【第1部】男子高の寮の灯りに照らされる公園で始まった湿った予感
28歳になった今でも、あの夜の空気を吸うと、骨盤の奥がじわりと疼く。
汗のにおいでも香水でもない──夏の夜と男子の暮らす寮の匂い。
あの夜、まだ14歳だった私は、その匂いの中で、理由もなくスカートを短くしていた。
家の時計が九時を回った頃。
「ちょっとコンビニ行ってくるね」
母にそう告げた声が、いつもよりわずかに高かったのを覚えている。自分でも気づかぬうちに、胸の奥が早鐘を打っていた。
自転車を押して歩く道すがら、空気は湿っていて、時おり遠くから寮の窓辺の笑い声が聞こえてきた。
「……あれ、見られてるかも」
自分にそう呟く。誰も聞いていないはずなのに、声が耳に届く瞬間、背筋がぞわりと震えた。
公園に着くと、ベンチの木肌は昼の熱を失い、夜露でしっとりと冷たかった。
斜め向かいには寮の建物。いくつかの窓のカーテンが半端に開き、奥の部屋が覗ける。
私は無意識にスカートの裾を指先で摘み、膝の上を数センチずつ露わにしていった。
夜風が素肌をなぞるたび、心臓が「聞こえてしまうのでは」と錯覚するほど高鳴る。
──その時だった。
「……あれ、君、もしかして前にこの辺で見た子?」
背後から低く、まだ声変わりの途中のような男の声が落ちてきた。
振り返ると、ジャージ姿の男子がひとり。年上だけれど、高校生特有の甘い匂いをまとっていた。
「え……知らない、です」
否定の言葉が唇からこぼれたが、視線は逸らせなかった。
彼は私の横に腰を下ろし、少し間を置いてから、ベンチの背もたれに腕をかけた。
その動きだけで、私の足首がじんわり熱を帯びる。
「この時間に女の子がひとりでここにいるって、危ないよ」
そう言いながらも、彼の視線は私の膝のあたりに落ちていた。
私も、見られていることを意識して、スカートの裾をさらに指先でつまむ。
「……見える?」
自分でも驚くほど小さな声が出た。
彼はわずかに息を詰め、口元を緩めた。
「暗いから……もうちょっと」
その言葉の“もうちょっと”が、私の中で溶けて広がる。濡れた予感が、下腹部を重くする。
街灯に照らされる膝と、その少し上。夜の湿度に包まれた空気が、肌と彼の視線の間を行き来するたび、
私は自分の中で何かが目覚めていく音を聞いていた。
28歳になった今も、その時の私の呼吸、脈の速さ、喉の渇き──全部を思い出せる。
触れられていないのに、すでに身体の奥が呼応していた。
あの夜が、私を初めて「女」にしたのだ。
【第2部】視線の奥で喉が鳴り沈黙が溶かす抗えない衝動
28歳になった今も、あの夜の空気の重さを、肺の奥で再現できる。
湿った夏の匂いと、男子寮から漏れる微かな生活音──笑い声、シャワーの水音、窓辺で揺れるカーテンの擦れる気配。
それらが夜気に溶けて、私の皮膚を内側からじわじわと温めていた。
ベンチの右側、いつの間にか彼が腰を下ろしていた。
距離はひとり分以上あるはずなのに、その間の空気が妙に狭く、熱い。
視線を合わせないままでも、彼の存在が私の脚の付け根の奥にまで届いてくるのが分かる。
「……ひとりで、こんなところに?」
低く、不安定な声変わりの途中の音色。
耳で聞くよりも先に、肩甲骨の奥でその響きを感じた。
「うん……」
返事は短く、息に混じる。
自分の声の震えに気づき、視線を下げると、彼のスニーカーが私の足先と同じ方向を向いていた。
その偶然の一致に、胸の奥が甘くざわつく。
「危ないって、わかってる?」
問いかけは叱責ではなく、含みのある響きで落ちてくる。
そしてその声の後に、はっきりと感じる──私の脚に吸い寄せられる彼の視線。
膝頭から太腿、そしてその奥へ。
見られているはずなのに、逃げようとするどころか、呼吸が浅くなる。
「……見える?」
自分でも驚くくらい小さな声。
唇が乾き、舌先でそっと濡らす。その一瞬、彼の喉仏が動くのが見えた。
「暗いな……もうちょっと、こっち向いて」
その言葉と同時に、彼が腰をわずかに寄せる。
背もたれ越しに伸びた腕が、私の肩の後ろをかすめる。
触れられたわけではないのに、その距離だけで内腿の奥がじんわりと疼く。
「……やっぱり、いい匂い」
囁きが頬の横を通り過ぎ、耳殻の縁を震わせる。
鼻先から入る彼の呼気に混じる、男子特有の体温の匂い。
28歳の今なら、それがどれほど直接的に濡れを呼ぶか分かる。
私は返事をせず、ただ膝を数センチだけ開いた。
夜気がするりと滑り込み、薄い布を押し上げる。
その冷たさと、彼の視線の熱が交差した瞬間、
私の奥底で“もう戻れない”という音が、静かに鳴った。
【第3部】夜気と光の狭間で全部を差し出した瞬間の残響
28歳の私が思い出すのは、あの夜の中盤から先の記憶が、やけに断片的なことだ。
音も、匂いも、温度も、輪郭を失って、ただひとつの熱に変わっていた。
膝を開いた私の動きに、彼の呼吸が変わった。
鼻先から吸い込む音が、静かな夜にやけに大きく響く。
「……近くで見ると、もっと……」
言葉が途中で途切れ、代わりに喉の奥の息づかいが落ちてくる。
その途切れ方ひとつで、私の奥は濡れの質を変えてしまっていた。
裾を摘む私の指は、もう押さえるためではなく、わずかに見せるためにそこにあった。
夜風が入り込み、湿った肌に薄い冷気を落とす。
その冷たさが、内側の熱をさらに濃くする。
「……見せてるよね」
彼が低く囁く。
問いではない。確認でもない。
ただの事実を告げられた瞬間、胸の奥が甘く痺れた。
私は答えず、ただ静かに呼吸を繰り返す。
その呼吸が夜気を震わせ、彼との距離をさらに狭めていく。
彼の視線は、もう肌の表面ではなく、その下にある熱を覗き込んでいるようだった。
その見えない刃先が、私の中の一番柔らかい場所に触れる錯覚。
触れていないはずなのに、膝の奥がじわりと溢れていく。
28歳になった今なら分かる。
あのとき私は、快楽の中にいるのではなく、快楽そのものになっていた。
見られること、曝すこと、そのどちらもが境目を失い、私を溶かしていった。
「……すごく綺麗」
その一言で、体の奥の張りつめた糸が静かに切れた。
足先から頭のてっぺんまで、波のような熱が一気に駆け上がる。
視界が淡く白く滲み、背筋がわずかに震えた。
その後に訪れた静けさは、夜の公園の音さえ飲み込んでしまうほどだった。
彼の声も、私の鼓動も、すべてが遠くなり、残ったのは、
濡れた心と、熱を孕んだ呼吸と、肌に貼りつく夜気だけ。
28歳の私は今も、その夜の残響を抱えている。
誰かと重なっているとき、ふいにあの湿った空気と視線を思い出すたび──
奥底から静かに、抗えない熱が蘇るのだ。


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