僕のペットは爆乳セールスレディ～敏感な乳房が咽び泣く訪問調教～ 吉川あいみ
新人営業として奮闘する女性が、予期せぬ出来事を通じて心の揺らぎに向き合う――そんな心理描写が丁寧に描かれています。映像の質感や照明の演出も見事で、登場人物の表情や息づかいがリアルに伝わってくる仕上がり。Fitchらしい重厚なストーリーテリングと、吉川さんの表現力が融合した秀作です。作品としての完成度と没入感、どちらも求める方に強くおすすめします。
【第1部】午後の残響──汗の匂いに触れた記憶
福岡市・南区。
梅雨の晴れ間の午後、彼女は営業車のドアを閉めた。
三十歳になったばかりの滝川美沙は、白いシャツの襟を指先で整えながら、胸の鼓動を抑えようとしていた。
湿った風が頬をなぞり、髪の隙間からうなじの汗をすくい取っていく。
背中に貼りついたブラウスの感触が、自分の緊張と焦燥をそのまま形にしたようだった。
「この家にだけは、うまく売らなきゃ……」
小さく息を吐いた。
父の入院費、母の沈んだ顔。
全てを思い出すたびに、身体の奥でなにかが軋む。
それは焦りか、羞恥か、それとも──別の熱だったのか。
彼女の視線の先には、静かな住宅街に佇む一軒家。
門扉に触れた指先が、金属の冷たさに震える。
そこから、彼女の運命がゆっくりとほどけはじめた。
【第2部】濡れの予兆──指先が触れた瞬間
ドアが静かに閉まる音が、部屋の奥へ吸い込まれていった。
薄いカーテン越しの午後の光が、滝川美沙の頬を透かす。
蒸した空気の中で、香水と汗と紙の匂いが混じり合う。
どこか懐かしい匂い──まだ誰にも知られていない、彼女自身の記憶の底の香りだった。
目の前の机に、契約書の束が置かれている。
彼女はボールペンを差し出すために手を伸ばした。
その瞬間、相手の指先と、ほんの一秒、触れた。
それは意図していなかった。
けれど、皮膚の表面で何かが確かに“開いた”。
熱が静脈を遡り、肩へ、喉へ、唇の裏側へとゆっくりと上がっていく。
息が、かすかに揺れた。
「大丈夫ですか？」
その声が、彼女の呼吸の奥にまで入り込んできた。
ただの営業先の青年。けれど、なぜかその目の奥に、自分の痛みとよく似た影を見つけた。
ペンを持つ指が震えた。
緊張なのか、恐れなのか、あるいは……。
彼女自身にももう分からなかった。
外では、雨が降り始めていた。
カーテンの裾に反射する水の粒が、光を受けて淡く瞬く。
その光景が、胸の奥に沈んでいた“何か”をそっとほどいていく。
「もしよければ、少し休んでいきませんか」
青年の言葉は、まるで雨音の隙間から差し込む微光のように柔らかかった。
その瞬間、美沙の心は、音もなく濡れはじめていた。
【第3部】余韻と崩壊──雨音の奥で息が溶けた夜
雨はまだ降り続いていた。
屋根を叩く音が、まるで誰かの心臓の鼓動のように近くで響いている。
部屋の灯りは消され、カーテンの隙間から滲む街灯の橙が、
濡れた肌のように壁をゆらめかせていた。
滝川美沙は椅子に座ったまま、両手を膝の上で組んでいた。
熱がまだ抜けきらない。
頬を撫でる風に、雨と汗の匂いが交じる。
何かを終えたような静けさの中で、彼女の中だけが、
まだ続いていた。
「どうして……こんなに静かなのに、身体が覚えているの？」
小さくこぼれた声は、自分に向けたものだった。
青年の姿は、もうそこにはない。
けれど彼の視線の残像が、まだ胸の奥に沈んでいる。
それは痛みでもあり、救いでもあった。
あの瞬間、確かに自分の中の何かが壊れて、
そして、ようやく生まれたのだ。
窓の外では、雨が石畳を濡らして光を散らしている。
そのきらめきが、涙のようにも、汗のようにも見えた。
美沙は目を閉じた。
身体の奥から立ちのぼる熱が、ゆっくりと呼吸と混ざり、
雨音とひとつになって消えていく。
もう、恐れも、羞恥も、残ってはいなかった。
ただ、誰にも見せられないほどの静かな幸福だけが、
彼女の胸の奥で、淡く息づいていた。
まとめ──濡れた午後の記憶が教えてくれたこと
雨が上がったあと、街は静かだった。
滝川美沙は営業鞄を抱えたまま、信号のない横断歩道を渡っていた。
歩くたび、靴の底が小さく水を弾く。
それが、まるで彼女の中でまだ続いている波のように思えた。
あの日、彼女は“誰かに見られた”ことで崩れたのではない。
見られることによって、自分の奥底に眠っていた欲と痛みと救いの輪郭を知ってしまったのだ。
触れた指先の熱も、呼吸の重なりも、今はもうない。
けれど、肌の下に残る微かなざらつきだけが、確かに彼女の生を証明している。
それは、罰でも背徳でもない。
誰もが一度は沈む「どうしようもない欲の海」の中で、
彼女はただ、自分の呼吸を取り戻しただけだった。
空を見上げると、薄い雲の向こうに陽が差していた。
濡れたアスファルトが光を返す。
あの午後の湿った匂いとともに、美沙は静かに微笑んだ。
――濡れとは、誰かに触れられることではなく、
自分の奥に触れてしまう瞬間のことなのかもしれない。
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