夫婦経営する旅館でオヤジ客の晩酌に呼び出され…朝を迎えても終わらない中出し接待に堕ちた妻 白峰ミウ
夫と共に宿を守る若女将は、失態の詫びとして差し出した晩酌の席で、理性の糸を少しずつほどかれていく。
湯気と酒の匂い、畳を撫でる指先、笑い声の中に滲む支配と屈辱。
拒絶と欲望がせめぎ合うたび、彼女の呼吸は深く、艶やかに変わっていく。
和服の襟元から零れる白肌は、やがて罪と快楽の境を曖昧にし、愛と堕落の物語を織り上げる。
これは、快楽に呑まれることの怖さと美しさを描いた、ひとつの「目醒め」の記録である。
【第1部】静寂の宿──畳の匂いが私をほどいていく夜
私は、白峰澪。三十三歳。
北陸の山あいで、小さな温泉宿を夫とふたりで営んでいる。
十年近く、湯の蒸気と米の炊ける匂いに包まれながら、
一日が過ぎていく音を聞いてきた。
湯気で曇る鏡の前に立つと、そこにいるのは「女将」という名の私だった。
髪をまとめ、白い割烹着を締めるたび、
“女としての私”は少しずつ奥に押し込まれていく。
そんな生き方を、選んだのは自分だ。
けれど時々、誰もいない廊下を歩く夜、
自分の足音がやけに艶やかに響いて聞こえる瞬間がある。
それが何より怖かった。
その夜も、雪が降っていた。
風の音が障子を鳴らし、外はしんしんと白く沈んでいく。
団体客の声が座敷から漏れ、酒の匂いが廊下まで漂ってきた。
夫は厨房にこもり、私は盃を運ぶ。
「女将さん、気が利くねぇ」
笑い声の中で、誰かの指が私の手の甲を撫でた。
厚く荒れた指先。けれど、そこにあった熱は人の体温で、
私はその瞬間、息を飲むこともできなかった。
胸の奥が、きゅっと締まる。
嫌悪でも恐怖でもない。
それは、忘れかけていた“生きている感覚”のようだった。
障子の隙間から、雪の光が畳に落ちていた。
その白が、やけに艶やかに見えたのは、私の目のせいだろうか。
盃を持つ手が微かに震えていた。
笑い声に混じって、私の鼓動が響いていた。
私は、女将としてそこにいた。
けれど、どこか遠いところで、
女としての私が、ゆっくりと目を覚ましはじめていた。
【第2部】雪灯の宴──理性の輪郭が溶けていく夜
盃を重ねるうち、頭の奥がゆるやかに霞みはじめた。
外の雪はやまず、座敷には灯がゆらいでいる。
酒の匂い、畳の匂い、そして湯けむりの甘い湿り。
そのすべてが絡み合い、私はどこか遠くへ連れて行かれるようだった。
「女将さん、もう一杯どうだ」
盃が差し出される。
笑いながら断ろうとした唇の先に、ふっと温かな湯気が触れる。
それが酒なのか、息なのか、分からない。
頬が火照る。耳の奥で自分の心臓の音が響く。
私は、ただ笑っていた。
女将としての笑顔を、崩さぬように。
けれどその笑みは、もう自分でも制御できないほど
柔らかく、ほどけたものになっていた。
灯籠の光がゆらぎ、
その明滅に合わせて、男たちの影が畳に長く伸びる。
まるで、私の中の何かがその影に引き寄せられていくようだった。
理性はまだ残っている。けれど、
“もう戻れない”という予感だけが、確かにあった。
指先に残る盃のぬくもりが、
なぜか誰かの体温と重なっていく。
鼓動が速い。
それは私のものか、外の雪を打つ音なのか。
どちらでもよかった。
気づけば、笑い声が遠のいている。
座敷の空気がやけに静かで、
その静寂の中に、何かが確かに生まれていた。
それは欲望でも、愛でもない。
名づけようのない“生きる衝動”のようなもの。
私は、盃を置いた。
ふと見上げた灯のゆらぎが、
まるで誰かの視線のように、私を見つめ返していた。
【第3部】白む空──雪解けの音に似た後悔とぬくもり
夜が終わった。
いや、夜は終わっていなかったのかもしれない。
障子の向こうにうっすらと差す朝の光は、
まるでまだ夢の中のようにやわらかく、
部屋の輪郭をぼかしていた。
私は畳に座り、両手を膝の上に重ねていた。
指先がまだ温かい。
誰のぬくもりかは、もはや自分でも分からない。
けれど、それが「現実」であったという確信だけが、
静かに体の奥で鳴っていた。
雪の音がした。
遠くで、屋根から滴る雫が一つ、二つ。
その音が、私の胸のどこかと共鳴していた。
“何をしてしまったのか”
そう思うより先に、
“なぜ、涙が出ないのか”という疑問のほうが強かった。
鏡に映る自分の顔は、知らない女のようだった。
女将の顔ではなく、妻の顔でもない。
たった一晩で、
何かを知ってしまった人間の顔。
夫の足音が廊下の向こうから近づいてくる。
私は、ゆっくりと立ち上がり、
何事もなかったように布巾を手に取った。
けれど、体の奥ではまだ何かが熱を帯びていた。
それは罪でも罰でもなく、
生きているという事実そのもののように感じられた。
私は、自分の胸の奥で静かに呟いた。
──「あなた、ごめんなさい」
けれどその言葉は、
懺悔ではなく、祈りに似ていた。
自分を赦すための、小さな息づかい。
外では雪がやみ、
朝の光が旅館の屋根を淡く照らしていた。
白い景色の中で、
私は初めて、何の飾りもない自分の影を見た。
まとめ──雪の底に灯るもの
あの夜のことを、私はいまも言葉にできない。
誰かに説明できるような出来事ではなかったし、
正しいとも、間違いだったとも言い切れない。
けれど、あの夜の私は確かに「生きていた」。
心臓が打つたびに、理性と欲望の境界が揺れ、
一滴の雪解け水のように、
長く閉ざされていた何かが静かに流れ出していった。
旅館の朝は、何も変わらない。
夫と並んで布団を干し、客を見送り、帳簿をつける。
日々の営みの中で、私はあの夜のことを
少しずつ胸の奥に沈めていった。
けれど、不思議なことに、
あの夜を思い出すたび、
心のどこかに“ぬくもり”が灯る。
それは、恥でも、恐れでもない。
誰かを求めた身体の記憶ではなく、
自分自身を確かめた瞬間の記憶。
人は、正しさだけでは生きていけない。
汚れを抱えたまま、雪のように白い朝を迎える。
その矛盾の中にこそ、
人間のいちばん深いところにある美しさが潜んでいるのだと、
いまはそう思う。
私は今日も、湯の蒸気に包まれながら、
静かに笑う。
あの夜の雪のように、
すべてを覆い、すべてを赦す笑みで。




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