**第一章
湯けむりの向こう、誰にも見せたことのない私がほどけてゆく**
冬の午後、箱根の山道を登るたびに、白く濁った空気が少しずつ肌を撫でるように変わっていった。
夫と知り合いの夫婦──高志さんと恵美さん──との一泊旅行は、三ヶ月ほど前から話があがっていた。
「たまには、いつもと違う空気に触れるのもいいよな」
そう言って車を運転していた夫の横顔を見ながら、私は静かに頷いた。
40歳という節目を迎えて、結婚15年。仲は悪くない。ただ──セックスレスが5年目を迎えていた。
誰にも言えない、私の“女としての感覚”が、いつから眠ってしまっていたのかも、もう思い出せない。
宿に到着したのは午後三時過ぎだった。
古いけれど、丁寧に手入れされた木造の旅館。広々とした廊下、すこし軋む畳の匂い、そして宿の奥にある混浴の露天風呂──
「混浴って、初めてかも…」
私は笑ってごまかすように言ったけれど、心の奥ではすこしザワついていた。
恵美さんが「せっかくだから今すぐ入りましょう」と声をかけ、私たちはそのまま湯浴み着に着替えて、4人で湯へ向かった。
脱衣所。目の前で浴衣を脱ぎ、細身の体をタオル一枚で覆った恵美さんの横顔に、夫の視線がほんの一瞬──泳いだ。
私はその小さな揺らぎを、見逃さなかった。
湯の蒸気が白く漂う岩風呂へ、4人で並んで浸かる。
露天の岩風呂には雪の名残がわずかに積もり、澄んだ空気のなかで湯けむりだけがゆるやかに風に揺れていた。
「気持ちいいね」
「まさに極楽ってやつだな」
「…ちょっと熱いくらいですね」
湯に浸かってすぐに、ビールと地酒が運ばれてきた。温泉で飲むお酒の、あの甘く痺れるような感覚に、私はすこしずつ、心の緊張がほどけていくのを感じた。
会話は笑いを交えながらも、どこか妙に“におう”ような雰囲気を帯びはじめていた。
夫と恵美さんの距離が、湯の中でわずかに近い。
「ちょっとだけ酔っちゃったなあ」
恵美さんが夫の肩にもたれるように言うと、夫もまんざらではない顔で、軽く背中に手を添えた。
──ん? それって、どういう距離感?
胸の奥に、小さな棘のようなざわめきが走った。
私がふと視線を横に向けると、高志さんがこちらを見ていた。
なにも言わず、湯けむり越しに、じっと見ていた。
まるで、私の“夫婦の隙”を見透かしていたかのようなまなざしだった。
私はその視線を受け止めながら、湯の中で少しだけ体を彼のほうに寄せた。
何も言わない。それでも空気が、確実に変わった。
高志さんの膝が、私の太ももにふれている。
布越しでもわかる、男の体温と膝の硬さ。
私は、まるで誰かに見られるような背徳感に、心の奥が痺れるように疼いた。
すると──彼の指が、そっと、湯の中で私の脚の内側をなぞってきた。
スッ…と、湯と布をすべらせながら。
私は思わず太ももに力が入る。でも…拒めない。
「……っ」
誰にも気づかれないように、私はほんのわずか、脚を開いてしまっていた。
彼の指が──まるで風のように、浴衣の奥へと忍び込んでくる。
湯けむりにかすむ視界の中、私は夫の方を振り返った。
恵美さんの手が夫の胸にふれていて、もうすでに耳元で何かを囁いている。
──ああ、私、今ならきっと、何をされても抗えない。
そんな覚悟が、湯の熱と一緒に、心をとろかしていくのを感じた。
彼の手が、私の奥の、秘めた場所を――まるでそこが“そこ”であることをわかっているかのように、トン、トン…と、軽く突いてくる。
私は息を殺しながら、その指の動きに身を預けていた。
もう、引き返せない。
そうわかっているのに、私の心も、脚も、唇も、すべてが彼を受け入れようとしていた──。
第二章:食事後、唇に堕ちて。──この手のひらの中で、私は女に還っていく
湯上がりの火照りがまだ残るまま、私たちは夕食の席に着いた。
地元の旬の食材を使った懐石料理。器も見た目も美しく、どれも手の込んだ品ばかりだったはずなのに──。
…正直、味はよく覚えていない。
視線はどうしても、あの風呂場の“続きを期待するような空気”に、囚われていた。
恵美さんは相変わらず夫の隣で、まるで恋人のように笑顔で杯を傾けていた。彼女の手がさり気なく夫の膝に置かれるのが、私の視界の片隅に焼きついて離れない。
──そんなに、無防備でいられるの?
けれど私自身も、そのとき高志さんの隣で、ほとんど無意識に肩を預けていた。
「……酔い、まわってきちゃったかも」
そう言った私の声は、自分でも驚くほど甘く、濡れていた。
彼は何も言わずに私のグラスに酒を注ぎ、そして──
膝の下で、またあの指が動き始めた。
卓の下でそっと浴衣の裾を押し上げ、太ももをなぞる。
さっきの湯の中とは違う。
布が乾いているぶん、手の温度が、ダイレクトに皮膚を刺すように伝わる。
「……っ」
私は思わず、脚を閉じようとした。けれど、それを察したかのように彼の指が少しだけ強く、奥へと──忍び込む。
パンティ越しに感じる、指先の圧。
押されるたびに、呼吸が喉元で詰まる。
気づけば、私の手も彼の腿に乗せられていた。
まるで、彼の動きに応えるように。
ふと、彼が私の耳元に顔を近づけ、唇がすれ違うように囁いた。
「……このまま、もっと触れていい?」
その声に、私はうなずくこともできなかった。ただ、ほんのわずかに首を傾ける。
それが、私の「いいよ」の代わりだった。
次の瞬間、彼の唇がそっと──私の頬を、そして口元を撫でた。
乾いた唇。けれどそこに感じたのは、熱。
私の唇がそれを受け入れたとたん、舌先がそっと触れ、絡む。
心がゆっくりと溶けていくような、罪深く優しいキス。
私は夫のほうを見た。すると、夫の指が恵美さんの胸元に…
──ああ、もう、始まってるんだ。
その瞬間、理性の最後の糸が、ぷつんと音を立てて切れた。
私は自ら、彼の首に腕を回し、深く、長くキスを重ねた。
彼の指はもう、私のパンティの内側に。
小さな粒を探り当て、そっと、こすりはじめる。
「……んっ……あ、あ……」
食事の席、布の音すら立てられない空間で、私の体はひっそりと火を噴いた。
呼吸は荒れ、声を噛み殺し、身体をよじりながら、私はただ彼の指に従った。
やがて、彼の手が私の手を取り、そっと導いた。
彼の浴衣の下、熱を持った彼の形──それを包むと、ぴくりと跳ねた。
私はその硬さに、そしてその存在に、自分の女の感覚が確かに甦ってくるのを感じた。
──私は、もう、堕ちている。
それでも、彼は言葉ひとつ発さず、ただ目を見てきた。
「今夜、君を奪うよ」
そう言っているかのような目。
私は…うなずいた。
「…行こう。部屋で…ちゃんと…抱いてほしいの」
その言葉が、唇から落ちたときには、私の中にもう“夫の妻”という輪郭は残っていなかった。
浴衣の裾を掴んで立ち上がる私の指先は震えていた。けれどその震えこそが、何よりの証だった。
──私のなかで、女が、目を覚ましてしまったということの。
第三章:布団の奥で交わる声と体温、そして隣室のあえぎが交錯する夜
部屋に戻る廊下を歩きながら、私は何度も振り返りそうになる気持ちを必死に抑えていた。
「本当にいいの?」「戻らなきゃだめなんじゃない?」
そんな理性の声は、もう湯けむりの中に消えていた。
今の私はただ、彼の熱い手のひらと、あのまなざしに導かれるように、ゆっくりと扉を開ける。
畳の香りと、ほんのり残る湯の匂い。そして、障子の向こうからかすかに聞こえる、女の吐息──
すぐ隣の部屋からだった。
それは…恵美さんの声。
甘く、切なく、少し潤んだような、女の声だった。
「……あそこも、もう……始まってるね」
彼の低く、どこか獣じみた囁きに、私は身体をぴくりと震わせた。
──同じように、私たちも始める。
障子を静かに閉めた瞬間、私は背中から壁に押しつけられていた。
彼の腕が肩にまわり、唇が荒々しく重なってくる。
「…っ……ん…!」
口の中に差し込まれる舌、絡み合う熱。
さっきまで感じていた静かな罪悪感すら、唇の奥でとろけていく。
彼の手が、浴衣の帯をゆっくり、確実にほどいていく。
まるで時間を惜しむように、でも迷いなく。
湯上がりでまだ湿り気の残る肌が、浴衣の隙間からひらいていく。
「綺麗だ……ずっと、こうしたかった」
そう言って、彼が私の胸元に顔をうずめた。
熱い舌が、乳房の先を舐める。やわらかく、でもどこか意地悪に。
私はたまらず背中を反らし、喘ぎを漏らした。
「……んあっ……そんな…だめ……」
けれど、それはただの形だけの拒絶だった。
本当は、もっと奥まで触れてほしくて、全身が疼いていた。
彼が私の下腹に手をすべらせる。
もう濡れているのを、彼の指が触れた瞬間──気づかされる。
「…もう、濡れてる……」
その呟きが恥ずかしくて、私は彼の胸に顔をうずめた。
次の瞬間、彼の身体が私を布団へと押し倒す。
乱れた浴衣を脱ぎ捨て、私の脚を肩に乗せながら、
己の熱を、あの場所へと──ゆっくりと、押し込んでくる。
「……あ、あ……っ、ふぅぅっ……!」
ゆっくり、でも逃げられないほど確実に。
彼のものが私の奥へと貫かれるたび、身体が震え、内側が吸いついていく。
手のひらは肩を掴み、脚は自然と彼を絡め取るように締めていた。
「……すごい……あなた、すごい……っ」
その言葉は無意識に漏れていた。
夫のことを、思い出せば思い出すほど──
今、私の中で動いているこの人のすべてが、鮮やかだった。
打ち寄せるように、強く、速く、深く。
そのたびに、私は声を堪えきれなくなっていく。
「……あっ、ん、そこ…っ…あぁ……!」
すると、不意に隣室から──
「ああんっ……! だめぇ、そんなにっ……!」
恵美さんの、張り詰めた喘ぎ声が、はっきりと届いた。
その声が私の耳に焼きつき、身体の奥をさらに震わせる。
──私たち、こんなにも似てる。
夫も、彼女も、こんな風に交わってる。
それを想像すると、私の中の理性が完全に溶けていった。
「……もっと、突いて……! わたし、もうっ……!」
彼が最後の一突きをした瞬間、私の身体は大きく反り返り、そして、全身が波のように弾けた。
「……いくっ……あああ……!」
快感の奔流が全身を貫き、私は声を上げながら、彼の背中に爪を立てた。
彼は息を荒くしながら抜き、私の胸に精を散らした。
そのあと、ふたり、汗ばんだまましばらく抱き合った。
静かだった。
ただ──障子の向こうから、もう一度、彼女の「いくっ……いくっ……!」という悲鳴のような喘ぎが響いたとき、
私は思わず、彼の唇に、もう一度、自分の唇を重ねていた。
まるで、私たちも、もっと奥へ行きたい──そんな風に。



コメント