつも黙って見ていた。
「〇〇さんって、ほんと色っぽいですね。朝から、なんか……ドキッとするんですよね」
コピー機の前。誰もいない休憩室。そんなふとしたタイミングで、彼は時折、そんな言葉を囁いてきた。
彼──和哉くん(仮名)は、30歳。私の長男よりも5つも年下。整った顔立ちに、少し甘えたような声。
でも、何よりも私を揺さぶったのは、その視線だった。見つめられているのは私の「中身」ではない。
──身体。女としての部分。目の奥にある飢えと、欲望の熱。
それを知ってから、私は口紅の色を少しだけ深くし、ストッキングを選ぶ指先にも熱を帯びるようになった。
「行ってみたいお店があるんです、〇〇さんと一緒に。あの、駅前の個室のあるイタリアン……どうですか?」
雨上がりの火曜日。濡れたアスファルトが照明に滲む夜。
私たちは会社を出て、並んで歩いた。ほんの数センチの距離に、触れそうで触れない緊張が漂う。
その店は思ったよりも暗くて、落ち着いた雰囲気だった。個室の扉が閉じられる音に、心臓がひとつ、跳ねた。
「……緊張してます?」
赤ワインを一口、彼が笑った。グラス越しのその目が、私の胸元に吸い寄せられているのが分かった。
「私なんかで……本気なの?」
酔いと、それ以上に胸の奥から湧き上がる熱が、私を揺らす。
気づけば、彼の手がそっと、私の手の甲をなぞっていた。
「……〇〇さんの全部が、ほしいんです。ずっと前から」
その言葉が落ちた瞬間、彼の腕に引き寄せられた。
吐息の熱さ、鼻先が触れあう距離。唇と唇が触れたとき、私は目を閉じた。
たった一瞬。けれど、その一瞬に私は“妻”でも“母”でも“祖母”でもなくなった。
──ただ、ひとりの女として彼に抱かれた。
「このまま、もう少しだけ……一緒にいてくれませんか」
そう囁かれたときには、手を引かれていた。
車の中、彼の太ももに触れてしまった私の指先が、久しぶりに震えていた。
ホテルの看板が近づくにつれ、胸の奥の炎が言葉では消せないほど大きく燃え上がっていた。
そして、シーツに沈められた私の身体。
若くて熱い彼の体温に包まれながら、私は静かに、女としての扉をまたひとつ、開いていった──
第二章:
「一夜、溺れたまま交わした秘密──『好きにして』が始まりだった」
──シーツの匂いに、私は女に戻された。
彼の身体に覆われたまま、私は天井を見つめていた。
首筋に伝う汗、肩越しに感じる彼の熱い息。それらすべてが、日常からかけ離れた“異物”でありながら、どこか懐かしいような安心感すらあった。
「大丈夫でした?」
その声が、意外に優しくて、思わず私は微笑んだ。
20代の彼。まだあどけなさも残る横顔が、今、私の身体を何度も貫いた男の顔に見える不思議。
「……すごかったわ。びっくりするくらい」
そう言いながら、自分の太腿を見下ろすと、まだ彼の熱が深く残っているのが分かった。
何年ぶりだっただろう。
こんなふうに、何も気にせずにすべてを預けた夜は。
それから、私たちは繰り返した。
彼の自宅アパート、仕事帰りのホテル、日曜の昼下がりの駐車場。
カーテンの閉じた部屋で服を脱ぐとき、いつも彼は私の胸に口づけながらこう囁いた。
「ほんとに、綺麗。ずっと見てたい」
それが嘘でもいい。いや、嘘であるほど嬉しかった。
鏡の中の私には、確かにうっすらと年齢の影が映っていた。
でも、彼に抱かれているときだけは、それがすべて“艶”に変わる気がした。
そして、ある日。
「好きにしていいよ」
その言葉を私が口にしたのは、たぶん、もっと深く愛されたいと願ったから。
その瞬間、彼の目が少しだけ、光った。
「じゃあさ……毛、剃っちゃう?」
え?と驚きつつも、私はなぜか、頷いていた。
その夜、ホテルのバスルームで、彼がバスタオルを腰に巻いたまま、
私の太腿の間に座った。
カミソリを手に取りながら、「怖くない?」と優しく笑ったその顔が、妙に頼もしく見えた。
私は脚を開き、彼にすべてを任せた。
最初の刃が肌をなぞったとき、
私は一瞬、心の奥を撫でられるような快感に身体を跳ねさせた。
毛が落ちるたび、隠していたものが露わになっていく。
恥ずかしいはずなのに、鏡に映る私はどこか誇らしげだった。
剃り終えたあと、彼が指で撫でながら言った。
「ほんとに……すごい。全部、見えるよ」
そして、再びベッドへ。
私は、全身を晒したまま、彼の熱を迎え入れた。
──剃られた部分が、余計に敏感になっていた。
彼のものが中へと進むたび、ぬめる音が部屋に響いた。
彼はそれをスマホで録り始めた。
「見て、今。これ、俺のが……」
画面に映る私は、剃られた肌の奥で、彼の欲望を受け止めていた。
それを見て、自分で自分の奥がきゅっと締まるのがわかった。
羞恥と興奮が入り混じり、私は声をあげて彼にしがみついた。
「もっと、して……もっと、奥まで……」
──私は、女になっていった。いや、“女に戻った”と言った方が近いかもしれない。
会社では、誰も気づかない。
でも、私の中では確かに何かが目覚めていた。
第三章:
「ピアスが鳴るたび、私は彼に戻っていく──誰にも見せない場所でだけ、女だった」
ある日の午後、彼といつものように会社近くの喫茶店で待ち合わせた帰り道。
ふとした会話のなかで、彼がポツリと呟いた。
「乳首……ピアスって、興奮するよね」
「え?」と返した私の表情に、彼はイタズラっぽく笑って続けた。
「……したら、もっと俺、夢中になりそう」
そのとき、心の奥に小さく震える音がした。
迷いと、興奮と、許されぬ快楽。
でも、私は──きっともう戻れないところまで来ていたのだと思う。
翌週の平日。仕事を終えた私は、品川のビル街にある小さなスタジオのドアを、ひとりで開けた。
ピアッサーの冷たい金属が、乳首を貫く一瞬。
針が刺さった瞬間よりも、そこからゆっくりと広がる痛みの余韻のほうが、ずっと艶めかしくて。
私は静かに息を吐き、両手を握りしめていた。
同じ日に、彼にだけこっそりメッセージを送った。
「……今日、ピアス、つけた」
「ほんと?見たい。すぐ見せて」
数日後。昼休みの終わる10分前、私たちは誰も来ない会社の旧館へ抜けた。
鍵のかからない倉庫の奥、掃除道具の影。
「今日、つけてる?」
小さく頷くと、彼はそっと私のブラウスのボタンを外していった。
その瞬間、金属のリングが、小さな音を立てた。
「……すっごい……やばい、興奮する」
彼の手が震えているのが分かった。
次の瞬間、私の片脚は持ち上げられ、スカートがめくられた。
「ここも……見せて?」
何も言わず、私は脚をひらいた。
アンダーヘアのないそこには、もうひとつの小さなリングがきらめいていた。
──私は、“普通の主婦”から、もうずっと逸れていた。
金属の冷たさと、彼の熱い舌。
見られること。触れられること。
そして、引っ張られること。
リングが引かれた瞬間、息が止まるほどの衝撃が走り、
私は声も出せずに、身体を突き上げて彼にしがみついた。
「……こんなに濡れてる。すごい、〇〇さん……」
唇が塞がれ、私の中に彼のすべてが滑り込んできた。
立ったままの体勢。
段ボールを支えにして、私は彼を迎え入れた。
何度も奥を突かれ、ピアスが乳首を揺らし、下のリングがこすれ──
私は、自分でも驚くほどの快楽にのたうった。
彼が中で果てるまで、ほんの数分。
けれどその数分が、私の生涯でもっとも“女”であった時間だったかもしれない。
家に帰れば、孫の笑顔。
キッチンで炊き立てのご飯の湯気。
いつも通りの夜。
でも私は、そっとリングを外しながら、鏡に映る自分に言う。
「……まだ、終わってない」
55歳。
誰かに愛されたいと思った気持ちは、きっと罪じゃない。
誰かに抱かれ、疼きに震える身体を、私は自分のものとして許した。
彼と続くかどうかなんて、もうわからない。
でも私は今、この指先の疼きと、金属の記憶を抱きしめながら、生きている。
──女であることを、やめたくなかった。


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