リモートワークになった夫は、東京の実家へしばらく戻ることになった。
義父の介護を兼ねた一時的な滞在。
「数週間だから、息子とふたりでお願いね」
彼はそう言って笑ったけれど、私はその夜から、妙に落ち着かない気分で布団に入った。
静まり返った家。
子どもは早く眠り、夫もいない。
そんなとき、ドアベルが鳴った。
「こんばんは。今日から、よろしくお願いします」
玄関に立っていたのは、息子の新しい家庭教師だった。
大学四年生の黒川蒼(あおい)くん。
淡いベージュのニットに、黒縁のメガネ。知的で、どこか柔らかな雰囲気。
けれど、その視線には、なぜか一瞬、言葉にできない熱のようなものがあった。
「私、清水です。息子がどうしても受験対策をお願いしたいって…」
「はい。僕でよければ、ぜひ」
その言葉を聞いたとき、ふと胸の奥に沈んでいた水面が、静かに揺れた気がした。
蒼くんは真面目な青年だった。
息子の勉強にも誠実に取り組み、礼儀もあって、過不足なく接してくれる。
けれど、なぜだろう――
ふとした瞬間に、彼の目が、私を“見ている”ことに気づいてしまう。
キッチンで水を汲んでいるとき。
洗濯物をたたみながら廊下を歩くとき。
ソファに座って、足を組みかえるとき。
彼の目線が、一瞬、私の鎖骨にとまるのを感じた。
首筋、肩先、胸元。
直接触れるわけではない。けれど、その視線がふれた場所だけ、ほんのりと熱を帯びる。
私はそれを「見なかったこと」にしながら、
ふとした夜、家の照明を少しだけ落としてみたり、
薄手のカーディガンの下に、淡いレースのキャミソールを重ねてみたりしていた。
露出ではない。
けれど、ほんのわずか“見えるかもしれない”という揺らぎを、
私は彼にだけ、密やかに差し出していた。
その夜、息子は友人宅に泊まりに行った。
蒼くんの授業は変わらずあり、私はリビングで彼の隣に座った。
「…おひとりなんですね、今夜」
「ええ。ちょっと、寂しいかもしれない」
いつもより近くに感じる彼の体温。
キャンドルを灯したテーブルの上、彼の視線が、
ふいに私の肩のあたりにとまるのを、私は感じていた。
「…あの、失礼だったらごめんなさい。清水さんって…とても綺麗だなって、前から思ってて」
一瞬、時が止まったようだった。
彼の声は震えていたけれど、真っ直ぐだった。
そして私は――
「……ありがとう。久しぶりに、そんなふうに言われた気がする」
答えながら、胸の内側が、ゆっくりとふくらんでいくのを感じた。
私はゆっくりとソファにもたれ、髪を耳にかけた。
カーディガンの裾が滑り落ち、キャミソールの肩紐が露わになる。
何かが始まる音が、たしかにした。
蒼くんが、そっと手をのばした。
触れるか、触れないか。
その境界線の上で、私は自ら身体を傾けた。
肩に落ちた彼の手のひら。
その温度に、心がじんわりとほどけていく。
「…清水さん、ほんとに、すごく綺麗です…」
そう言って見つめてくるその目に、
私は静かに、頷いた。
彼の手が私の頬を撫で、唇が近づいてきた瞬間、
私は目を閉じた。
そっとふれたくちづけは、甘く、優しく、けれど、抑えきれない情熱がにじんでいた。
そして、彼が私を抱き寄せると、
その腕の中で私はすべてを委ねた。
服の上から、身体のラインをなぞる指先。
キャミソールの裾がそっとめくられ、彼の手が私の腰を包み、背中を這うように滑っていく。
そこに触れてくるのは、若さよりも、抑えきれない熱と戸惑いの混じった衝動だった。
「……綺麗すぎて、どうしていいかわからない……」
低く震えたその声に、私は微笑んで、彼の頬に手を添える。
「教えてあげる。ゆっくりで、いいのよ」
そう囁くと、彼はおずおずと私の胸元に顔を寄せ、
レース越しにそっと口づけを落とした。
布地を透かすように唇を重ねたその感触に、私の息が浅くなる。
ブラの上から包むように咥えた唇が、震えながらも熱を帯びていて、
舌が慎ましく布の縁をなぞった瞬間、私は思わず喉の奥で声を飲み込んだ。
「……そう。上手よ、蒼……」
私の言葉に、彼の手がさらに大胆になっていく。
背中のホックが外され、胸元のレースが滑り落ちる。
そして、あらわになった私の肌に、そっと唇が触れた。
吸い上げるように、なぞるように、
彼は戸惑いながらも、確かに“私を味わっていた”。
やがて彼の口づけは、胸から下腹部へ、そして腿の内側へとゆっくり降りてくる。
私はそっと脚を緩め、彼の手を自ら導いた。
「触れて……私のこと、もっと知って」
彼の手が太腿をなぞり、吐息がふわりと肌にかかる。
そして、恥じらいと愛しさが混ざったその唇が、私の秘めた場所にそっと降りた。
濡れた舌が触れた瞬間、私は指先をシーツに沈めた。
ふるえるほど繊細なその動き。
吸い上げられ、舌でなぞられ、私は声にならない甘い声を喉の奥で漏らした。
「……あ、ん……だめ……見ないで……でも……やめないで……」
私は首を仰け反らせながら、脚を絡ませ、すべてをゆだねた。
やがてその愛撫が終わると、彼はそっと私を見つめ、震える声で言った。
「……清水さん、僕……抱いてもいいですか……?」
私は目を細めて頷き、彼の手を自分の胸に重ねた。
「……ええ。来て、蒼……全部、受け入れてあげる」
彼がゆっくりと私の中に入ってくる。
最初はぎこちなく、それでも確かに私を満たしていく動きに、
私は息を吐きながら、腰を迎えにゆっくりと持ち上げた。
肌と肌が重なるたび、私たちは音もなく熱を溶かし合い、
快感の波が押し寄せるたびに、私は彼の名を、かすれた声で呼んだ。
「蒼……いいわ、そのまま……私、あなたに溶けていく……」
けれど、私はただ受け入れるだけでは終わりたくなかった。
彼の胸に手を添えてそっと押し、身体を起こす。
「……今度は、私が動いてもいい?」
彼が驚いたように私を見つめながら、力なく頷く。
私は彼の上に跨り、脚をひらき、自分から彼を迎え入れた。
腰をゆっくりと沈めていくと、奥まで満たされる感覚に、
思わず背筋がぞくりと震えた。
「見て……蒼、私、こんなに……あなたでいっぱいになってるの……」
彼の瞳が熱を帯びたまま私を見上げる。
私はその視線を受け止めながら、ゆっくりと腰を揺らした。
深く、浅く、緩やかに――
そして、ときに大胆に、濡れた音を確かめるように打ち付ける。
「……んっ……ああ……蒼……そのまま、私を見て……」
呼吸は乱れ、肌は汗ばみ、シーツは濡れていた。
私の髪が肩から垂れ、揺れる胸が彼の視線にさらされる。
でも、恥ずかしくはなかった。
それは、女として生きている証だったから。
絶頂が何度も身体を駆け巡り、私は何度も彼の名を呼びながら、
全身で彼を抱いた。
何度も重なった後、私たちはシーツの上で静かに寄り添った。
ぬくもりを残したまま、肌がふれるだけで安心できる距離。
私は彼の髪を撫でながら、目を閉じる。
「私……こんなにも、誰かにちゃんと見てほしかったのね……」
その独白に、彼は何も言わず、私の手に自分の指を重ねてきた。
その優しさが、私のすべてを赦してくれたように感じられた。
私はそっと目を閉じて――
今夜という夢を、胸の奥深くに、静かに刻んだ。



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