第一章 38歳、あの海で19歳の彼に堕ちていった日
「女としての人生は、もう静かに終わっていくんだと思ってたの」
あの頃の私をひとことで表すなら、そんな言葉がぴったりだった。
38歳。
札幌の郊外に建てた、静かな住宅街の一軒家。
夫は会社員で平日はほとんど不在。
小学生の息子は手がかからなくなって、私の毎日は、少しだけ空洞ができていた。
その空洞を埋めるように始めたのが、サーフィンだった。
きっかけは単純。近所のママ友に「一緒にどう?」と誘われた、ただそれだけ。
けれど、初めて海に入った朝のことは今も忘れられない。
朝霧に包まれた北の海は、すべての音を吸い込んで、静けさと波の音だけが響いていた。
濡れたウェットスーツの中で、背中を這う冷たい感触と、潮風にさらされた頬の火照りが交じる。
息をするたび、胸がきゅっと締めつけられ、波を待つ時間はまるで胎内に還ったような浮遊感。
「ここでは、女でも母でもなくなれる」
そう気づいた瞬間、私はこの世界にのめり込んでいった。
私を含めた主婦仲間4人。
みんな、夫との関係にどこか倦んでいて、どこか寂しさを抱えていた。
サーフィンは逃げ場だった。
いや、呼吸だった。
そんな日々に、ある日ひとりの少年が現れた。
Kくん。19歳。
友人の知り合いの息子で、札幌のカフェでバイトをしているという。
高校を出たばかりで、大学にも行かず、ただ「海が好きだから」という理由でこの朝に現れた。
最初に彼を見たとき、私は思わず息を止めた。
髪はくしゃりと無造作に濡れ、首筋には陽焼けの痕が残り、黒いラッシュガードから覗く腕は、若さと無防備な男らしさに満ちていた。
けれど彼の目は、どこか年齢を超えた深さをたたえていた。
まっすぐ私の目を見つめてきたとき、心臓の奥で何かが音を立てた。
「Kです。今日からご一緒させてください」
声は低く、まだ不安定な響きを含んでいたけれど、耳元に残るその声が、なぜか忘れられなかった。
彼は、すぐに女たちの中に溶け込んだ。
誰にでもフレンドリーで、どこか甘え上手で、年上に好かれる天性の何かを持っていた。
その中のひとりが、彼に“手を出してる”という噂を聞いたとき、胸の奥がズキッとした。
もうひとりは「私、本気でKくんと寝てみたい」なんて、笑いながら口にした。
私は笑えなかった。
というより、笑って誤魔化すことしかできなかった。
だって――
私はそのときすでに、彼に目が吸い寄せられていた。
波を待ちながら隣に並ぶと、彼の体温が肌越しに伝わってくる。
水滴が首から鎖骨に流れていく様子を、目で追うだけで、喉が乾いていく。
「何か、変だな私……」
そんなふうに思いながらも、心と身体は、どうしようもなく彼に惹かれていった。
ある朝、彼が私の背後に立って、ウェットスーツの背中のジップを引き上げてくれた。
そのとき、彼の指が背骨に触れた瞬間、電流のような痺れが走った。
「このくらいで大丈夫ですか?」
低く落とした声が、耳の奥で残響する。
振り向くことすらできず、私はただ頷いた。
年齢も、常識も、家庭も、なにもかもが、
その朝の海辺で――すでに崩れ始めていた。
第二章 波の静けさにまぎれて
その朝は、異様に静かだった。
風がなく、海は鏡のように光を反射し、寄せる波だけが、かすかな脈のように砂浜を打っていた。
まるで、私たちの秘密を予感して、世界が息を潜めているようだった。
まだ陽が昇りきらない時間。
彼と私は、並んで車を降り、ゆっくりと砂浜を歩いた。
ウェットスーツの上からでも分かる彼の体温。
時折、肩と肩がすれ合うたびに、胸の奥がざわめいた。
波打ち際にボードを置き、ふたりで海へ入る。
足首を撫でる冷たい海水の感触が、肌の緊張を引き上げる。
「今日、すごく静かですね」
彼が言った。
私は言葉に詰まり、ただ頷いた。
声を出せば、なにかが壊れてしまう気がした。
波待ちの体勢でボードに腹ばいになり、ゆっくりとパドルを始める。
海は広く、空はまだ藍色に染まりきらず、ただふたりだけの世界だった。
いつの間にか、私たちはボードから身を下ろし、肩まで水に浸かっていた。
波が来ない時間、膝を抱えてぷかりと浮かびながら、彼がぽつりとつぶやく。
「……なんか、今、誰にも見られてない気がする」
「え?」
「いや、見られてもいいんだけど。……あなたとなら」
その一言で、心がぐらりと傾いた。
引き潮に足をさらわれるように、私は彼のほうを向いた。
距離は、腕一本分もなかった。
水面の揺らぎの中、彼の目がまっすぐ私を捉えていた。
「キス、していい?」
言葉よりも先に、私は頷いていた。
波の合間。
海の中、ただふたりきり。
身体が自然に寄り添い、彼の唇が触れたとき、全身の毛細血管が一気に熱を帯びた。
水に溶けていくような感覚。
唇が触れるたび、心の奥がきゅっと締めつけられる。
彼の指がそっと私の腰を引き寄せ、水の中で抱き合うような姿勢になった。
「…ずっと、こうしたかった」
耳元で囁く声が、水の中で鼓膜に染み込む。
私は言葉を失い、ただ身体の感覚に身を委ねた。
海水越しに触れ合う脚。
彼の太腿が、私の内腿に重なる。
水の冷たさと、彼の熱が、絶妙に交錯していた。
気づけば、彼の手が私のウェットスーツの腰元に添えられていた。
下からすくい上げるように、指先がそっと撫でてくる。
「やだ…ここで…」
そう言いながら、私の手は彼の首にまわっていた。
理性の言葉と、身体の動きがまるで逆だった。
波がひとつ、静かに私たちの肩を洗い流す。
その拍子に彼の唇が、私の喉元に落ちた。
「あ…だめ…」
けれど、声は細く震えて、説得力を持たなかった。
それどころか、私の膝はかすかに震え、股の奥が疼き始めていた。
そのまま、ふたりは静かに水の中で絡まりながら、何度も唇を交わした。
水の揺らぎが快楽に似ていた。
彼の指先が私の胸にかすかに触れた瞬間、スーツ越しでも乳首が反応したのが分かった。
彼が、その膨らみの位置を確かめるように指を止めたとき、私は自分でも驚くほどの声を漏らしてしまった。
「……ッ」
そのときだった。
彼の手が水中で私の手を握り、指と指を絡めた。
ただそれだけのことで、涙が滲んだ。
誰かに、こんなふうに触れられたのは、いつぶりだっただろう。
女として、大事にされるように。
私の中にあった“境界線”が、海に溶けて消えていくのが分かった。
第三章 快楽の海に沈む私
「どこかに行こう」
そう言ったのは、私だった。
波から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら、彼の背中を見ていた。
海の中で何度も交わしたキスと、スーツ越しの触れ合い――
それだけでは、もう満たされない。
身体の奥が、疼いて仕方がなかった。
無言のまま、彼が車のドアを開けてくれた。
札幌から少し離れた海沿いの国道を走る車内。
シートに敷いたバスタオルの上で、私は心臓の音を押し殺しながら座っていた。
助手席で感じる彼の気配。
窓を流れていく景色のすべてが、無音だった。
ほどなくして、小さなラブホテルの駐車場に車が滑り込む。
鍵を手にした彼の背中を見ながら、私は震える足で部屋へと向かった。
部屋のドアが閉まると、世界から音が消えた。
タオルを解き、私は濡れたウェットスーツを脱ぎはじめる。
ジップを下ろし、肩を抜いた瞬間、彼の手がそっと背中に触れた。
「……きれい」
そのひと言が、皮膚の奥まで染み込んだ。
彼の唇が、肩に触れる。
ひとつ、ふたつ、柔らかく熱を帯びたキスが、私の背骨をなぞっていく。
私は目を閉じて、彼に身を委ねた。
長く伸ばされた指が、胸のふくらみに触れる。
水着の中に手が入ってきた瞬間、乳首がぎゅっと収縮し、熱い疼きが下腹に落ちていく。
彼の指が、円を描くように乳房を撫で、舌が首筋を這う。
息が触れただけで、背筋が痙攣する。
「こんなに感じるなんて、思ってなかった」
私は小さくそう言った。
彼は笑って、私の顎を指で持ち上げた。
「もっと気持ちよくしてあげる」
その言葉通り、彼の指はゆっくりと下へと降りていく。
水着の布をかき分け、秘部に触れたとき、思わず声が漏れた。
「…あ、やっ……」
彼の指が、熱を帯びた湿り気の奥を見つける。
浅く、深く、少しずつ広げながら、敏感な場所をなぞるたびに、私はシーツを掴んで身を震わせた。
吐息が、彼の頬にかかる。
私の声が、彼の喉を震わせる。
彼がベッドに私の脚を広げ、ゆっくりと顔を近づけてきたとき――
私は目を開けられなかった。
唇が、舌が、そこに触れた瞬間、世界が白く反転した。
彼は若さの衝動ではなく、まるで女の身体を学ぶように、丁寧に、確かめるように舌を動かした。
「ん……や、だめ、そんなの……ああっ」
ひとつ、またひとつと波が押し寄せて、
私は自分でも驚くほど、声を上げ、痙攣しながら果てていった。
そして――
何度目かの絶頂のあと、彼が私の上に重なってきた。
「……いい?」
「……来て」
彼のものが、ゆっくりと、私の奥へと入ってきた。
少しずつ、熱と脈動が広がっていく。
大きくて、若くて、躊躇いのない動き。
なのに、どこまでも優しく、私を包んでいく。
「すごい……入ってる、のに……」
言葉にならない。
身体のすべてが、彼でいっぱいになっていく。
私は腰を動かし、自ら彼を受け入れた。
押し返すたび、彼の名を無意識に呼んでいた。
「もっと…壊して……」
シーツがぐしゃぐしゃに濡れ、
背中に爪を立て、唇で耳を噛んだ。
快楽と執着が、混ざり合って、私は女として再生していく。
彼の動きが激しくなるたびに、心が溶けていった。
絶頂の先で、私は、ただ涙を流していた。
朝になっても、身体は痺れていた。
「どうして、あなたじゃないとダメなんだろう」
ベッドの中、彼の胸に頬を押しつけながら、私はぽつりとつぶやいた。
答えなんて、要らなかった。
あのとき、確かに私は――
38歳で、19歳の彼に抱かれ、「女」としてまた、生まれたのだ。



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